はじめに
「体の片側に水ぶくれができて、ひどく痛い」「帯状疱疹は高齢者の病気だと思っていたのに、40代で発症した」このような声を診療の現場でよく耳にします。帯状疱疹は確かに加齢とともに発症リスクが高まる疾患ですが、実は年齢に関わらず誰にでも起こりうる病気なのです。
特に注目すべきは、帯状疱疹の発症率が年齢とともにどのように変化するのか、そして年齢によって症状の重さや後遺症のリスクがどう異なるのかということです。本コラムでは、最新の疫学調査データを基に、帯状疱疹と年齢の関係について詳しく解説し、適切な予防対策についてもご紹介します。

帯状疱疹の基本知識
帯状疱疹とは何か
帯状疱疹は、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV:Varicella-Zoster Virus)が原因で発症する皮膚疾患です。このウイルスは、多くの人が子どもの頃に経験する水ぼうそう(水痘)の原因でもあります。
水ぼうそうが治った後も、ウイルスは完全に体から消えることはありません。背骨に近い神経節に潜伏し、何十年もの間、症状を出すことなく静かに存在し続けます。しかし、何らかのきっかけで免疫機能が低下すると、潜伏していたウイルスが再び活動を始め、神経に沿って皮膚まで移動し、帯状疱疹として発症するのです。
症状の特徴
帯状疱疹の典型的な症状は以下の通りです:
初期症状(前駆期)
- 体の片側にピリピリ、チクチクとした痛みや違和感
- 皮膚の感覚異常(しびれ、かゆみ)
- 軽度の発熱や倦怠感
急性期症状
- 赤い発疹(紅斑)の出現
- 小さな水ぶくれ(水疱)の形成
- 激しい痛み(刺すような、焼けるような痛み)
- 発疹は帯状(おび状)に分布
回復期
- 水疱がかさぶたになり、徐々に治癒
- 痛みは通常、皮膚症状とともに改善
重要なのは、帯状疱疹は体の左右どちらか一方にのみ現れることです。これは、ウイルスが特定の神経に沿って活動するためで、帯状疱疹の診断における重要な特徴となります。
年齢と帯状疱疹発症率の関係
最新の疫学調査データ
帯状疱疹と年齢の関係を理解するために、国内で実施された大規模な疫学調査「宮崎スタディ」のデータを見てみましょう。この調査は1997年から長期間にわたって実施され、日本人における帯状疱疹の実態を明らかにした重要な研究です。
年齢別発症率(人口1,000人あたり/年)
- 0-9歳:2.45人
- 10-19歳:2.86人
- 20-29歳:2.27人
- 30-39歳:1.96人
- 40-49歳:2.53人
- 50-59歳:5.23人
- 60-69歳:6.95人
- 70-79歳:7.84人
- 80-89歳:6.93人
- 90歳以上:5.37人
このデータから、いくつかの重要な傾向が読み取れます。
発症率の二つのピーク
興味深いことに、帯状疱疹の発症率には二つのピークがあることがわかります。
第1のピーク:10代 10代での発症率は2.86人と、20-30代よりも高い数値を示しています。これは一見意外に思えるかもしれませんが、思春期特有のストレスや生活環境の変化が免疫機能に影響を与えているものと考えられています。学校生活、受験、部活動など、10代には多くのストレス要因が存在します。
第2のピーク:70代 最も発症率が高いのは70代で、7.84人という高い数値を示しています。これは加齢による免疫機能の自然な低下が主な要因です。
30代の発症率が低い理由
20代から40代にかけて発症率が一時的に低下し、特に30代では最も低い1.96人となっています。この現象について、専門家は「ブースター効果」という理論で説明しています。
30代の多くの人は、水ぼうそうにかかった子どもと接する機会が多い年代です。子どもが水ぼうそうにかかると、周囲の大人は水痘・帯状疱疹ウイルスに再暴露されることになり、これが天然のワクチンのような効果をもたらし、免疫力を高めると考えられています。
50歳以降の急激な増加
50歳を境に発症率は急激に上昇し、50歳以降では50歳未満の約2-3倍の発症率となります。これは以下の要因によるものです:
- 加齢による免疫機能の低下
- 慢性疾患の増加(糖尿病、心疾患など)
- ストレスの蓄積(仕事、家庭の責任など)
- 薬物治療の影響(ステロイド、免疫抑制剤など)
性別による違い
宮崎スタディでは、50代と60代において女性の発症率が男性よりも高いという結果が得られています。これは以下の要因が考えられます:
- 更年期による免疫機能の変化
- 女性特有のホルモンバランスの変化
- 家庭や職場でのストレス
年齢と帯状疱疹後神経痛のリスク
帯状疱疹後神経痛とは
帯状疱疹の最も深刻な合併症の一つが、帯状疱疹後神経痛(PHN:Postherpetic Neuralgia)です。これは皮膚症状が治った後も痛みが持続する状態で、患者さんのQOL(生活の質)に大きな影響を与えます。
PHNの痛みは以下のような特徴があります:
- 持続的な焼けるような痛み
- 間欠的な刺すような痛み
- アロディニア(軽い接触でも強い痛みを感じる)
- 感覚鈍麻(感覚が鈍くなる)
年齢別PHN発症リスク
帯状疱疹後神経痛の発症リスクは、年齢とともに著しく増加します:
年齢別PHN発症率
- 30-49歳:3-4%
- 50-59歳:約10%
- 60-69歳:約20%
- 70歳以上:30%以上
- 80歳以上:30-40%
この数値から、高齢になるほどPHNのリスクが高まることが明確にわかります。
PHNが長期化しやすい年齢
PHNの持続期間も年齢によって大きく異なります:
60歳未満
- 3ヶ月以上持続:1.8%
- 1年以上持続:ほぼ0%
60-69歳
- 3ヶ月以上持続:12%
- 1年以上持続:数%
70歳以上
- 3ヶ月以上持続:20%以上
- 1年以上持続:5-10%
最長で5年以上痛みが続くケースも報告されており、高齢者では特に慎重な管理が必要です。
PHNになりやすい危険因子
年齢以外にも、以下の要因がPHNのリスクを高めます:
患者要因
- 女性
- 免疫機能低下疾患(糖尿病、がんなど)
- ステロイドや免疫抑制剤の使用
発症時の特徴
- 皮疹出現前からの強い痛み
- 重篤な皮膚症状
- 顔面や体幹部での発症
- 治療開始の遅れ(72時間以降)
年代別の症状の特徴と注意点
小児・思春期(0-19歳)
特徴
- 比較的軽症で済むことが多い
- 免疫機能が良好なため、治癒が早い
- PHNへの移行は稀
注意点
- 水ぼうそうの既往がない場合、水ぼうそうとして発症する可能性
- 免疫不全状態の子どもでは重症化リスクあり
- 学校への出席停止期間に注意
成人期(20-49歳)
特徴
- ストレスや疲労が引き金となることが多い
- 仕事や育児への影響が大きい
- 適切な治療により、多くは軽快
注意点
- 早期診断・早期治療が重要
- 妊娠中の女性では胎児への影響を考慮
- 職場での感染予防対策
中高年期(50-69歳)
特徴
- 発症率が急激に増加
- 症状が重くなりやすい
- PHNのリスクが上昇
注意点
- 生活習慣病との関連
- 仕事への長期的影響
- 家族への感染予防
高齢期(70歳以上)
特徴
- 最も発症率が高い年代
- 重症化しやすい
- PHNへの移行率が最も高い
注意点
- 基礎疾患の管理
- 日常生活動作への大きな影響
- 介護負担の増加
- うつ状態への注意
帯状疱疹ワクチンによる予防
ワクチンの重要性
帯状疱疹は一度発症すると完治までに時間がかかり、PHNという深刻な後遺症を残す可能性があります。特に高齢者では重症化リスクが高いため、予防接種による対策が重要です。
ワクチンの種類と特徴
現在、日本では2種類の帯状疱疹ワクチンが利用可能です。
1. 乾燥弱毒生水痘ワクチン(生ワクチン)
接種方法
- 皮下注射
- 1回接種
効果
- 帯状疱疹発症予防効果:約50-70%
- PHN予防効果:約60%
- 効果持続期間:約5年
費用
- 約8,000円~10,000円
適応
- 50歳以上
- 免疫機能正常な方のみ
副反応
- 注射部位の痛み・腫れ
- 軽度の発熱
- 稀に全身性水痘様発疹(3-5%)
2. 乾燥組換え帯状疱疹ワクチン「シングリックス」(不活化ワクチン)
接種方法
- 筋肉内注射
- 2回接種(2-6ヶ月間隔)
効果
- 50歳以上:発症予防効果97.2%、PHN予防効果100%
- 70歳以上:発症予防効果89.8%、PHN予防効果85.5%
- 効果持続期間:10年以上
費用
- 1回約20,000円~25,000円(計2回で40,000円~50,000円)
適応
- 50歳以上
- 18歳以上で免疫不全状態の方
副反応
- 注射部位の痛み(78%)
- 注射部位の発赤(38%)
- 注射部位の腫れ(26%)
- 筋肉痛(40%)
- 疲労感(39%)
- 頭痛(33%)
年齢別ワクチン選択の考え方
50-60代
- 長期的な予防効果を重視するならシングリックス
- 費用を抑えたい場合は生ワクチン
- 免疫不全状態の場合は必ずシングリックス
70歳以上
- PHNリスクが高いため、シングリックスが推奨
- ただし、副反応への耐容性を考慮
- 医師との相談が特に重要
定期接種化について
2025年度から、帯状疱疹ワクチンの定期接種が開始されました。
対象者
- 65歳の方
- 60-64歳でHIVによる免疫機能障害のある方
経過措置(2025-2029年度)
- 70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳になる方
- 100歳以上の方(2025年度のみ)
費用負担
- 自治体により異なりますが、大幅な負担軽減が期待されます
- 詳細は各自治体にお問い合わせください
年代別予防・対策のポイント
すべての年代に共通する予防策
1. 免疫力の維持
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- 充分な睡眠
- ストレス管理
2. 基礎疾患の管理
- 糖尿病の血糖コントロール
- 高血圧の管理
- 定期的な健康診断
3. 早期発見・早期治療
- 症状への正しい理解
- 迅速な医療機関受診
年代別の特別な注意点
20-40代
- 過労やストレスの軽減
- 子どもの水ぼうそうとの接触時の注意
- 妊娠計画中・妊娠中の女性は医師に相談
50-60代
- ワクチン接種の検討
- 生活習慣病の予防・管理
- 定期的な健康チェック
70歳以上
- ワクチン接種の積極的検討
- 日常生活での注意深い体調管理
- 家族による支援体制の構築
診断と治療における年齢の考慮
診断時の年齢別注意点
若年者
- 他の皮膚疾患との鑑別が重要
- 免疫不全状態の有無を確認
- 水ぼうそうとの鑑別
高齢者
- 典型的でない症状を呈することがある
- 基礎疾患による症状の修飾
- 薬剤の相互作用に注意
治療における年齢別配慮
抗ウイルス療法
- 高齢者では腎機能に応じた用量調整
- 若年者でも早期治療開始が重要
疼痛管理
- 年齢に応じた鎮痛薬の選択
- 高齢者では副作用により注意
- PHN予防のための積極的疼痛管理
神経ブロック療法
- 高齢者でより効果的
- 全身状態に応じた適応判断
- 早期介入の重要性
社会的影響と年齢
労働年齢人口への影響
帯状疱疹は労働年齢人口にも大きな影響を与えます。特に50代以降の働き盛りの世代での発症増加は、社会経済的な損失につながります。
労働生産性への影響
- 平均的な休業期間:2-4週間
- 部分的な労働能力低下期間:さらに数週間
- PHNによる長期的な生産性低下
医療費負担
- 急性期治療費:数万円
- PHN治療費:年間数十万円になることも
- 間接的な社会保障費用の増加
高齢化社会における課題
日本の急速な高齢化により、帯状疱疹患者数の増加が予想されます。
疫学的予測
- 2030年には50歳以上人口がさらに増加
- 帯状疱疹患者数の大幅な増加が予想
- 医療費負担の増大
対策の必要性
- ワクチン接種の普及
- 早期診断・治療体制の整備
- PHN患者の長期ケア体制
最新の研究と今後の展望
年齢と免疫機能の研究
細胞性免疫の加齢変化 最新の研究により、帯状疱疹発症に関わる細胞性免疫の加齢による変化がより詳しく解明されてきました。特に、T細胞機能の低下が年齢とともに進行し、これが帯状疱疹発症リスクの増加に直結することが確認されています。
個人差の要因 同じ年齢でも発症リスクには個人差があり、その要因として:
- 遺伝的素因
- 生活習慣
- ストレス耐性
- 基礎疾患の有無 などが関わることがわかってきました。
ワクチン技術の進歩
新世代ワクチンの開発 より効果的で副反応の少ないワクチンの開発が進められています。特に:
- mRNA技術の応用
- より長期間持続する免疫の獲得
- 年齢に応じた最適化
治療法の進歩
PHN治療の新展開 従来の治療法に加えて:
- 再生医療技術の応用
- 新しい鎮痛薬の開発
- 非薬物療法の進歩
患者・家族へのアドバイス
年代別生活指導
50歳を迎えた方へ 50歳は帯状疱疹リスクが急激に高まる節目です。以下の点にご注意ください:
- ワクチン接種の検討:医師と相談してワクチン接種を検討する
- 体調管理の強化:規則正しい生活、ストレス管理
- 症状の知識:帯状疱疹の初期症状を理解する
- 早期受診:疑わしい症状があれば迷わず受診
高齢の方・ご家族へ 高齢者では重症化リスクが高いため、特別な注意が必要です:
- 予防接種:年齢制限はないため、医師と相談の上接種を検討
- 日常的な健康管理:基礎疾患の適切な管理
- 環境整備:ストレスの少ない生活環境の確保
- 家族の理解:症状や治療について家族全体で理解
症状出現時の対応
緊急度の高い症状 以下の症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください:
- 顔面、特に目の周りの症状
- 激しい痛みや広範囲の皮疹
- 発熱や全身症状
- 免疫不全状態での発症
受診のタイミング
- 皮疹出現から72時間以内の受診が理想的
- 痛みのみの段階でも、帯状疱疹が疑われる場合は受診を

まとめ
帯状疱疹と年齢の関係について、重要なポイントを以下にまとめます:
疫学的特徴
- 50歳を境に発症率が急激に増加
- 70代で発症率がピークとなる
- 10代にも小さなピークが存在
- 80歳までに約3人に1人が発症
年齢と重症度の関係
- 高齢になるほど症状が重篤化しやすい
- 帯状疱疹後神経痛のリスクは年齢とともに著しく増加
- 50歳以上では約2割がPHNに移行
- 70歳以上では30%以上がPHNを発症
予防対策の重要性
- ワクチン接種による予防効果は年齢が上がっても有効
- 特に高齢者ではシングリックスが推奨される
- 2025年からの定期接種により、アクセスが改善
治療における年齢別配慮
- 早期診断・早期治療がすべての年代で重要
- 高齢者では腎機能や併用薬に注意
- PHN予防のための積極的な疼痛管理が必要
社会的な取り組み
- 高齢化社会における帯状疱疹対策の重要性
- 労働年齢人口への影響を考慮した予防策
- 医療費削減効果も期待されるワクチン接種の普及
帯状疱疹は「年齢の病気」といわれることがありますが、正確には「年齢とともにリスクが高まる病気」です。若い方でも発症する可能性があり、適切な知識と対策が重要です。
特に50歳を迎えた方は、ライフスタイルの見直しとともに、ワクチン接種について医師に相談することをお勧めします。また、どの年代の方も、症状への正しい理解と早期受診の重要性を心に留めておいていただければと思います。
帯状疱疹は予防可能な疾患です。年齢に応じた適切な対策により、この病気による苦痛を防ぐことができます。
参考文献
- 国立感染症研究所:帯状疱疹ワクチンファクトシート第2版, 令和6年6月20日
- Shiraki K, et al.: Open Forum Infect Dis. 4(1), ofx007, 2017(宮崎スタディ)
- 倉本賢:日臨皮会誌. 34(6), 688-694, 2017
- 厚生労働省:帯状疱疹ワクチンについて
- 兵庫県:帯状疱疹について
- 帯状疱疹予防.jp:合併症について
- 日本皮膚科学会:ヘルペスと帯状疱疹 皮膚科Q&A
- Lal H, et al.: N Engl J Med. 2015;372(22):2087-2096
- Cunningham AL, et al.: N Engl J Med. 2016;375(11):1019-1032
- 総務省統計局:人口推計の結果(2024年3月1日現在)
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監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務