陰部のしこりが押すと痛い:原因と対処法を医師が解説

はじめに

陰部にしこりを見つけて、さらにそれが押すと痛いとなると、多くの方が不安を感じることでしょう。陰部という極めてデリケートな部位であることから、人に相談しにくく、一人で悩んでしまう方も少なくありません。

しかし、陰部のしこりには様々な原因があり、その多くは適切な診断と治療により改善可能です。一方で、中には早期の治療が必要な疾患もあるため、症状を見つけたら早めに専門医を受診することが重要です。

本記事では、陰部のしこりが押すと痛い場合の主な原因や症状の特徴、診断方法、治療法について詳しく解説いたします。正しい知識を身につけることで、適切な判断と行動につなげていただければと思います。

陰部のしこりの基本知識

しこりとは何か

しこりとは、皮膚の下にできる硬い塊のことを指します。医学的には「腫瘤(しゅりゅう)」と呼ばれることもあります。しこりは身体のあらゆる部位に発生する可能性がありますが、陰部に生じる場合は特に注意深い観察が必要です。

陰部のしこりの特徴

陰部のしこりには以下のような特徴があります:

  • 大きさ:数ミリメートルから数センチメートルまで様々
  • 硬さ:軟らかいものから硬いものまで
  • 可動性:皮膚や深部組織に固着しているものと、動くものがある
  • 痛み:痛みを伴うものと無痛のものがある
  • 発生部位:外陰部、鼠径部、会陰部など

押すと痛みを感じるしこりは、多くの場合、炎症や感染が関与していることが示唆されます。

陰部の痛みを伴うしこりの主な原因

1. バルトリン腺嚢胞・バルトリン腺炎

概要 バルトリン腺は女性の外陰部にある分泌腺で、性的興奮時に潤滑液を分泌する役割があります。この腺の出口が詰まることで嚢胞が形成されたり、細菌感染により炎症を起こしたりすることがあります。

症状の特徴

  • 外陰部の片側に腫れや硬いしこりが現れる
  • 押すと強い痛みを感じる
  • 座ったり歩いたりする際に不快感がある
  • 感染を伴う場合は発熱することもある
  • しこりの大きさは小豆大からピンポン玉大まで様々

原因

  • 腺管の閉塞による分泌液の貯留
  • 大腸菌、ブドウ球菌などの細菌感染
  • 性感染症(淋病、クラミジアなど)
  • 外傷や摩擦による炎症

2. 毛嚢炎・毛包炎

概要 毛根を包んでいる毛包に細菌が感染することで起こる炎症です。陰部は毛が密集しており、蒸れやすい環境のため毛嚢炎を起こしやすい部位です。

症状の特徴

  • 毛穴を中心とした赤い腫れやしこり
  • 押すと痛みを感じる
  • 化膿して膿が溜まることがある
  • 複数箇所に同時に発生することもある

原因

  • 黄色ブドウ球菌などの細菌感染
  • 毛の処理による皮膚の微小外傷
  • 摩擦や圧迫による毛穴の詰まり
  • 免疫力の低下

3. 粉瘤(アテローム)

概要 皮膚の下にできる袋状の良性腫瘍で、中に角質や皮脂などの老廃物が溜まったものです。陰部にも発生することがあり、感染を起こすと痛みを伴います。

症状の特徴

  • 球状の硬いしこり
  • 通常は痛みがないが、感染すると押すと痛い
  • 中央部に小さな黒い点(開口部)が見えることがある
  • 時間の経過とともに徐々に大きくなる

原因

  • 皮膚の一部が内側に入り込むことで形成
  • 外傷や摩擦が誘因となることがある
  • 体質的な要因

4. リンパ節腫脹

概要 鼠径部(太ももの付け根)には多くのリンパ節があり、感染や炎症により腫れることがあります。陰部の感染症や下肢の外傷などが原因となることが多いです。

症状の特徴

  • 鼠径部にできる硬いしこり
  • 押すと痛みを感じる
  • 発熱を伴うことがある
  • 片側または両側に発生

原因

  • 陰部や下肢の細菌感染
  • 性感染症
  • ウイルス感染
  • まれに悪性リンパ腫などの血液疾患

5. 外陰部の外傷・血腫

概要 外陰部への外傷により血管が損傷し、血液が皮下に溜まることで血腫が形成されることがあります。

症状の特徴

  • 外傷後に急激に腫れが現れる
  • 押すと痛みを感じる
  • 皮膚の色が紫色や青色に変化することがある
  • 時間の経過とともに色調が変化する

原因

  • 転倒や打撲による外傷
  • 性行為時の外傷
  • 出産時の外傷

6. ヘルペス性外陰炎

概要 単純ヘルペスウイルスによる感染症で、外陰部に水疱や潰瘍を形成します。初感染時は特に症状が強く現れることが多いです。

症状の特徴

  • 初期は小さな水疱から始まる
  • 水疱が破れて潰瘍となる
  • 周囲に腫れや硬結を伴う
  • 強い痛みを伴う
  • 発熱やリンパ節腫脹を伴うことがある

原因

  • 単純ヘルペスウイルス1型または2型の感染
  • 主に性行為により感染
  • 免疫力低下時に再発しやすい

診断のプロセス

問診

医師は以下のような点について詳しく質問します:

  • 症状の発現時期と経過
  • しこりの大きさや硬さの変化
  • 痛みの程度と性質
  • 発熱の有無
  • 月経周期との関連
  • 性行為の有無
  • 既往歴や服用薬
  • 家族歴

視診・触診

医師が直接患部を観察し、触れて確認します:

  • しこりの大きさ、形状、硬さ
  • 皮膚の色調や表面の状態
  • 可動性の有無
  • 圧痛の程度
  • 周囲のリンパ節の状態

検査

必要に応じて以下のような検査を行います:

血液検査

  • 炎症反応(CRP、白血球数)
  • 感染症マーカー
  • 腫瘍マーカー(必要時)

画像検査

  • 超音波検査:しこりの内部構造を確認
  • CT検査:深部の構造を詳しく観察
  • MRI検査:軟部組織のより詳細な評価

細菌培養検査

  • 感染が疑われる場合に実施
  • 原因菌の特定と薬剤感受性の確認

細胞診・組織診

  • 悪性疾患の可能性がある場合
  • 診断が困難な場合

治療方法

1. バルトリン腺嚢胞・バルトリン腺炎の治療

保存的治療

  • 抗生物質の投与
  • 消炎鎮痛剤の使用
  • 温湿布や座浴による症状緩和

外科的治療

  • 切開排膿:膿が溜まっている場合
  • 嚢胞摘出術:再発を繰り返す場合
  • 造袋術:腺機能を保持しながら再発を防ぐ

2. 毛嚢炎・毛包炎の治療

軽症例

  • 抗生物質軟膏の外用
  • 消毒薬での清拭
  • 適切な保湿とスキンケア

重症例

  • 経口抗生物質の投与
  • 切開排膿
  • 原因となる誘因の除去

3. 粉瘤の治療

非感染時

  • 経過観察
  • 手術による摘出(根治的治療)

感染時

  • 抗生物質の投与
  • 切開排膿
  • 感染が落ち着いてから根治手術

4. リンパ節腫脹の治療

原因疾患の治療

  • 感染症に対する抗生物質投与
  • 抗ウイルス薬の使用(ウイルス感染の場合)
  • 悪性疾患の場合は専門的治療

対症療法

  • 消炎鎮痛剤
  • 安静
  • 局所の冷却

5. ヘルペス性外陰炎の治療

抗ウイルス薬

  • アシクロビル、バラシクロビルなどの経口投与
  • 重症例では点滴による投与

対症療法

  • 鎮痛剤
  • 局所麻酔薬の外用
  • 清潔保持

予防方法

日常生活での注意点

清潔の保持

  • 毎日の入浴やシャワーで陰部を清潔に保つ
  • 石鹸は刺激の少ないものを選ぶ
  • 洗いすぎは逆効果なので適度な清拭にとどめる

適切な下着の選択

  • 通気性の良い綿製の下着を選ぶ
  • きつすぎる下着は避ける
  • 毎日清潔な下着に交換する

毛の処理

  • 剃毛時は清潔なカミソリを使用
  • 処理後は保湿を心がける
  • 頻繁な処理は皮膚への刺激となるため注意

性行為時の注意

  • コンドームの適切な使用
  • パートナーとの性感染症の情報共有
  • 性行為前後の清潔保持

生活習慣の改善

免疫力の維持

  • バランスの取れた食事
  • 適度な運動
  • 十分な睡眠
  • ストレスの軽減

定期健診

  • 婦人科健診の定期受診
  • 自己触診の習慣化
  • 異常を感じたら早期受診

いつ受診すべきか

以下のような症状がある場合は、できるだけ早く専門医を受診することをお勧めします:

緊急性の高い症状

  • 激しい痛みがある
  • 高熱を伴う
  • 急激にしこりが大きくなる
  • 皮膚の色が急激に変化する
  • 歩行困難になるほどの痛み

継続的な症状

  • 2週間以上しこりが持続する
  • 徐々にしこりが大きくなる
  • 痛みが徐々に強くなる
  • 複数のしこりが出現する
  • 月経周期と関係なく症状が続く

その他の症状を伴う場合

  • 不正出血がある
  • おりものの異常がある
  • 排尿時の痛みがある
  • 発熱が続く
  • 全身倦怠感がある

受診時の準備

持参するもの

  • 健康保険証
  • お薬手帳
  • 基礎体温表(つけている場合)
  • 症状の記録

受診前の準備

症状の記録

  • いつから症状があるか
  • しこりの大きさや硬さの変化
  • 痛みの程度と性質
  • 他の症状の有無

質問事項の整理

  • 気になることや不安な点をまとめておく
  • 日常生活への影響について
  • 治療に関する希望や不安

よくある質問

Q1. しこりが良性か悪性かはどのように判断するのですか?

A1. しこりの良性・悪性の判断は、以下のような特徴を総合的に評価して行います:

良性の特徴

  • 表面が滑らか
  • 境界が明瞭
  • 可動性がある
  • 痛みを伴うことが多い
  • 急激な増大はしない

悪性を疑う特徴

  • 表面が凸凹している
  • 境界が不明瞭
  • 周囲組織に固着している
  • 無痛のことが多い
  • 急激に大きくなる

ただし、これらの特徴だけでは確実な判断はできないため、必要に応じて組織検査などの精密検査を行います。

Q2. 陰部のしこりは自然に治ることはありますか?

A2. 原因によって異なります:

自然治癒する可能性があるもの

  • 軽度の毛嚢炎
  • 小さな外傷による血腫
  • ウイルス感染による一時的な腫れ

治療が必要なもの

  • バルトリン腺嚢胞
  • 化膿性の感染症
  • 粉瘤
  • 悪性腫瘍

自己判断せず、専門医による適切な診断を受けることが重要です。

Q3. 妊娠中に陰部のしこりができた場合はどうすればよいですか?

A3. 妊娠中は以下の点に注意が必要です:

妊娠中の特徴

  • ホルモンの影響で皮膚の変化が起きやすい
  • 免疫力の変化により感染しやすい
  • 血流の増加により腫れやすい

対応方法

  • できるだけ早く産婦人科医に相談する
  • 使用できる薬剤に制限があるため専門医の判断が必要
  • 出産への影響について確認する

妊娠中でも適切な治療を受けることができるので、我慢せずに相談することが大切です。

Q4. パートナーにも症状が現れる可能性はありますか?

A4. 原因によってパートナーへの感染リスクがあります:

感染リスクが高い疾患

  • 性感染症(ヘルペス、梅毒など)
  • 細菌性の感染症(一部)

感染リスクが低い疾患

  • バルトリン腺嚢胞
  • 粉瘤
  • 外傷による血腫

性感染症が疑われる場合は、パートナーも一緒に検査・治療を受けることが推奨されます。

専門医からのアドバイス

早期受診の重要性

陰部という部位の特性上、受診をためらう方も多いですが、早期診断・早期治療により多くの疾患は完治可能です。症状を放置することで以下のようなリスクがあります:

  • 感染の拡大
  • 慢性化による治療の困難さ
  • 機能障害の発生
  • 悪性疾患の場合の進行

適切な医療機関の選択

陰部のしこりに関しては、以下の診療科での受診が適切です:

女性の場合

  • 婦人科
  • 皮膚科(皮膚疾患が疑われる場合)
  • 外科(手術が必要な場合)

男性の場合

  • 泌尿器科
  • 皮膚科
  • 外科

セカンドオピニオンの活用

診断や治療方針に不安がある場合は、他の医師の意見を求めることも重要です。特に手術が必要とされた場合や、悪性疾患が疑われる場合は、セカンドオピニオンを検討することをお勧めします。

最新の治療動向

低侵襲治療の発展

近年、陰部の疾患に対する治療は、患者さんの負担を軽減する方向で発展しています:

内視鏡手術

  • 小さな切開で行う手術
  • 術後の痛みや傷跡が少ない
  • 回復期間の短縮

レーザー治療

  • 精密な治療が可能
  • 出血が少ない
  • 再発率の低下

薬物療法の進歩

感染症に対する治療薬も進歩しており、より効果的で副作用の少ない薬剤が開発されています:

新しい抗生物質

  • 耐性菌にも効果的
  • 服用回数の減少
  • 副作用の軽減

免疫調整薬

  • 再発予防効果
  • 根本的な体質改善

心理的サポート

不安への対処

陰部の症状は多くの方に心理的な負担をもたらします:

よくある不安

  • 悪性疾患への恐怖
  • 性機能への影響
  • パートナーへの感染
  • 美容面への影響

対処方法

  • 正確な情報の収集
  • 医師との十分な相談
  • カウンセリングの活用
  • 家族やパートナーとの話し合い

サポート体制

医療チーム

  • 主治医
  • 看護師
  • カウンセラー
  • ソーシャルワーカー

社会的サポート

  • 患者会や支援団体
  • インターネットコミュニティ
  • 家族・友人のサポート

まとめ

陰部に押すと痛いしこりができた場合、その原因は多岐にわたります。バルトリン腺嚢胞や毛嚢炎のような比較的頻度の高い良性疾患から、まれではありますが悪性腫瘍まで様々な可能性があります。

重要なことは、症状を一人で抱え込まずに、適切な医療機関を受診することです。多くの疾患は早期の診断と治療により完治可能であり、適切な予防策により再発を防ぐことも可能です。

日常生活では清潔の保持、適切な下着の選択、免疫力の維持などの基本的な健康管理が予防に役立ちます。また、定期的な健康診断や自己チェックの習慣も早期発見につながります。

症状に気づいたら恥ずかしがらずに専門医を受診し、適切な診断と治療を受けることで、健康な生活を取り戻すことができます。何か不安な症状がある場合は、一人で悩まずに医療専門家に相談することをお勧めします。


参考文献

  1. 日本産科婦人科学会編. 産科婦人科用語集・用語解説集 改訂第4版. 杏林舎, 2018.
  2. 日本皮膚科学会. 皮膚科診療ガイドライン. https://www.dermatol.or.jp/modules/guideline/
  3. 厚生労働省. 性感染症に関する特定感染症予防指針. https://www.mhlw.go.jp/
  4. 日本感染症学会. 感染症診療ガイドライン. https://www.kansensho.or.jp/
  5. 国立がん研究センター. がん情報サービス. https://ganjoho.jp/
  6. 日本泌尿器科学会. 泌尿器科診療ガイドライン. https://www.urol.or.jp/
  7. 日本臨床皮膚科医会編. 皮膚疾患診療ハンドブック. 文光堂, 2019.
  8. 日本婦人科腫瘍学会. 婦人科腫瘍診療ガイドライン. https://jsgo.or.jp/

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監修者医師

高桑 康太 医師

略歴

  • 2009年 東京大学医学部医学科卒業
  • 2009年 東京逓信病院勤務
  • 2012年 東京警察病院勤務
  • 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
  • 2019年 当院治療責任者就任

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佐藤 昌樹 医師

保有資格

日本整形外科学会整形外科専門医

略歴

  • 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
  • 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
  • 2012年 東京逓信病院勤務
  • 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
  • 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務

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