血管腫は、皮膚や体の内部にできる良性の腫瘍で、血管の異常な増殖によって生じます。生まれつき見られることもあれば、出生後に現れることもあり、その種類は多岐にわたります。特に新生児や乳幼児に多く見られるため、保護者の方々が不安を感じることも少なくありません。見た目の変化だけでなく、場合によっては痛みや出血を伴うこともあり、適切な診断と治療が重要となります。
本記事では、血管腫の主な原因、特徴的な症状、代表的な種類、そして最新の診断方法と治療選択肢について詳しく解説します。また、血管腫と混同されやすい血管奇形との違いや、よくある質問にもお答えし、血管腫に対する理解を深める一助となれば幸いです。もし気になる症状がある場合は、自己判断せずに専門医にご相談ください。
血管腫とは
血管腫は、文字通り「血管の腫瘍」を指し、体内の血管を構成する細胞が異常に増殖することで発生する良性の病変です。一般的な「腫瘍」という言葉から、悪性を連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、血管腫のほとんどは良性であり、がんとは異なります。
血管腫は、皮膚の表面に赤や紫のアザのように現れることが多いですが、内臓(肝臓、脳、肺など)や筋肉、骨など体のあらゆる場所に発生する可能性があります。その大きさや形、色はさまざまで、小さな点状のものから広範囲に広がるものまであります。
特に多く見られるのが「乳児血管腫」と呼ばれるタイプで、出生時にはほとんど見られず、生後数週間から数ヶ月で現れ、急速に大きくなる特徴があります。その後、自然に小さくなる「退縮期」を経て、多くは数年で消失、または目立たない状態になります。しかし、中には完全に消失せず、跡が残る場合や、機能障害を引き起こす部位に発生することもあります。
血管腫の正確な診断には、専門的な知識と検査が必要であり、特に子供の場合、その成長を見守りながら適切なタイミングで介入することが重要になります。
血管腫の原因
血管腫の発生メカニズムは完全に解明されているわけではありませんが、いくつかの仮説が提唱されています。多くの場合、遺伝的な要因や特定の環境因子が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
血管腫の発生メカニズム
血管腫は、血管を構成する内皮細胞の異常な増殖によって生じます。この細胞の増殖が何によって引き起こされるのかについては、現在も研究が進められています。
- 遺伝的要因: 特定の遺伝子の変異が血管腫の発生に関与している可能性が指摘されています。しかし、ほとんどの血管腫は遺伝的な背景がはっきりしない「散発性」であり、親から子へ直接遺伝するケースは稀です。一部の症候群(例:スタージ・ウェーバー症候群)では、特定の遺伝子変異が血管腫を伴うことが知られています。
- 胎生期の発生異常: 妊娠初期の胎児の血管形成過程で、何らかの異常が生じることで血管腫が形成されるという説があります。この異常が、血管内皮細胞の過剰な増殖を引き起こすと考えられています。
- 低酸素環境: 胎児期や出生直後の低酸素環境が、血管の成長を促進する因子(VEGFなど)の産生を促し、血管腫の発生に関与する可能性も示唆されています。
これらの要因が単独ではなく、複合的に作用することで血管腫が発生すると考えられています。
新生児・乳幼児に見られる血管腫
新生児や乳幼児に見られる血管腫の多くは「乳児血管腫」と呼ばれ、その発生には特徴的な時期があります。
乳児血管腫は、出生時にはほとんど見られないか、ごくわずかな赤みや白い斑点として現れる程度です。しかし、生後数日〜数週間で現れ始め、特に生後1ヶ月から5ヶ月にかけて急速に増大する「増殖期」に入ります。この時期に「いちご」のような鮮やかな赤色で盛り上がった病変になることから、「いちご状血管腫」とも呼ばれます。
増殖期が終了すると、多くの場合、病変の成長は止まり、徐々に色が薄くなり、しぼんでいく「退縮期」に入ります。退縮期は生後1年頃から始まり、一般的には5歳から10歳頃までに、大半の血管腫が自然に消失するか、非常に目立たない状態になります。しかし、完全に消失せずに、皮膚のたるみ、色素沈着、毛細血管の拡張などが残る場合もあります。
乳児血管腫は、特に顔や首、頭部に発生することが多く、機能(視力、呼吸など)に影響を与える可能性がある場合や、潰瘍化して出血・感染のリスクがある場合には、早期の治療が検討されます。
血管腫の種類と特徴
血管腫にはいくつかの種類があり、それぞれ発生の仕方や経過、特徴が異なります。代表的な血管腫の種類と、それぞれの特徴について解説します。
乳児血管腫(いちご状血管腫)
乳児血管腫は、最も頻繁に見られる血管腫で、一般的に「いちご状血管腫」として知られています。
- 特徴: 出生時には見られないか、ごく小さな赤みとして現れ、生後数週間から数ヶ月で急速に増殖し、赤く盛り上がった「いちご」のような外観を呈します。皮膚の表面に現れることが多いですが、深部にできることもあります。
- 経過: 増殖期(生後1〜5ヶ月頃)の後に、自然に退縮する傾向があります。退縮期には色が薄くなり、しぼんでいきます。多くの場合、5〜10歳までにほとんど目立たなくなりますが、完全に消失せず、皮膚のたるみや血管拡張が残ることもあります。
- 治療の必要性: 自然に消える可能性が高いですが、発生部位によっては視力障害や呼吸障害などの機能障害、あるいは潰瘍化による出血・感染のリスクがあるため、治療が必要となる場合があります。
異型血管腫(ポートワイン母斑など)
異型血管腫は、血管腫の中でも特に「毛細血管奇形」に分類されるものや、「ポートワイン母斑(単純性血管腫)」などを含むことがあります。これらは血管腫とは異なる「血管奇形」の一種として扱われることが多く、厳密な区別が重要です。
特徴 | 血管腫(特に乳児血管腫) | 異型血管腫(ポートワイン母斑などの毛細血管奇形) |
---|---|---|
発生時期 | 生後数週間〜数ヶ月で現れ、急速に増大 | 生まれつき存在する |
成長 | 増殖期と退縮期があり、多くは自然退縮する | 病変自体は大きくならないが、色が濃くなったり、皮膚が厚くなったりする |
色調 | 鮮やかな赤色(いちご状) | ワインレッド、ピンクなど |
感触 | 盛り上がりがあり、触ると弾力がある | 平坦で、皮膚と同じかわずかに盛り上がる程度 |
治療 | 経過観察、薬物療法(プロプラノロール)、レーザー、手術など | 主にレーザー治療 |
ポートワイン母斑は、生まれつき見られる平坦な赤や紫のアザで、自然に消えることはありません。加齢とともに色が濃くなったり、表面が盛り上がったりすることがあります。顔面にできると、美容的な問題だけでなく、スタージ・ウェーバー症候群などの神経系や眼の異常を伴うこともあるため、注意が必要です。
静脈奇形
静脈奇形は、静脈の形成異常によって生じるもので、血管腫とは異なり、血管奇形の一種に分類されます。
- 特徴: 青みがかったり、紫色に見える病変で、多くは皮膚の下の深部に存在します。触ると柔らかく、圧迫すると小さくなり、力を抜くと元に戻る特徴があります。手足、顔面、唇、口腔内など様々な部位に発生します。
- 症状: 痛みを伴うことがあり、特に運動後や寒い環境で悪化することがあります。また、病変内の血液が凝固して血栓ができると、硬いしこりや痛みが生じることがあります。
- 経過: 自然に消失することはなく、年齢とともに徐々に大きくなる傾向があります。
- 治療: 硬化療法(薬を注入して病変を固める)、レーザー治療、手術など、病変の大きさや部位に応じて選択されます。
リンパ管奇形
リンパ管奇形は、リンパ液を運ぶリンパ管の形成異常によって生じるもので、これも血管奇形の一種です。
- 特徴: 皮膚の下に透明な液体が入った袋状の塊(嚢胞)として現れることが多いです。大小さまざまな大きさがあり、集合して「ぶどうの房」のように見えることもあります。首、腋窩(わきの下)、鼠径部(足の付け根)などによく見られます。
- 症状: 痛みはあまりありませんが、大きくなると周囲の組織を圧迫したり、美容的な問題を引き起こしたりします。感染を起こすと、赤く腫れ上がり、痛みを伴うことがあります。
- 経過: 自然に消失することは稀で、年齢とともに大きくなることがあります。
- 治療: 硬化療法、手術が主な治療法です。特に感染を繰り返す場合には治療が必要になります。
血管腫の症状
血管腫の症状は、その種類、大きさ、発生部位によって大きく異なります。見た目の変化が主なものから、日常生活に影響を及ぼす合併症まで様々です。
見た目の変化
血管腫の最も一般的な症状は、皮膚や粘膜に現れる見た目の変化です。
- 色調: 赤、ピンク、紫、青など、血管腫の種類や深さによって多様な色を呈します。乳児血管腫は鮮やかな赤色、静脈奇形は青みがかったり紫色に見えることが多いです。
- 形状と質感:
- 盛り上がり: 乳児血管腫は典型的には皮膚から盛り上がった「いちご」のような形をしています。
- 平坦: ポートワイン母斑(毛細血管奇形)は平坦なアザとして現れます。
- しこり: 深部にできる血管腫や静脈奇形は、皮膚の下にしこりとして触れることがあります。
- 嚢胞状: リンパ管奇形は、液体が貯留した袋のような柔らかいしこりとして触れることがあります。
- 大きさ: 小さな点状のものから、顔や体の一部を覆うほど広範囲にわたるものまで様々です。乳児血管腫は急速に増大する時期があるため、注意が必要です。
- 発生部位: 顔面(特に目、鼻、口の周囲)、頭部、首、手足、胴体など、体のあらゆる部位に発生する可能性があります。発生部位によっては、視力、呼吸、摂食などの機能に影響を及ぼすことがあります。
痛みや出血などの合併症
見た目の変化に加えて、血管腫は様々な合併症を引き起こすことがあります。
- 潰瘍形成と出血: 特に乳児血管腫は、摩擦や刺激によって表面がただれて潰瘍を形成しやすいです。潰瘍は痛みを伴い、出血しやすく、感染のリスクも高まります。
- 感染: 潰瘍化した血管腫やリンパ管奇形は、細菌感染を起こしやすく、赤み、腫れ、発熱、痛みを伴うことがあります。
- 機能障害:
- 視力障害: 目やその周囲にできた血管腫が、まぶたの開閉を妨げたり、瞳孔を覆ったりすることで、視力の発達を阻害し、弱視を引き起こす可能性があります。
- 呼吸障害: 気道周辺に発生した血管腫は、呼吸困難を引き起こすことがあります。
- 摂食障害: 口や唇にできた血管腫が、授乳や食事の妨げになることがあります。
- 運動機能障害: 関節の近くにできた血管腫が、動きを制限したり、痛みを伴ったりすることがあります。
- 血栓形成: 静脈奇形では、病変内の血液がうっ滞し、血栓を形成することがあります。これにより、突然の痛みやしこりが生じることがあります。
- 心理的・社会的影響: 特に顔面など目立つ部位に血管腫がある場合、小児期や思春期において、いじめや自己肯定感の低下など、心理的な問題を引き起こす可能性があります。
これらの合併症は、血管腫の種類や発生部位、進行度によって異なります。気になる症状がある場合は、早期に専門医に相談し、適切な診断と治療を受けることが重要です。
血管腫の診断方法
血管腫の診断は、主に医師による診察と、必要に応じた画像検査、そして場合によっては病理検査によって行われます。特に小児の場合、診断と治療計画の決定には専門的な知識が求められます。
問診と視診
診察の最初のステップは、患者さん(あるいは保護者)からの問診と、医師による視診・触診です。
- 問診:
- いつ頃から症状が現れたか(出生時、生後数週間後など)。
- どのように変化してきたか(大きくなったか、色が濃くなったか、自然に小さくなったか)。
- 痛み、出血、機能障害などの症状があるか。
- 家族に同様の病気はないか(遺伝的要因の確認)。
- 既往歴や服用中の薬など、全身状態に関する情報。
- 視診と触診:
- 病変の色、形、大きさ、盛り上がりの有無などを詳細に観察します。
- 触れてみて、硬さ、柔らかさ、圧迫時の変化(静脈奇形など)、熱感などを確認します。
- 特に乳児血管腫の場合、見た目の特徴的な変化(急速な増大、いちご状の盛り上がり)が診断の手がかりとなります。
多くの場合、乳児血管腫は問診と視診のみで診断が可能ですが、他の病変との鑑別や、深部の病変の評価のために、追加の検査が必要となることがあります。
画像検査(超音波検査など)
病変が皮膚の深部にある場合や、診断を確定するため、あるいは治療計画を立てるために画像検査が行われます。
- 超音波検査(エコー検査):
- 最も簡便で非侵襲的な検査法であり、乳児血管腫や静脈奇形、リンパ管奇形の診断に広く用いられます。
- 病変の深さ、大きさ、内部構造、血流の状態などをリアルタイムで確認できます。乳児血管腫では、内部に豊富な血流を認めることが多いです。
- MRI(磁気共鳴画像):
- 血管腫や血管奇形の詳細な構造、周囲組織との関係、深達度などを評価するのに最も優れた画像検査です。
- 特に、脳、脊髄、内臓など、複雑な部位に発生した病変の診断や、手術計画の立案に不可欠です。放射線被曝がないため、小児にも比較的安全に行えます。
- CT(コンピューター断層撮影):
- 骨病変の評価や、血管奇形の石灰化の有無などを確認するのに有用です。造影剤を使用することで、血管の状態をより詳細に評価できます。
- 血管造影検査:
- 特定の血管奇形(動静脈奇形など)で、病変への血流供給源や構造を詳細に評価するために行われることがあります。治療(塞栓術など)と同時に行われることもあります。
これらの画像検査は、血管腫の種類を特定し、治療方針を決定する上で非常に重要な情報を提供します。
病理検査
診断が困難な場合や、悪性腫瘍との鑑別が必要な場合には、病変の一部を採取して顕微鏡で調べる病理検査(生検)が行われることがあります。
- 生検:
- 局所麻酔下で病変の一部を切り取るか、針で組織を採取します。
- 採取された組織は病理医によって詳しく検査され、血管腫の種類や細胞の増殖状態などが評価されます。
- 特に、非定型的な経過をたどる場合や、血管奇形との鑑別が必要な場合に検討されます。
病理検査は確定診断に役立ちますが、通常は侵襲的な検査のため、他の検査で診断が難しい場合に限定して行われます。
血管腫の治療法
血管腫の治療法は、その種類、大きさ、発生部位、合併症の有無、患者さんの年齢などによって異なります。すべての血管腫が治療を必要とするわけではなく、経過観察が選択される場合もあります。
経過観察(自然消失の可能性)
特に乳児血管腫の場合、多くは自然に小さくなり消失する「退縮期」があるため、積極的な治療を行わずに経過観察が選択されることがあります。
- 対象: 小さく、機能に影響を与えない部位にあり、合併症のリスクが低い乳児血管腫。
- メリット: 薬の副作用や手術のリスクを避けることができる。
- デメリット: 消失するまでに時間がかかる、完全に消えない可能性がある、将来的に整容的な問題を残す場合がある。
- 注意点: 定期的な診察を受け、増大傾向や合併症の兆候がないかを慎重に観察することが重要です。
薬物療法(プロプラノロールなど)
近年、乳児血管腫の治療において、薬物療法が主流となっています。特にプロプラノロール(β遮断薬)の内服が、その有効性と安全性の高さから第一選択肢として広く用いられています。
- プロプラノロール(内服薬):
- 作用: 血管を収縮させ、血管内皮細胞の増殖を抑制することで、血管腫の増大を抑え、退縮を促進します。
- 対象: 急速に増大している血管腫、潰瘍化している血管腫、機能に影響を及ぼす可能性のある血管腫(目、気道周囲など)。
- 効果: 非常に高い効果が期待でき、多くの乳児血管腫で病変の縮小が認められます。
- 副作用: 低血糖、徐脈(脈が遅くなる)、血圧低下、気管支けいれんなどが報告されており、投与開始時や増量時には慎重な管理が必要です。通常、小児科医や血管腫専門医の指導のもと、入院または外来で開始されます。
- ステロイド(内服薬または局所注射):過去には血管腫の治療に用いられましたが、長期内服による副作用(成長障害、免疫抑制など)が問題となるため、現在はプロプラノロールが優先されます。ごく限られた状況で短期間使用されることがあります。
- シロリムス(内服薬):難治性の血管腫や血管奇形に対して、血管内皮細胞の増殖を抑制する目的で用いられることがあります。免疫抑制作用を持つため、専門医による慎重な投与が必要です。
レーザー治療
レーザー治療は、特に皮膚の表面に近い血管腫や、色素が残ってしまった後の毛細血管拡張の治療に有効です。
- 色素レーザー(パルス色素レーザー):
- 作用: 赤い色素(ヘモグロビン)に吸収されやすい特定の波長の光を照射することで、異常な血管を破壊します。
- 対象: ポートワイン母斑(毛細血管奇形)、乳児血管腫の退縮後に残った赤みや毛細血管拡張。
- 効果: 病変の色を薄くする効果が期待できますが、複数回の治療が必要となることが多いです。乳児血管腫の増殖期には効果が限定的です。
- Nd:YAGレーザー:より深部に到達するレーザーで、深部の血管腫や静脈奇形の一部に用いられることがあります。
手術療法
手術は、他の治療法では対応が難しい場合や、機能障害が顕著な場合に検討されます。
- 対象:
- 薬物療法やレーザー治療に反応しない、あるいは適用できない血管腫。
- 機能に重大な影響を与えている血管腫(例:視力障害を引き起こすまぶたの血管腫、気道閉塞の危険がある血管腫)。
- 潰瘍形成を繰り返し、感染や出血がコントロールできない血管腫。
- 美容的に著しい問題を残す場合(特に成人期の残存病変)。
- 静脈奇形やリンパ管奇形で、症状が強く、他の治療が奏功しない場合。
- 方法: 血管腫を外科的に切除します。病変の大きさや部位、周囲組織との関係によって、切除範囲や手術の難易度が異なります。
- リスク: 出血、感染、神経損傷、瘢痕形成(傷跡)、再発などのリスクがあります。
その他の治療法
- 硬化療法: 静脈奇形やリンパ管奇形に対して、薬剤を病変内に注入して硬化させる治療法です。
- 塞栓術: 動静脈奇形など、特定の血管奇形で、栄養血管を詰まらせて血流を遮断する治療法です。
これらの治療法は、患者さんの状態や血管腫の種類に応じて、単独で用いられたり、複数の治療法が組み合わせて行われたりします。最適な治療計画を立てるためには、血管腫や血管奇形に詳しい専門医の診察を受けることが不可欠です。
血管腫と血管奇形の違い
「血管腫」と「血管奇形」は、どちらも血管の異常に関する病変ですが、その発生メカニズム、経過、治療法において明確な違いがあります。これらを混同しないことが、適切な診断と治療を受ける上で非常に重要です。
項目 | 血管腫(例:乳児血管腫) | 血管奇形(例:ポートワイン母斑、静脈奇形、リンパ管奇形) |
---|---|---|
発生メカニズム | 血管を構成する細胞(内皮細胞)の異常な「増殖」による良性腫瘍 | 血管の「形成異常」によるもので、細胞の増殖はない |
発生時期 | 生後しばらく経ってから現れ、急速に大きくなる(出生時に見えないことが多い) | 生まれつき存在する(胎生期に形成される) |
成長パターン | 増殖期(急速に増大)と退縮期(自然に縮小)がある。多くは数年で自然退縮する | 自然退縮することはなく、成長とともに病変自体も大きくなる傾向がある(細胞数が増えるわけではない) |
経過 | 自然退縮が期待できるものが多い | 自然退縮はしない。加齢とともに悪化する可能性がある |
治療 | 経過観察、薬物療法(プロプラノロール)、レーザー、手術など | レーザー治療、硬化療法、手術など。薬物療法の効果は限定的 |
血管腫(Hemangioma):
血管腫は、血管を構成する細胞(主に内皮細胞)が異常に増殖することでできる「腫瘍」です。最も代表的なものは乳児血管腫(いちご状血管腫)で、出生後しばらくしてから現れ、増殖期を経て自然に退縮するという特徴的な経過をたどります。つまり、生まれたときにはなく、後からできて大きくなるが、その後自然に小さくなる可能性があります。
血管奇形(Vascular Malformation):
血管奇形は、胎児期に血管が形成される過程で生じた「構造的な異常」であり、細胞の増殖は伴いません。血管の形態的な問題のため、生まれつき存在します。これらは自然に消えることはなく、患者さんの成長とともに病変自体も大きくなる傾向があります。静脈奇形、リンパ管奇形、動静脈奇形、毛細血管奇形(ポートワイン母斑など)などが含まれます。
この二つの違いは、診断と治療方針を決定する上で極めて重要です。乳児血管腫であれば自然退縮を期待して経過観察を行うことができますが、血管奇形は自然退縮しないため、症状に応じて治療介入が必要となります。血管病変の専門医は、この違いを正確に見極め、最適な治療法を提案します。
血管腫に関するよくある質問(FAQ)
血管腫について、患者さんやご家族からよく寄せられる質問にお答えします。
血管腫はがん(悪性腫瘍)ですか?
いいえ、ほとんどの血管腫は良性腫瘍であり、がん(悪性腫瘍)とは異なります。血管腫は、血管を構成する細胞が異常に増殖したものですが、周囲の組織に浸潤して破壊したり、転移したりすることはありません。
ただし、ごく稀に悪性の血管肉腫(血管から発生する悪性腫瘍)と見分けがつきにくいケースもあるため、診断が不明確な場合や、急速に悪化するような場合には、専門医による詳しい検査が必要となることがあります。しかし、一般的な乳児血管腫などで悪性であることは極めて稀です。
血管腫は痛みますか?
血管腫そのものが痛むことは稀ですが、いくつかの状況で痛みを伴うことがあります。
- 潰瘍形成: 特に乳児血管腫の場合、表面が擦れたり、刺激を受けたりすることで潰瘍(ただれ)を形成し、痛みを伴うことがあります。潰瘍は出血や感染の原因にもなります。
- 血栓形成: 静脈奇形では、病変内の血液が滞り、血栓(血の塊)ができると、急な痛みや腫れ、しこりとして感じられることがあります。
- 炎症・感染: 血管腫が感染を起こすと、赤く腫れて熱を持ち、強い痛みを伴うことがあります。リンパ管奇形でも感染による痛みがよく見られます。
- 圧迫: 大きな血管腫や、神経、筋肉、骨などの近くに発生した血管腫が、周囲の組織を圧迫することで痛みを引き起こすことがあります。
もし血管腫に痛みを伴うようであれば、合併症の可能性も考えられるため、速やかに医療機関を受診してください。
血管腫は自然に治りますか?
血管腫の種類によって、自然に治る(退縮する)かどうかが異なります。
- 乳児血管腫(いちご状血管腫):
多くの場合、自然に退縮する傾向があります。生後1年頃から色が薄くなり始め、5歳から10歳頃までにほとんど目立たなくなることが多いです。完全に消失せず、皮膚のたるみ、色素沈着、毛細血管の拡張などが残ることもあります。 - 血管奇形(ポートワイン母斑、静脈奇形、リンパ管奇形など):
これらは自然退縮することはありません。生まれつき存在し、患者さんの成長とともに病変も大きくなる傾向があります。症状や美容的な問題が顕著な場合には、治療が必要となります。
したがって、「血管腫」と一括りにするのではなく、どの種類の血管腫であるかによって、自然経過が大きく異なることを理解しておくことが重要です。
血管腫はどのような科で診てもらえますか?
血管腫の症状や発生部位によって、いくつかの専門科で診てもらうことができます。
- 皮膚科: 皮膚の表面に現れる血管腫(乳児血管腫、ポートワイン母斑など)の診断と治療を専門としています。
- 形成外科: 美容的な問題や機能的な問題を伴う血管腫・血管奇形の治療(手術、レーザー治療など)を行います。特に小児の血管腫・血管奇形の治療経験が豊富です。
- 小児科(小児外科、小児皮膚科など): 小児の血管腫は多いため、専門の小児科医が初期診断や治療の導入を行うことがあります。
- 放射線科(IVR科): 硬化療法や塞栓術といった、画像ガイド下での低侵襲治療を専門としています。
- 口腔外科: 口腔内や顔面、顎骨に発生した血管腫・血管奇形を専門とします。
血管腫は多様な病変であり、複数の科が連携して治療にあたる「集学的治療」が必要となる場合も少なくありません。まずはかかりつけ医に相談するか、小児科または皮膚科を受診し、必要に応じて適切な専門医に紹介してもらうのが良いでしょう。血管腫や血管奇形の専門外来を持つ病院もあります。
血管腫の原因は何ですか?
血管腫の正確な原因は、まだ完全に解明されていません。しかし、主に血管を構成する細胞(内皮細胞)の異常な増殖によって発生すると考えられています。
- 遺伝的要因: 特定の遺伝子の変異が関与する可能性が指摘されていますが、ほとんどの血管腫は遺伝性の病気ではありません。
- 胎生期の発生異常: 妊娠中の胎児の血管形成過程で、何らかの異常が生じることが原因であるという説もあります。
- 低酸素環境: 胎児期や出生直後の低酸素状態が、血管の成長を促進する物質の産生を促し、血管腫の発生に関わる可能性も示唆されています。
これらの要因が複合的に作用することで血管腫が発生すると考えられていますが、特定の生活習慣や環境因子が直接的な原因となるという明確な証拠は今のところありません。
【まとめ】血管腫の理解と早期の専門医受診
血管腫は、血管の異常な増殖によって生じる良性の病変であり、特に新生児や乳幼児に多く見られます。その種類は多岐にわたり、乳児血管腫のように自然に退縮する可能性があるものもあれば、血管奇形のように自然消失せず、症状が悪化する可能性があるものもあります。
本記事では、血管腫の原因や発生メカニズム、代表的な種類ごとの特徴、痛みや出血といった症状、そして診断方法から、薬物療法、レーザー治療、手術といった多様な治療法について詳しく解説しました。また、血管腫と血管奇形との違いや、よくある質問についても触れ、血管腫に関する包括的な情報を提供しました。
血管腫の診断と治療においては、病変の種類や患者さんの状態を見極め、最適なアプローチを選択することが非常に重要です。特に、見た目の問題だけでなく、機能障害や合併症のリスクがある場合には、早期に専門医の診察を受け、適切な治療計画を立てる必要があります。
もし、ご自身やお子様に血管腫らしき症状が見られる場合は、自己判断せずに、まずは皮膚科、形成外科、または小児科などの医療機関を受診し、血管腫や血管奇形に詳しい専門医にご相談ください。正確な診断と適切な治療によって、生活の質を向上させ、将来的な合併症のリスクを軽減できる可能性があります。
免責事項: 本記事は血管腫に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の疾患の診断や治療を推奨するものではありません。個別の症状や治療については、必ず医療機関を受診し、医師の診断と指導を受けてください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年東京大学医学部医学科卒業
- 2009年東京逓信病院勤務
- 2012年東京警察病院勤務
- 2012年東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年東京逓信病院勤務
- 2013年独立行政法人労働者健康安全機構横浜労災病院勤務
- 2015年国立研究開発法人国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務