はじめに
「ただのほくろかと思っていたら、メラノーマ(悪性黒色腫)だった」―このような体験をする患者さまが年々増えています。メラノーマは皮膚がんの中でも特に悪性度が高く、転移しやすい疾患として知られています。しかし、正しい知識と見分け方を身につけることで、早期発見・早期治療が可能になり、良好な予後が期待できます。
当院では日々多くの患者さまから「このほくろは大丈夫でしょうか?」というご相談をいただきます。皮膚の変化に気づくことは、健康を守る第一歩です。本記事では、メラノーマの見分け方について、医学的根拠に基づいた正確な情報をわかりやすくお伝えします。

メラノーマ(悪性黒色腫)とは何か
基本的な定義
メラノーマは、皮膚のメラニン色素を産生するメラノサイトという細胞が悪性化して発生する皮膚がんです。別名「悪性黒色腫」とも呼ばれ、「ほくろのがん」として知られています。一見すると普通のほくろやシミのように見えることが多く、そのため発見が遅れやすいという特徴があります。
日本における現状
日本でのメラノーマの罹患率は10万人あたり1~2人程度とされており、欧米と比較すると発症頻度は低めです。しかし、厚生労働省の調査によると、2017年の日本におけるメラノーマ患者数は約5,000人と報告されており、年間600~700人程度の方が亡くなっています。
特筆すべきは、日本人のメラノーマによる死亡数がこの40年間で約4倍に増加していることです。これは紫外線の影響に加えて、高齢化も要因の一つと考えられています。
日本人特有の特徴
日本人のメラノーマには、欧米人とは異なる特徴があります:
発生部位の違い
- 日本人:足の裏、手のひら、爪周囲など末端部に約50%が発生
- 欧米人:顔面、腕、背中など紫外線に当たりやすい部位に多発
病型の違い
- 日本人で最も多いのは「末端黒子型メラノーマ」(約40%以上)
- 粘膜原発のメラノーマも約15%と欧米の1~2%と比較して高率
メラノーマの見分け方:ABCDEルール
メラノーマの早期発見において、国際的に標準となっているのが「ABCDEルール」です。これは5つのポイントの頭文字を取った診断基準で、皮膚科専門医も使用している実用的な指標です。
A:Asymmetry(非対称性)
良性のほくろの場合
- 左右対称で、円形または楕円形
- 中心線で分けた時に両側がほぼ同じ形
メラノーマの場合
- 左右非対称で不規則な形状
- いびつで整っていない形
セルフチェック方法 ほくろの中心に仮想の線を引いてみて、左右の形が明らかに違う場合は注意が必要です。
B:Border irregularity(境界不整)
良性のほくろの場合
- 境界がはっきりしており、滑らかな輪郭
- 周囲の皮膚との境界が鮮明
メラノーマの場合
- 境界がギザギザしている
- 色がにじみ出している部分がある
- 境界の一部が不鮮明
セルフチェック方法 ほくろの縁をよく観察し、波打っていたり、色がぼやけて広がっている部分がないか確認しましょう。
C:Color variegation(色調の変化)
良性のほくろの場合
- 均一な茶色または黒色
- 全体的に同じ色調
メラノーマの場合
- 一つの病変内に複数の色が混在
- 黒、茶色、赤、青、白などが混ざっている
- 色調にムラがある
セルフチェック方法 ほくろを注意深く観察し、色の濃淡や異なる色が混ざっていないか確認してください。
D:Diameter(直径)
良性のほくろの場合
- 通常6mm以下のサイズ
- 成人になってからはサイズの変化が少ない
メラノーマの場合
- 6mm以上の大きなサイズ(鉛筆の消しゴム部分程度)
- 継続的にサイズが拡大
セルフチェック方法 定規やメジャーでサイズを測定し、6mmを超えているか確認しましょう。また、写真を撮って経時的変化を記録することも有効です。
E:Evolving(経時的変化)
良性のほくろの場合
- 成人後は大きな変化がない
- 形、色、サイズが安定している
メラノーマの場合
- 数週間から数ヶ月で変化が見られる
- 大きさ、形、色、厚さの変化
- かゆみ、出血、潰瘍形成などの症状
セルフチェック方法 定期的に写真を撮影し、変化を記録することが重要です。特に以下の変化に注意:
- 急速な拡大
- 色の変化
- 表面の変化(隆起、潰瘍など)
- 症状の出現(痛み、かゆみ、出血)
ABCDEルール以外の重要な警告サイン
新たに出現したほくろ
思春期以降、特に30歳を過ぎてから新しく現れたほくろや色素斑は注意が必要です。良性のほくろは通常、小児期から青年期にかけて形成されます。
「醜いアヒルの子」サイン
他のほくろと明らかに異なる外観を示すほくろは、メラノーマの可能性があります。これは「ugly duckling sign(醜いアヒルの子サイン)」と呼ばれる重要な診断指標です。
症状を伴うほくろ
通常、良性のほくろは無症状ですが、以下の症状がある場合は専門医の診察を受けましょう:
- かゆみ
- 痛み
- 出血
- ただれ
- かさぶた形成
日本人に多い末端黒子型メラノーマの特徴
発生部位と初期症状
末端黒子型メラノーマは、日本人のメラノーマの約50%を占める最も頻度の高いタイプです。
好発部位
- 足の裏(足底)
- 手のひら(手掌)
- 手足の爪とその周囲
- 指趾
初期の特徴
- 不規則な形の褐色~黒色斑として出現
- 最初は平坦でシミのような外観
- 時間とともに徐々に拡大
- 進行すると隆起や結節を形成
足の裏のメラノーマの見分け方
足の裏は日常的に観察しにくい部位ですが、以下のポイントに注意しましょう:
注意すべき特徴
- 皮溝(足の裏の溝の部分)に沿った色素沈着
- 不規則で非対称な形状
- 色調の不均一性
- 6mm以上のサイズ
良性との鑑別
- 胼胝(たこ)や鶏眼(うおのめ)との区別が重要
- 圧迫による症状の有無
- 削ると出血する場合は要注意
爪のメラノーマ(爪下黒色線条)
爪に生じるメラノーマは「爪下メラノーマ」と呼ばれ、初期は縦の黒い線として現れます。
警告サイン
- 幅3mm以上の縦の黒い線条
- 色の濃淡が不均一
- 爪周囲の皮膚への色素の拡大(Hutchinson徴候)
- 急速な幅の拡大
注意点 外傷や感染症による一時的な色素沈着との鑑別が重要です。数ヶ月経過しても改善しない場合は専門医の診察を受けましょう。
その他のメラノーマの病型と特徴
表在拡大型メラノーマ
特徴
- 体幹や四肢に発生しやすい
- 平坦で不規則な色素斑として始まる
- 水平方向に拡大する傾向
- 日本人でも近年増加傾向
見分け方のポイント
- ABCDEルールがよく当てはまる
- 多彩な色調(茶、黒、赤、青、白)
- 不規則な境界線
結節型メラノーマ
特徴
- 初期から隆起性の病変として出現
- 急速に成長し、垂直方向に浸潤
- 最も予後が悪いタイプ
- 色素のない紅色結節のこともある
見分け方のポイント
- 急速に成長する隆起性病変
- しっかりとした硬いしこり
- 潰瘍や出血を伴うことが多い
悪性黒子型メラノーマ
特徴
- 高齢者の顔面に好発
- 長期間かけてゆっくりと進行
- 初期は普通のシミに類似
見分け方のポイント
- 顔面の大きな不規則な色素斑
- 境界不明瞭
- 表面がざらざらしている

セルフチェックの実践方法
定期的な皮膚の自己検査
推奨頻度 月に1回程度、全身の皮膚をくまなくチェックしましょう。
必要な道具
- 手鏡(背中など見にくい部位用)
- 十分な照明
- カメラ(変化の記録用)
- 定規(サイズ測定用)
系統的なチェック方法
手順
- 顔面・頭皮の観察
- 首、耳周囲の確認
- 胸部、腹部の検査
- 背中、臀部(鏡を使用)
- 上肢(腕、手のひら、爪)
- 下肢(太もも、すね、足の裏、爪)
- 外陰部の確認
記録の重要性
- 気になるほくろの写真撮影
- サイズの記録
- 日付の記載
- 変化の有無の確認
家族による確認
自分では見えない部位(背中、頭皮など)は家族にチェックしてもらいましょう。複数の目で観察することで見落としを防げます。
専門医受診のタイミング
緊急性の高い症状
以下の症状がある場合は、できるだけ早く皮膚科専門医を受診しましょう:
- ABCDEルールの複数項目に該当
- 急速な変化(数週間から数ヶ月)
- 出血、潰瘍形成
- 強いかゆみや痛み
- 新たに出現した症状のあるほくろ
定期検診の重要性
ハイリスク群 以下に該当する方は定期的な皮膚科受診を推奨します:
- 多数のほくろがある(50個以上)
- 家族歴がある
- 過去に皮膚がんの既往がある
- 免疫抑制状態
- 色白で日焼けしやすい体質
推奨受診間隔
- ハイリスク群:年1~2回
- 一般の方:年1回程度
- 気になる変化がある場合:随時
診断と検査方法
皮膚科での診察
視診 専門医による肉眼での観察が基本となります。豊富な経験により、危険なほくろかどうかの判断が行われます。
ダーモスコピー検査 ダーモスコープという特殊な拡大鏡を用いて、皮膚表面を10~20倍に拡大して観察します。この検査により、肉眼では見えない詳細な構造や色調パターンを確認でき、診断精度が大幅に向上します。
日本人特有のパターン 足の裏のメラノーマでは「皮丘平行パターン」という特徴的なダーモスコピー所見があり、これにより早期診断が可能です(感度86%、特異度99%)。
生検(組織診断)
メラノーマが疑われる場合、確定診断のために組織の一部または全部を採取して、顕微鏡で詳しく調べます。
生検の種類
- 切除生検:病変全体を切除
- 切開生検:病変の一部を採取
注意点 メラノーマが疑われる場合、部分生検を行うときは、万一メラノーマと判明した場合にすぐに全体を切除できるよう準備を整えることが重要です。
転移検査
メラノーマと診断された場合、病期診断のために以下の検査が行われます:
- CT検査
- MRI検査
- PET検査(場合により)
- センチネルリンパ節生検
- 血液検査
予防と早期発見のポイント
紫外線対策
日本人のメラノーマは末端部に多いため、紫外線との関係は欧米ほど強くありませんが、露光部のメラノーマ予防には紫外線対策が有効です。
具体的な対策
- 日焼け止めクリームの使用(SPF30以上推奨)
- 帽子、長袖衣類の着用
- 午前10時~午後2時の外出制限
- 日陰の活用
外的刺激の回避
日本人のメラノーマは外的刺激が誘因となることがあるため、以下に注意しましょう:
- 足に合わない靴の長期使用を避ける
- 反復する摩擦や圧迫の回避
- 外傷を負った場合の適切なケア
- 胼胝(たこ)や鶏眼(うおのめ)の適切な治療
健康な生活習慣
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- 十分な睡眠
- ストレス管理
- 禁煙・節酒
これらの生活習慣は免疫機能を維持し、がんの発生リスクを低下させると考えられています。
治療と予後について
早期発見の重要性
メラノーマの予後は早期発見・早期治療により大きく改善されます。
5年生存率
- ステージI:99%
- ステージII:約74%
- ステージIII:約60%
- ステージIV:約35%
このように、早期発見により極めて良好な予後が期待できます。
治療法の概要
外科的治療
- 原発巣の切除術
- センチネルリンパ節生検
- リンパ節郭清術
薬物療法 近年、メラノーマの治療は飛躍的に進歩しており、以下の薬剤が使用可能です:
- 免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブなど)
- 分子標的薬(BRAF阻害薬、MEK阻害薬)
その他の治療
- 放射線治療
- 免疫療法
- 温熱療法
術後フォローアップ
治療後は定期的な経過観察が重要です:
検査項目
- 視診・触診
- 血液検査
- 画像検査(CT、MRIなど)
フォローアップ期間 一般的に5年間は特に注意深い観察が必要ですが、メラノーマは5年以降の再発もあるため、長期的なフォローが推奨されます。
よくある質問と回答
Q1. ほくろとメラノーマの違いは何ですか?
A1. 主な違いは以下の通りです:
良性のほくろ
- 対称的な形
- 明瞭な境界
- 均一な色調
- 6mm以下のサイズ
- 変化しない
メラノーマ
- 非対称的な形
- 不規則な境界
- 多彩な色調
- 6mm以上または急速な拡大
- 経時的に変化
ただし、確実な判断は専門医でないと困難なため、心配な場合は皮膚科を受診してください。
Q2. 家族にメラノーマの患者がいる場合、どうすれば良いですか?
A2. 家族歴がある方はハイリスク群に該当するため、以下をお勧めします:
- 年1~2回の皮膚科定期受診
- 月1回のセルフチェック
- 紫外線対策の徹底
- 皮膚の変化への注意深い観察
遺伝的要因がありますが、早期発見により十分治療可能です。
Q3. 足の裏にほくろができました。メラノーマでしょうか?
A3. 日本人では足の裏のメラノーマが多いため、以下の点をチェックしてください:
- 不規則な形状
- 6mm以上のサイズ
- 色調の不均一性
- 最近できたものか変化があるか
これらに該当する場合は早めに皮膚科を受診しましょう。ただし、足の裏のほくろがすべてメラノーマではありません。
Q4. 妊娠中にほくろが変化しました。大丈夫でしょうか?
A4. 妊娠中はホルモンの変化により、既存のほくろが濃くなったり大きくなったりすることがあります。しかし、以下の場合は専門医の診察を受けてください:
- 急激な変化
- 形状の不規則化
- 色調の不均一化
- 症状(かゆみ、痛み)の出現
妊娠中でも安全に検査・治療可能ですので、心配な場合は遠慮なくご相談ください。
Q5. 子どもにもメラノーマはできますか?
A5. 小児のメラノーマは稀ですが、皆無ではありません。以下に注意してください:
- 先天性巨大色素性母斑がある場合
- 家族歴がある場合
- 日焼けを繰り返している場合
小児では「醜いアヒルの子」サインが特に有用です。他のほくろと明らかに異なる外観のものは専門医に相談しましょう。
まとめ
メラノーマは悪性度の高い皮膚がんですが、適切な知識と早期発見により、治癒が十分期待できる疾患です。本記事でご紹介した「ABCDEルール」を活用した定期的なセルフチェックと、変化があった場合の迅速な専門医受診が何より重要です。
日本人特有の末端黒子型メラノーマにも十分注意し、足の裏や爪の変化も見逃さないようにしましょう。また、予防可能な要因については適切な対策を講じることで、発症リスクを下げることができます。
皮膚の変化に気づいたら、「様子を見る」のではなく、早めに専門医にご相談ください。当院では経験豊富な皮膚科専門医が、最新の診断機器を用いて正確な診断を行っています。皮膚に関するお悩みがございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
参考文献
- 一般社団法人日本皮膚悪性腫瘍学会「5. 悪性黒色腫(メラノーマ)」
- 国立がん研究センター がん情報サービス「メラノーマ(悪性黒色腫)」
- 国立がん研究センター希少がんセンター「悪性黒色腫(メラノーマ)」
- 東邦大学プレスリリース「皮膚がんの早期発見で覚えておきたいこと~ ほくろと悪性黒色腫(メラノーマ)の5つの見分け方 ~」
- 日本皮膚悪性腫瘍学会「がん診療ガイドライン│皮膚悪性腫瘍│メラノーマ(悪性黒色腫)」
- Abbasi NR et al. Early diagnosis of cutaneous melanoma: revisiting the ABCD criteria. JAMA. 2004;292(22):2771-2776.
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監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務