はじめに
「最近、胸や腕に小さな赤いできものが増えてきた」「これって何かの病気?」そんな心配をお持ちの方も多いのではないでしょうか。その赤いできものは、老人性血管腫(ろうじんせいけっかんしゅ)かもしれません。
老人性血管腫は、皮膚に現れる小さな赤色の良性腫瘍で、「チェリースポット」や「赤ほくろ」とも呼ばれています。名前に「老人性」とついていますが、実は20代から現れることもあり、多くの人に見られる一般的な皮膚症状です。
本記事では、アイシークリニック上野院の皮膚科専門医の視点から、老人性血管腫ができやすい人の特徴、原因、診断、治療法について詳しく解説いたします。
老人性血管腫とは
基本的な特徴
老人性血管腫(Cherry angioma)は、皮膚表面に現れる良性の血管性腫瘍です。毛細血管が拡張・増殖することによって形成され、以下のような特徴を持ちます:
外観の特徴
- 鮮やかな赤色から紫色の小さなできもの
- 大きさ:通常1~5mm程度(豆粒大まで)
- 形状:平坦なものからドーム状に盛り上がったものまで様々
- 表面:光沢があることが多い
- 境界:明瞭で、周囲の皮膚との境目がはっきりしている
好発部位
- 胸部(最も多い)
- 背中
- 上腕
- 首
- 顔面
- 腹部
症状
- 通常は無症状(痛みやかゆみはない)
- 大きなものでは外傷により出血することがある
- 低酸素状態では一時的に青暗い色に変化する
名称の由来
老人性血管腫は、19世紀のイギリスの外科医キャンベル・ド・モルガンによって初めて報告されたため、「キャンベル・ド・モルガン斑」とも呼ばれます。また、チェリーのような鮮やかな赤色をしていることから「チェリースポット」「チェリーアンジオーマ」とも称されています。
老人性血管腫ができやすい人の特徴
年齢による影響
統計データから見る年齢分布
老人性血管腫の発生率は年齢とともに著しく増加します。皮膚科臨床での観察研究によると:
- 10代:約1.0%
- 20代:約13.9%
- 30代:約46.8%
- 40代:約64.5%
- 50代:約73.1%
- 60代:約76.6%
- 70代:約82.7%
- 80代:約79.9%
この統計から分かるように、30代を境に急激に発生率が上昇し、70歳以上では約78%もの人に少なくとも1つの老人性血管腫が認められます。
年齢別の特徴
- 20~30代:小さく平坦なものが単発で出現することが多い
- 40~50代:大きさが増し、数も増加傾向
- 60代以降:多発し、一部がドーム状に隆起することが多い
性別による違い
老人性血管腫の発生に関して、性別による明確な差は認められていません。男女問わず同様の頻度で発症しますが、以下のような特徴があります:
女性特有の要因
- 妊娠中や更年期などホルモン変動時期に増加することがある
- エストロゲンの変化が血管新生に影響する可能性
- 化粧品や紫外線対策の違いが間接的に影響する場合がある
男性特有の要因
- 屋外労働などによる長期間の紫外線曝露
- 日焼け対策が不十分な場合が多い
遺伝的要因
老人性血管腫には明確な遺伝的素因が関与していることが分かっています。
遺伝的背景
- 家族歴のある人により多く見られる
- GNAQ(Q209H、Q209R、R183G)およびGNA11(Q209H)遺伝子の体細胞ミスセンス変異が報告されている
- 血管新生に関わる遺伝子の変異が関係している可能性
家族歴の影響
- 両親のいずれかに老人性血管腫がある場合、子供にも発生しやすい
- 兄弟姉妹間での発生パターンが似ることが多い
- 発症年齢も家族間で類似する傾向
肌質・肌色による影響
肌の色による違い 老人性血管腫は、肌の色に関係なく発生しますが、以下のような特徴があります:
- 色白の肌:血管腫がより目立ちやすく、紫外線に対する感受性が高い
- 色黒の肌:血管腫は同様に発生するが、見た目には目立ちにくい場合がある
肌質による影響
- 敏感肌:外的刺激に対する反応性が高く、血管腫が発生しやすい可能性
- 乾燥肌:皮膚バリア機能の低下により、外的要因の影響を受けやすい
生活習慣による影響
紫外線曝露 老人性血管腫の発生には紫外線が大きく関与していると考えられています:
- 職業的曝露:農業、建設業、スポーツ指導者など屋外で働く人
- レジャー:ゴルフ、マリンスポーツなど屋外活動を好む人
- 日焼け習慣:定期的に日焼けサロンを利用する人
- 紫外線対策不足:日焼け止めの使用が不十分な人
ただし、背中や腹部など日光にほとんど当たらない部位にも発生することから、紫外線以外の要因も重要であることが分かっています。
その他の生活要因
- 衣類による摩擦:きつい下着や衣類による慢性的な摩擦
- 化学物質への曝露:特定の化学物質への長期曝露が影響する可能性
- ストレス:慢性的なストレスがホルモンバランスに影響
ホルモンバランスの影響
女性ホルモンとの関係 女性ホルモンの変動が血管新生に影響することが知られており、以下の時期に老人性血管腫が増加することがあります:
- 妊娠期:エストロゲンとプロゲステロンの増加
- 産後期:ホルモンレベルの急激な変化
- 更年期:エストロゲンの減少期
- 月経周期:周期的なホルモン変動
その他のホルモン要因
- 甲状腺ホルモン:甲状腺機能異常と血管腫発生の関連性
- 成長ホルモン:加齢による成長ホルモン分泌の変化
- 副腎皮質ホルモン:ストレスホルモンの慢性的な分泌
併存疾患との関係
血管系疾患
- 高血圧
- 動脈硬化
- 糖尿病による血管病変
皮膚疾患
- 光老化
- 日光角化症
- その他の良性皮膚腫瘍
稀な関連疾患 発疹性老人性血管腫症(多数の血管腫が短期間で出現)は、以下の疾患の前兆として報告されることがあります:
- 多中心性キャッスルマン病(MCD)
- 多発性骨髄腫
- その他のリンパ増殖性疾患
老人性血管腫の原因
現在解明されていること
老人性血管腫の発症メカニズムについて、近年の研究で以下のことが明らかになっています:
分子生物学的メカニズム 2010年に発表された研究では、老人性血管腫の組織において:
- マイクロRNA-424(miR-424)の発現量が正常皮膚に比べて大幅に低下
- MEK1とサイクリンE1の蛋白質発現が上昇
- 血管内皮細胞の増殖が促進される
血管新生の機序 老人性血管腫は、以下の2つの異なる機序によって形成される可能性があります:
- 血管新生:既存の血管から新しい血管が形成される
- 脈管形成:まったく新しい血管の形成(通常は胚発生時に起こる)
まだ解明されていないこと
老人性血管腫の発症について、以下の点はまだ完全には解明されていません:
- なぜ特定の部位により多く発生するのか
- 個人差が生じる根本的な原因
- 環境要因と遺伝要因の相互作用
- 予防可能な要因の特定
診断方法
視診による診断
老人性血管腫の診断は、多くの場合、皮膚科専門医による視診で可能です。
診断のポイント
- 特徴的な赤色の外観
- 大きさと形状の確認
- 発生部位のパターン
- 患者の年齢と病歴
ダーモスコピー検査
より詳細な診断のため、ダーモスコピー(拡大鏡)を用いた観察を行うことがあります。
ダーモスコピー所見
- 鮮やかな赤い背景
- 赤~やや赤紫色の球状の集簇
- 蛇行した血管構造
- 他の血管系病変との鑑別に有用
他疾患との鑑別
老人性血管腫と間違いやすい疾患があるため、注意深い鑑別が必要です:
類似疾患
- 基底細胞癌:特に色素性基底細胞癌
- メラノーマ:赤色調を呈する場合
- 化膿性肉芽腫:急速に増大する血管性病変
- 血管拡張性肉芽腫:外傷後に発生することが多い
生検が必要な場合 以下の特徴がある場合は、組織生検を検討します:
- 急速な増大
- 不規則な形状
- 色調の変化
- 症状(疼痛、かゆみ)を伴う場合
治療法
治療適応の考え方
老人性血管腫は良性腫瘍のため、必ずしも治療が必要ではありません。治療を検討する場合は以下の要因を考慮します:
治療適応
- 美容的な理由(見た目が気になる)
- 外傷により頻繁に出血する
- 衣服との摩擦で症状が出る
- 患者の希望
レーザー治療
現在、老人性血管腫の治療で最も多く選択されるのがレーザー治療です。
色素レーザー(Vビーム)
- 波長595nmのレーザー光を使用
- 血管内の赤血球に選択的に吸収される
- 血管壁にダメージを与えて血管腫を消失させる
- 小さな血管腫では1回で治療完了することが多い
- 瘢痕をほとんど残さない
炭酸ガスレーザー(CO2レーザー)
- 波長10,600nmのレーザーを使用
- 局所麻酔を行い、血管腫を蒸散させる
- 色素レーザーで効果が不十分な場合に選択
- 治療時間は15~30秒程度
長波長YAGレーザー
- 深部の血管腫に対して効果的
- 皮膚への侵襲が少ない
その他の治療法
外科的切除
- 局所麻酔下での切除
- 大きな血管腫や確実な除去を希望する場合
- 病理組織検査が可能
- 瘢痕が残る可能性
電気凝固術
- 高周波電流を用いた治療
- 出血しやすい血管腫に効果的
- 局所麻酔が必要
液体窒素による凍結療法
- -196℃の液体窒素で血管腫を凍結
- 保険適用となる場合がある
- 複数回の治療が必要なことが多い
- 色素沈着や色素脱失のリスク
治療費用と期間
費用の目安(自費診療)
- レーザー治療:1個あたり5,000円~15,000円
- 外科的切除:10,000円~30,000円
- 治療個数により割引がある場合も
治療期間
- レーザー治療:1~2回で完了
- 治癒期間:1~2週間
- 最終的な結果判定:3~6か月後
予防について
紫外線対策
老人性血管腫の予防において、紫外線対策は最も重要です。
効果的な紫外線対策
- 日焼け止めの使用:SPF30以上、PA+++以上を推奨
- 適用時期:年間を通じた使用
- 再塗布:2~3時間ごとに塗り直し
- 適用部位:露出部位すべてに十分量を塗布
物理的遮光
- 帽子の着用(つばが7cm以上のもの)
- UV加工された衣類の着用
- サングラスの使用
- 日傘の活用
行動による対策
- 紫外線の強い時間帯(10時~16時)の外出を避ける
- 日陰を積極的に利用する
- 屋外活動時間の制限
生活習慣の改善
スキンケア
- 適切な保湿ケア
- 刺激の少ない化粧品の選択
- 過度な摩擦を避ける
ストレス管理
- 十分な睡眠時間の確保
- 適度な運動習慣
- リラクゼーション技法の活用
栄養管理
- 抗酸化物質を多く含む食品の摂取
- ビタミンC、E、ベータカロテンの補給
- バランスの取れた食事
ホルモンバランスの管理
女性の場合
- 更年期症状の適切な管理
- ホルモン補充療法の検討(医師と相談)
- 妊娠・出産期の皮膚ケア
一般的な内分泌管理
- 甲状腺機能の定期チェック
- 糖尿病の適切な管理
- 血圧の管理
よくある質問
A1: 老人性血管腫が悪性化(癌化)することはありません。これは良性の血管性腫瘍であり、健康に害を及ぼすことはありません。ただし、急に大きくなったり、色調が変化したりした場合は、他の疾患の可能性もあるため、皮膚科専門医の診察を受けることをお勧めします。
Q2: 自分で取ろうとしても大丈夫ですか?
A2: 絶対に自分で除去しようとしないでください。以下のリスクがあります:
- 止血困難な出血
- 感染症のリスク
- 瘢痕形成
- 不完全な除去による再発
- 他疾患の見逃し
必ず医療機関での治療を選択してください。
Q3: 薬で治すことはできますか?
A3: 現在のところ、老人性血管腫に対して効果的な内服薬や外用薬はありません。一般的なイボ治療薬や漢方薬でも効果は認められていません。治療を希望する場合は、レーザー治療や外科的治療が必要です。
Q4: 治療後に再発することはありますか?
A4: 適切に治療された老人性血管腫が同じ場所に再発することは稀です。ただし、体質的に血管腫ができやすい方は、別の場所に新しい血管腫が出現することがあります。これは再発ではなく、新規発症として理解してください。
Q5: 保険は適用されますか?
A5: 老人性血管腫の治療は、基本的に自費診療(保険適用外)となります。美容目的の治療と判断されるためです。ただし、以下の場合は保険適用となることがあります:
- 頻繁に出血を繰り返す
- 明らかな症状(疼痛など)がある
- 他疾患との鑑別が必要な場合
Q6: 妊娠中に増えることはありますか?
A6: はい、妊娠中はホルモンバランスの変化により老人性血管腫が新しく出現したり、既存のものが大きくなったりすることがあります。これは生理的な現象であり、多くの場合、産後に自然に軽快します。妊娠中の治療は基本的に推奨されません。
Q7: 子供にも遺伝しますか?
A7: 老人性血管腫には遺伝的素因があることが分かっています。家族歴がある場合、子供にも発症する可能性が高くなります。ただし、必ず発症するわけではなく、適切な予防策(紫外線対策など)により、発症を遅らせたり軽減したりできる可能性があります。
Q8: 治療の痛みはどの程度ですか?
A8: 治療法により異なります:
- レーザー治療:輪ゴムで弾かれるような瞬間的な痛み
- 外科的切除:局所麻酔により痛みはほとんどなし
- 液体窒素療法:冷たい痛みが数分続く
多くの患者さんが耐えられる程度の痛みです。
まとめ
老人性血管腫は、多くの成人に見られる一般的な皮膚症状です。本記事で解説した通り、以下のような方に発症しやすい傾向があります:
老人性血管腫ができやすい人の特徴
- 30歳以降の中高年の方
- 家族歴がある方
- 紫外線曝露が多い生活をしている方
- ホルモンバランスの変動を経験している方
- 色白の肌質の方
- 慢性的な皮膚への刺激を受けている方
重要なポイント
- 良性疾患:健康に害を及ぼすことはない
- 予防可能:適切な紫外線対策により予防・軽減が期待できる
- 治療可能:見た目が気になる場合は効果的な治療法がある
- 専門診断:他の疾患との鑑別のため専門医の診察が重要
- 個別対応:患者さんの状況に応じた最適な治療選択が可能
アイシークリニック上野院からのメッセージ
老人性血管腫は決して珍しい症状ではありません。多くの方が経験する皮膚の変化の一つです。気になる症状がございましたら、お一人で悩まず、お気軽に当院皮膚科までご相談ください。
経験豊富な皮膚科専門医が、患者さんお一人お一人の状況に応じて、最適な診断と治療方針をご提案いたします。美容面でのお悩みから、医学的な不安まで、どのようなことでもお聞かせください。
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本記事について
- 作成日:2025年8月26日
- 監修:アイシークリニック上野院
- 文責:医療コラム編集部
※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としており、個別の診断や治療の代替とはなりません。症状がある場合は、必ず医療機関を受診してください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務