はじめに
腰からお尻、太ももの裏側にかけて走るような痛みやしびれを感じたことはありませんか。長時間座っていると悪化する、立ち上がる時に電気が走るような痛みがある――このような症状は「坐骨神経痛」の可能性があります。
坐骨神経痛は、多くの方が一度は経験する身近な症状でありながら、その原因や適切な対処法については意外と知られていません。本記事では、坐骨神経痛について、その仕組みから原因、症状、診断方法、治療法、そして日常生活での予防策まで、医学的根拠に基づいて詳しく解説していきます。

坐骨神経痛とは何か
坐骨神経の解剖学的理解
坐骨神経痛を理解するには、まず坐骨神経そのものについて知る必要があります。坐骨神経は、人体の中で最も太く、最も長い末梢神経です。その太さはペン軸ほどもあり、腰椎の第4番目から仙骨の第3番目までの神経根が集まって形成されています。
坐骨神経は腰部から始まり、骨盤を通過し、お尻の深部(梨状筋という筋肉の下)を通って、太ももの裏側を下降していきます。膝の裏側付近で脛骨神経と総腓骨神経の2つに分岐し、ふくらはぎから足先まで伸びています。この神経は、下肢の運動機能と感覚機能の両方を司る重要な役割を担っています。
坐骨神経痛の定義と本質
「坐骨神経痛」という名称から病名のように聞こえますが、実際には病名ではなく「症状」を指す言葉です。つまり、坐骨神経の走行に沿って現れる痛みやしびれなどの症状の総称が「坐骨神経痛」なのです。
医学的には、腰椎から出る神経根の圧迫や刺激、あるいは坐骨神経そのものの圧迫や刺激によって引き起こされる痛みやしびれを坐骨神経痛と呼びます。重要なのは、坐骨神経痛はあくまで結果として現れる症状であり、その背後には必ず何らかの原因疾患が存在するという点です。
疫学データ – どのくらいの人が悩んでいるのか
坐骨神経痛は決して珍しい症状ではありません。日本における疫学調査によれば、成人の約10〜40%が生涯のうちに一度は坐骨神経痛を経験するとされています。特に40代から60代の中高年層に多く見られますが、最近では若年層でも増加傾向にあります。
性別では、やや男性に多い傾向がありますが、女性も妊娠や出産、ホルモンバランスの変化などにより坐骨神経痛を発症するケースが少なくありません。また、職業的な要因も大きく、長時間の座位作業を行うデスクワーカー、重量物を扱う肉体労働者、長時間の運転を行うドライバーなどに発症率が高いことが報告されています。
坐骨神経痛の主な原因
坐骨神経痛を引き起こす原因は多岐にわたります。ここでは主な原因疾患について詳しく見ていきましょう。
腰椎椎間板ヘルニア
坐骨神経痛の原因として最も多いのが腰椎椎間板ヘルニアです。椎間板とは、背骨の骨と骨の間でクッションの役割を果たしている軟骨組織です。この椎間板の中心にある髄核というゼリー状の組織が、周囲の線維輪という組織を破って外に飛び出すことをヘルニアと言います。
飛び出した髄核が神経根を圧迫すると、その神経が支配する領域に痛みやしびれが生じます。特に第4腰椎と第5腰椎の間(L4/5)、第5腰椎と第1仙椎の間(L5/S1)で起こりやすく、これらの部位でヘルニアが発生すると坐骨神経痛を引き起こします。
腰椎椎間板ヘルニアは20代から40代の比較的若い世代に多く見られます。重いものを持ち上げた時や、腰をひねる動作をした時に突然発症することもあれば、日常生活での負担が蓄積して徐々に進行することもあります。
腰部脊柱管狭窄症
50代以降の中高年層における坐骨神経痛の主要な原因が腰部脊柱管狭窄症です。脊柱管とは、背骨の中を縦に走る神経の通り道のことで、加齢による変性、椎間板の膨隆、骨の変形、靭帯の肥厚などによってこの通路が狭くなる状態を脊柱管狭窄症と呼びます。
脊柱管狭窄症の特徴的な症状は「間欠性跛行(かんけつせいはこう)」です。これは、歩いているうちに足の痛みやしびれが強くなり、少し休むと楽になって再び歩けるようになる、という症状です。前かがみになったり座ったりすると症状が軽減するのは、その姿勢では脊柱管が広がるためです。
梨状筋症候群
梨状筋症候群は、お尻の奥にある梨状筋という筋肉が坐骨神経を圧迫することで起こる疾患です。梨状筋は仙骨から大腿骨につながる筋肉で、股関節の外旋(外側に回す動き)を担っています。坐骨神経は通常、この梨状筋の下を通過しますが、梨状筋が硬くなったり腫れたりすると、神経を圧迫してしまいます。
長時間の座位姿勢、特に財布などを後ろポケットに入れたまま座る習慣がある方、ランニングなどのスポーツで股関節を酷使する方に多く見られます。椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症と異なり、画像検査では異常が見つかりにくいため、診断が難しいケースもあります。
腰椎すべり症
腰椎すべり症は、背骨の骨が前方または後方にずれてしまう状態です。生まれつきの形成異常による「形成不全性すべり症」、椎間関節の変性によって起こる「変性すべり症」、外傷や手術後に起こる「分離すべり症」などがあります。
骨がずれることで神経根が圧迫され、坐骨神経痛を引き起こします。第4腰椎に最も多く発生し、中高年の女性に多く見られる傾向があります。立位や歩行時に症状が悪化し、前かがみや座位で軽減することが多いです。
その他の原因
上記以外にも、坐骨神経痛を引き起こす原因はいくつかあります。
腰椎分離症: 主に成長期のスポーツ活動などで背骨の一部が疲労骨折を起こす疾患です。分離した骨が神経を刺激することがあります。
腫瘍: 脊椎や骨盤内の腫瘍が神経を圧迫するケースもあります。良性腫瘍も悪性腫瘍も原因となりえます。
感染症: 椎間板炎や骨髄炎などの感染症が神経根を刺激することがあります。
外傷: 交通事故やスポーツ外傷による骨折や脱臼が神経損傷を引き起こすことがあります。
糖尿病性神経障害: 糖尿病による末梢神経障害が坐骨神経に影響を与えることもあります。
妊娠: 妊娠中は胎児の成長による物理的圧迫やホルモンの影響で坐骨神経痛が生じることがあります。
坐骨神経痛の症状
坐骨神経痛の症状は多様で、その現れ方は原因疾患や圧迫の程度、個人差によって異なります。
痛みの特徴
坐骨神経痛の最も代表的な症状は、腰からお尻、太ももの裏、ふくらはぎ、足先にかけて走る痛みです。この痛みの性質は患者さんによって様々に表現されます。
「鋭く刺すような痛み」「電気が走るような痛み」と表現する方もいれば、「鈍く重だるい痛み」「締め付けられるような痛み」「焼けるような痛み」と感じる方もいます。痛みの強さも、軽度の不快感から、日常生活に支障をきたすほどの激痛まで幅広いです。
痛みは通常、片側(左右どちらか一方)に現れることが多いですが、両側に症状が出る場合もあります。特に腰部脊柱管狭窄症では両側性の症状が見られることがあります。
しびれと感覚異常
痛みと並んで多い症状がしびれです。「正座した後のようなしびれ」「ピリピリ、ジンジンとした感覚」と表現されることが多く、足の裏や足の指先まで広がることもあります。
感覚異常としては、触覚の低下(触られている感覚が鈍くなる)、冷感や熱感の異常、皮膚感覚の過敏などが起こることもあります。靴下を履いているような感覚が常にある「異物感」を訴える患者さんもいます。
筋力低下
神経の圧迫が強い場合や長期間続いている場合、神経が支配する筋肉の力が弱くなることがあります。具体的には以下のような症状が現れます。
- 足首を上に反らせる動きが弱くなる(背屈力低下)
- つま先立ちが困難になる
- 階段の昇り降りが辛くなる
- つまずきやすくなる
- 足に力が入りにくい感覚がある
筋力低下は「足が上がらない」「スリッパが脱げやすい」といった日常生活での困りごととして自覚されることが多いです。
運動時の症状変化
坐骨神経痛の特徴の一つは、姿勢や動作によって症状が変化することです。
症状が悪化する動作・姿勢:
- 長時間の座位(特に柔らかいソファなど)
- 前かがみの姿勢(腰椎椎間板ヘルニアの場合)
- 立位や歩行(脊柱管狭窄症の場合)
- 咳やくしゃみ
- 排便時のいきみ
- 重いものを持ち上げる動作
- 腰をひねる動作
症状が軽減する動作・姿勢:
- 横になって休む
- 前かがみの姿勢(脊柱管狭窄症の場合)
- 膝を曲げて横向きに寝る
- 腰を反らせる(腰椎椎間板ヘルニアの場合もある)
日常生活への影響
坐骨神経痛は日常生活の様々な場面で支障をきたします。
睡眠への影響: 夜間痛により睡眠が妨げられることがあります。特定の寝姿勢で痛みが増強するため、寝返りのたびに目が覚めたり、熟睡できなかったりします。
仕事への影響: デスクワークでは長時間の座位で症状が悪化し、集中力が低下します。立ち仕事や肉体労働では、痛みのために作業効率が落ちたり、作業が困難になったりします。
日常動作の制限: 靴下を履く、床に落ちたものを拾う、洗顔で前かがみになるなど、日常の何気ない動作が困難になることがあります。
心理的影響: 慢性的な痛みは精神的なストレスとなり、不安や抑うつ感を引き起こすことがあります。「この痛みはいつまで続くのか」という不安が生活の質を大きく低下させます。
診断方法
坐骨神経痛の適切な治療のためには、正確な診断が不可欠です。診断は主に問診、身体診察、画像検査を組み合わせて行われます。
問診
医師はまず詳細な問診を行います。いつから症状が始まったか、どのような痛みか、どこが痛むか、どんな時に悪化するか、過去の怪我や病気、職業、生活習慣などを聞きます。
特に重要なのは「レッドフラッグサイン(危険信号)」の有無です。以下のような症状がある場合は、より精密な検査や早急な治療が必要な可能性があります。
- 膀胱・直腸障害(尿が出にくい、便が漏れるなど)
- 馬尾症候群の症状(お尻周りのしびれ、性機能障害など)
- 発熱を伴う
- 説明できない体重減少
- がんの既往歴
- 安静にしていても軽減しない激しい痛み
- 夜間の痛みが強い
身体診察
身体診察では、様々な神経学的検査が行われます。
下肢伸展挙上テスト(SLRテスト): 仰向けに寝た状態で、医師が患者の足を伸ばしたまま持ち上げます。この際に坐骨神経痛が誘発されるかどうかを確認します。30〜70度の角度で痛みが生じた場合、神経根の圧迫を示唆します。
筋力検査: 足首の動き、足の指の動き、膝の曲げ伸ばしなどの力を調べます。どの筋肉が弱っているかで、どの神経根が障害されているかを推測できます。
感覚検査: 触覚、痛覚、振動覚などを調べます。感覚の低下している領域から、障害されている神経根を推定します。
腱反射検査: 膝蓋腱反射(膝のお皿の下を叩く)やアキレス腱反射(かかとの腱を叩く)を調べます。反射の減弱や消失は神経障害を示唆します。
歩行観察: 歩き方、つま先立ち、かかと立ちなどを観察し、筋力低下や動きの異常を評価します。
画像検査
身体診察で坐骨神経痛が疑われた場合、原因を特定するために画像検査が行われます。
X線検査(レントゲン): 骨の状態、椎間板の高さ、背骨の並び方などを確認します。骨折、脱臼、すべり症、側弯症などの骨の異常を発見できますが、神経や椎間板の状態は直接見ることができません。
MRI検査(磁気共鳴画像): 坐骨神経痛の原因診断において最も重要な検査です。椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、神経根の圧迫状態、軟部組織の異常などを詳細に観察できます。被曝がないため安全性も高いですが、閉所恐怖症の方や、体内に金属が入っている方は検査ができない場合があります。
CT検査(コンピュータ断層撮影): 骨の構造を詳しく見るのに適しています。MRIが受けられない方や、骨の詳細な評価が必要な場合に行われます。
神経伝導検査・筋電図検査: 神経の機能や筋肉の状態を電気的に調べる検査です。神経の損傷の程度や、どの神経が障害されているかを評価できます。梨状筋症候群など、画像では異常が見つかりにくい疾患の診断に役立つことがあります。
鑑別診断
坐骨神経痛と似た症状を示す疾患は多数あり、これらを区別することも重要です。
閉塞性動脈硬化症: 足の血流障害により、歩行時の痛みが生じます。間欠性跛行という点で脊柱管狭窄症と似ていますが、前かがみでも症状が改善しないことで区別できます。
股関節疾患: 変形性股関節症などでも下肢の痛みが生じることがあります。
仙腸関節障害: 骨盤の関節である仙腸関節の問題でもお尻や下肢の痛みが生じます。
筋筋膜性疼痛: 筋肉のこりやトリガーポイントによる関連痛が坐骨神経痛に似ることがあります。
治療法
坐骨神経痛の治療は、原因疾患、症状の程度、患者さんの年齢や生活スタイルなどを総合的に考慮して決定されます。多くの場合、まず保存的治療(手術以外の治療)から開始します。
保存的治療
薬物療法
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs): ロキソプロフェン、セレコキシブなどが使用されます。炎症と痛みを抑える効果があります。ただし、胃腸障害や腎機能への影響があるため、長期使用には注意が必要です。
筋弛緩薬: 筋肉の緊張をほぐし、痛みを軽減します。エペリゾンなどが処方されることがあります。
神経障害性疼痛治療薬: プレガバリンやデュロキセチンなど、神経の痛みに特化した薬です。神経が過敏になっている状態を鎮める作用があります。
オピオイド系鎮痛薬: 強い痛みがある場合に、短期間使用されることがあります。依存性のリスクがあるため、慎重な使用が求められます。
ステロイド薬: 炎症が強い場合に、短期間使用されることがあります。
ビタミンB12製剤: 神経の修復を助ける作用があるとされ、補助的に使用されます。
神経ブロック療法
薬物を神経の近くに直接注射することで、痛みの信号を遮断する治療法です。
硬膜外ブロック: 脊柱管内の硬膜外腔に局所麻酔薬やステロイドを注入します。強い鎮痛効果が得られます。
神経根ブロック: 痛みの原因となっている神経根に直接薬剤を注入します。診断と治療の両方の意味があります。
トリガーポイント注射: 筋肉の硬結部位(トリガーポイント)に局所麻酔薬を注射します。梨状筋症候群などで効果的です。
これらのブロック療法は、痛みの悪循環を断ち切り、身体のリハビリテーションを容易にする効果もあります。
理学療法(リハビリテーション)
運動療法: 理学療法士の指導のもと、適切なストレッチや筋力トレーニングを行います。腹筋や背筋などの体幹筋を強化することで、腰椎への負担を軽減します。また、硬くなった筋肉を柔軟にすることも重要です。
姿勢指導: 日常生活での正しい姿勢や動作を学びます。座り方、立ち方、物の持ち上げ方などの指導を受けます。
物理療法: 温熱療法(ホットパック、超音波など)、電気療法(低周波治療など)、牽引療法などがあります。血流改善や筋肉の緊張緩和を目的とします。
装具療法
コルセットや腰痛ベルトを使用することで、腰椎を安定させ、痛みを軽減することがあります。ただし、長期間の使用は筋力低下を招く可能性があるため、症状が強い時期に限定して使用することが推奨されます。
生活習慣の改善
体重管理: 肥満は腰椎への負担を増大させるため、適正体重の維持が重要です。
禁煙: 喫煙は椎間板の変性を促進することが知られています。
適度な運動: ウォーキングや水泳など、腰に負担の少ない運動を継続することが推奨されます。
睡眠環境の改善: 適度な硬さのマットレス、適切な枕の使用が重要です。
手術療法
保存的治療を数週間から数ヶ月続けても症状が改善しない場合や、筋力低下が進行する場合、膀胱直腸障害がある場合などには、手術療法が検討されます。
椎間板ヘルニアに対する手術
内視鏡下椎間板摘出術(MED): 小さな切開から内視鏡を挿入し、ヘルニアを摘出します。傷が小さく、回復が早いという利点があります。
顕微鏡下椎間板摘出術(MD): 顕微鏡を用いてヘルニアを摘出する方法です。確実な視野が得られます。
経皮的内視鏡下椎間板摘出術(PED): さらに低侵襲な内視鏡手術で、局所麻酔で行えることもあります。
脊柱管狭窄症に対する手術
椎弓切除術: 脊柱管の後方部分(椎弓)を取り除いて、神経の通り道を広げます。
椎弓形成術: 椎弓を一部残しながら脊柱管を広げる方法です。
固定術: 不安定性がある場合に、金属のインプラントを用いて背骨を固定します。
低侵襲手術の進歩
近年、手術技術の進歩により、より小さな傷で、より短い入院期間で手術が可能になってきています。内視鏡手術やレーザー治療など、様々な選択肢があります。ただし、それぞれの手術法には適応があり、すべての患者さんに適用できるわけではありません。
代替療法・補完療法
医学的治療に加えて、以下のような方法が補完的に用いられることがあります。
鍼灸治療: 痛みの軽減に効果があったという報告があります。
カイロプラクティック: 脊椎のアライメントを調整する手技療法です。
マッサージ: 筋肉の緊張緩和に役立ちます。
ヨガ: 柔軟性の向上と体幹筋の強化に効果的です。ただし、症状によっては悪化させる可能性もあるため、医師に相談してから始めることが推奨されます。
これらの代替療法は、標準的な医学的治療の代わりではなく、補完として位置づけられます。必ず医師に相談してから取り入れるようにしましょう。
予防とセルフケア
坐骨神経痛は、日常生活での工夫により予防したり、症状を軽減したりすることが可能です。
正しい姿勢の維持
座位姿勢: 椅子に深く腰掛け、背もたれに背中をつけます。足の裏全体が床につく高さの椅子を選びましょう。長時間座る場合は、30分に一度は立ち上がって軽く体を動かすことが推奨されます。
立位姿勢: 背筋を伸ばし、顎を軽く引いて、左右の肩の高さを揃えます。片方の足に重心をかけ続けないようにしましょう。
就寝姿勢: 横向きで膝を軽く曲げた姿勢(胎児のような姿勢)が、多くの人にとって楽な姿勢です。仰向けの場合は、膝の下に枕やクッションを入れると腰への負担が軽減されます。
日常動作での注意点
物を持ち上げる時: 膝を曲げて腰を落とし、物を体に近づけてから持ち上げます。腰だけを曲げて持ち上げると、腰椎に大きな負担がかかります。
荷物の運び方: 片方の手だけで重い荷物を持つのではなく、両手に分散させるか、リュックサックを使用しましょう。
車の運転: シートの位置を適切に調整し、背もたれに背中をしっかりつけます。長時間の運転では、定期的に休憩を取り、車外で軽く体を動かしましょう。
ストレッチと運動
お勧めのストレッチ
ハムストリングスのストレッチ: 仰向けに寝て、片足を伸ばしたまま天井に向かって上げ、タオルなどで足裏を引っ張ります。太ももの裏側が伸びるのを感じながら、20〜30秒キープします。
梨状筋のストレッチ: 仰向けに寝て、片方の足首をもう一方の膝に乗せ、下になった足の太ももを胸に引き寄せます。お尻の深部が伸びるのを感じます。
腰のストレッチ: 仰向けに寝て、両膝を抱えて胸に引き寄せます。腰が伸びるのを感じながら、20〜30秒キープします。
体幹強化エクササイズ
ブリッジ運動: 仰向けに寝て膝を立て、お尻を持ち上げます。肩から膝までが一直線になるように保ちます。
プランク: うつ伏せになり、前腕と足先で体を支えます。体を一直線に保ち、30秒から1分間キープします。
キャット&ドッグ運動: 四つん這いになり、背中を丸めたり反らせたりを繰り返します。背骨の柔軟性を高めます。
注意: 痛みが強い時期や急性期には、ストレッチや運動は避けましょう。また、運動を始める前には医師や理学療法士に相談することをお勧めします。
生活環境の整備
寝具の選択: 適度な硬さのマットレスを選びましょう。柔らかすぎるマットレスは腰が沈み込んで負担が増します。
作業環境: デスクワークの場合、パソコンのモニターの位置や椅子の高さを適切に調整しましょう。キーボードとマウスは肘を90度に曲げた位置に置くのが理想的です。
靴の選択: クッション性があり、適度な支持性のある靴を選びましょう。ハイヒールは腰への負担を増やすため、長時間の使用は避けたほうが良いでしょう。
ストレス管理
慢性的な痛みとストレスは相互に影響し合います。ストレスが増すと筋肉の緊張が高まり、痛みが悪化することがあります。
リラクゼーション法: 深呼吸、瞑想、マインドフルネスなどの技法を取り入れましょう。
趣味や社交活動: 痛みばかりに注意を向けず、楽しめる活動を持つことも重要です。
十分な睡眠: 質の良い睡眠は体の回復に不可欠です。

よくある質問(FAQ)
軽度の坐骨神経痛の場合、適切な自己管理により数週間から数ヶ月で自然に改善することがあります。実際、腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛の場合、約80〜90%の患者さんが保存的治療で改善するとされています。ただし、症状が重い場合や長期間続く場合は、医療機関での適切な治療が必要です。
激しい痛みがある急性期(最初の数日間)は、無理をせず安静にすることが推奨されます。ただし、長期間の安静は筋力低下や関節の硬直を招くため、痛みが落ち着いてきたら、徐々に日常活動を再開することが重要です。「痛みの範囲内での活動」を心がけましょう。
特定の食事が坐骨神経痛を治すわけではありませんが、抗炎症作用のある食品を積極的に摂取することは有益です。オメガ3脂肪酸(青魚、ナッツ類)、抗酸化物質(色の濃い野菜や果物)、ビタミンD、カルシウムなどを含むバランスの良い食事を心がけましょう。また、肥満は腰椎への負担を増やすため、適正体重の維持も重要です。
Q4: マッサージは効果がありますか?
マッサージは筋肉の緊張を和らげ、血流を改善する効果があります。特に梨状筋症候群や筋筋膜性の痛みには有効なことがあります。ただし、急性期の炎症が強い時期や、重度のヘルニアがある場合は、マッサージが症状を悪化させる可能性もあります。必ず医師に相談してから受けるようにしましょう。
Q5: 冷やすべきですか、温めるべきですか?
基本的には、急性期(受傷後48〜72時間)は冷やし、慢性期は温めることが推奨されます。冷却は炎症と腫れを抑え、温熱は血流を改善し筋肉の緊張を和らげます。ただし、個人差があり、どちらが心地よく感じるかを基準に選んでも構いません。
Q6: 運動はいつから始めて良いですか?
激しい痛みが落ち着き、日常動作が可能になってきたら、医師や理学療法士の指導のもと、徐々に運動を開始できます。最初は軽いストレッチや歩行から始め、徐々に強度を上げていきます。痛みを我慢して無理に運動するのは避けましょう。
Q7: 手術が必要になるのはどんな時ですか?
以下のような場合に手術が検討されます。
- 保存的治療を3〜6ヶ月続けても改善がない
- 日常生活に著しい支障がある
- 筋力低下が進行している
- 膀胱直腸障害(尿が出ない、便失禁など)がある
- 馬尾症候群(緊急手術が必要)
最終的な判断は、症状の程度、画像所見、患者さんの希望などを総合的に考慮して行われます。
Q8: 再発を防ぐにはどうすれば良いですか?
正しい姿勢の維持、定期的な運動、適正体重の維持、ストレス管理などの生活習慣の改善が再発予防に重要です。また、一度改善した後も、予防的なストレッチや体幹強化運動を継続することをお勧めします。
Q9: 妊娠中の坐骨神経痛はどうすれば良いですか?
妊娠中は胎児の成長による物理的圧迫やホルモンの影響で坐骨神経痛が起こりやすくなります。マタニティベルトの使用、適切な姿勢の維持、妊婦向けのストレッチなどが有効です。薬物療法には制限があるため、必ず産婦人科医に相談してください。多くの場合、出産後に症状は改善します。
Q10: 整体やカイロプラクティックは効果がありますか?
これらの施術は、筋肉の緊張緩和や姿勢の改善に役立つ可能性があります。ただし、施術者の技術や資格には差があり、不適切な施術は症状を悪化させることもあります。まず医療機関で正確な診断を受け、医師に相談してから受けることをお勧めします。
まとめ – 坐骨神経痛と上手に付き合うために
坐骨神経痛は、腰から足にかけての痛みやしびれを引き起こす症状で、その原因は腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、梨状筋症候群など多岐にわたります。人体最大の末梢神経である坐骨神経が、何らかの原因で圧迫されたり刺激されたりすることで発症します。
診断には問診、身体診察、画像検査が用いられ、原因疾患を特定することが重要です。治療は、まず薬物療法、神経ブロック療法、理学療法などの保存的治療から開始し、これらで改善が見られない場合や重篤な神経症状がある場合に手術療法が検討されます。
坐骨神経痛の多くは適切な治療により改善しますが、慢性化を防ぐためには早期の対応が重要です。激しい痛みが続く場合、筋力低下が見られる場合、膀胱直腸障害がある場合などは、早めに医療機関を受診しましょう。
また、予防とセルフケアも非常に重要です。正しい姿勢の維持、適度な運動、体重管理、ストレス管理など、日常生活での工夫により、坐骨神経痛の予防や再発防止が可能です。
坐骨神経痛は、決して「年のせい」「仕方がない」と諦める必要のある症状ではありません。適切な知識を持ち、正しい対処法を実践することで、症状の改善と再発予防が期待できます。痛みやしびれがある場合は、自己判断せず、まず医療機関を受診し、専門家の診断と適切な治療を受けることをお勧めします。
参考文献
本記事の作成にあたり、以下の信頼できる情報源を参考にしました。
- 日本整形外科学会「腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン」
https://www.joa.or.jp/ - 日本脊椎脊髄病学会「腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン」
https://www.jssr.gr.jp/ - 厚生労働省「国民生活基礎調査」腰痛有訴者率に関するデータ
https://www.mhlw.go.jp/ - 日本ペインクリニック学会「神経ブロック療法の指針」
https://www.jspc.gr.jp/ - 日本理学療法士協会「理学療法診療ガイドライン」
https://www.japanpt.or.jp/ - 日本リハビリテーション医学会「リハビリテーション医療における診療ガイドライン」
https://www.jarm.or.jp/
※本記事の情報は2025年10月時点のものです。医療情報は常に更新されていますので、最新の情報については各学会のウェブサイトや医療機関でご確認ください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務