「仕事でミスが続く」「人間関係がうまくいかない」「なぜか生きづらさを感じる」——そんな悩みを抱えている方は少なくありません。近年、大人になってから発達障害の可能性に気づき、医療機関を受診する方が増えています。発達障害は生まれつきの脳機能の特性であり、子どもの頃は周囲のサポートによって目立たなかったものが、社会人になり複雑な対人関係や業務を求められる中で顕在化することがあります。本記事では、大人の発達障害について、セルフチェックの方法から専門機関への相談、診断の流れまで詳しく解説します。自分自身の特性を理解することは、より生きやすい環境を整えるための第一歩となります。

目次
- 大人の発達障害とは
- 発達障害の主な種類と特徴
- 大人の発達障害でよくみられる困りごと
- 発達障害セルフチェックの方法
- ADHDのセルフチェック項目
- ASD(自閉スペクトラム症)のセルフチェック項目
- セルフチェックの注意点と限界
- 医療機関での診断の流れ
- 発達障害の二次障害について
- 相談できる支援機関
- 発達障害と診断された後の治療・支援
- 職場での工夫と合理的配慮
- よくある質問
- まとめ
大人の発達障害とは
発達障害とは、生まれつきの脳機能の発達に偏りがあることで、日常生活や社会生活においてさまざまな困難が生じる状態を指します。厚生労働省のe-ヘルスネットによると、発達障害は「脳の機能的な問題が関係して生じる疾患であり、日常生活、社会生活、学業、職業上における機能障害が発達期にみられる状態」と定義されています。最新の診断基準であるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版)では、神経発達障害または神経発達症とも表記されるようになりました。
発達障害は幼児期から症状が現れることが一般的ですが、症状の程度には大きな個人差があります。そのため、子どもの頃には「ちょっと変わった子」「マイペースな子」として見過ごされ、成人してから社会生活の中で問題が顕在化するケースも少なくありません。特に近年では、就職や結婚、育児といったライフイベントをきっかけに、自分自身の特性に気づき、医療機関を受診する大人が増加しています。
大人になってから発達障害に気づく背景には、いくつかの理由があります。まず、子どもの頃は家族や学校の先生などのサポートにより、困難が表面化しにくかったということが挙げられます。しかし社会人になると、より複雑な対人関係や臨機応変な対応が求められるようになり、特性による困難が目立ちやすくなります。また、近年の発達障害に関する情報の普及により、自分自身の特性を客観的に振り返る機会が増えたことも、受診者増加の一因と考えられています。
発達障害の主な種類と特徴
発達障害にはいくつかの種類があり、それぞれに特徴的な症状があります。DSM-5では、発達障害は知的障害(知的能力障害)、コミュニケーション障害、自閉スペクトラム症(ASD)、ADHD(注意欠如・多動症)、学習障害(限局性学習症、LD)、発達性協調運動障害、チック症の7つに分類されています。ここでは、大人で特に問題となることが多いADHDとASDについて詳しく解説します。
ADHD(注意欠如・多動症)
ADHDは「不注意」「多動性」「衝動性」の3つを主な特徴とする発達障害です。子どもの頃は多動性が目立つことが多いですが、大人になるにつれて多動性は落ち着き、代わりに不注意の症状が目立つようになる傾向があります。
大人のADHDでみられる主な特徴として、仕事で細かいミスを繰り返す、締め切りを守れない、整理整頓が苦手、約束や予定を忘れてしまう、集中力が続かない、逆に興味のあることには過度に集中してしまう(過集中)、といったことが挙げられます。また、衝動的な発言や行動により対人関係でトラブルを起こしやすいという特徴もあります。
厚生労働省の資料によると、ADHDの有病率は学齢期の小児で3〜7%程度と考えられており、成人においても一定の割合で存在することがわかっています。ADHDは男性に多いとされていますが、女性の場合は多動性が目立ちにくく、不注意型が多いため、見過ごされやすい傾向があります。
ASD(自閉スペクトラム症)
ASD(自閉スペクトラム症)は、社会的コミュニケーションの困難さと、限定された興味・こだわりを主な特徴とする発達障害です。かつては自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障害など、さまざまな名称で呼ばれていましたが、現在はASDとして統合されています。「スペクトラム」という言葉が示すように、症状の現れ方や程度は非常に幅広く、人によって大きく異なります。
大人のASDでみられる主な特徴として、相手の気持ちや表情を読み取ることが難しい、言葉を文字通りに受け取ってしまう(比喩や冗談が通じにくい)、暗黙のルールや空気を読むことが苦手、特定のことへの強いこだわり、変化への苦手さ、感覚の過敏さ(音や光、触覚など)といったことが挙げられます。
e-ヘルスネットによると、ASDは人口の約1%に及んでいると言われており、男性が女性の約4倍多いと報告されています。ただし、女性のASDは男性とは異なる形で症状が現れることがあり、実際の有病率はもっと高い可能性も指摘されています。
発達障害の併存について
発達障害は、複数のタイプが併存することも珍しくありません。例えば、ADHDとASDの両方の特性を持つ方や、ADHDと学習障害が併存している方もいます。また、発達障害の症状は年齢や環境によって目立ち方が変わることもあり、診断時期によって診断名が異なることもあります。大切なのは、その人がどのような特性を持ち、何に困っているのかを正しく理解することです。
大人の発達障害でよくみられる困りごと
大人の発達障害では、仕事や人間関係においてさまざまな困りごとが生じやすくなります。ここでは、よくみられる困りごとを具体的に紹介します。
仕事面での困りごと
仕事面では、ケアレスミスが多い、締め切りを守れない、優先順位をつけることが苦手、複数の業務を同時に進めることが難しい、指示を聞き漏らす、書類や持ち物の管理ができない、遅刻が多い、といった困りごとがよく聞かれます。また、会議中に集中力が続かない、報連相(報告・連絡・相談)がうまくできない、マルチタスクが苦手、といった悩みも多くみられます。
ASDの特性がある方では、あいまいな指示の意図が理解できない、臨機応変な対応が難しい、ルーティン以外の業務への適応が困難、といった困りごともみられます。
対人関係での困りごと
対人関係では、雑談が苦手、相手の気持ちを察することが難しい、空気を読めないと言われる、思ったことをそのまま口にしてしまう、人との距離感がつかめない、グループでの活動が苦手、といった困りごとがあります。また、相手の話を最後まで聞かずに話し始めてしまう、感情のコントロールが難しい、といった衝動性に関連する問題もみられます。
日常生活での困りごと
日常生活では、片付けや整理整頓が苦手、時間管理ができない、計画を立てて行動することが難しい、物をなくしやすい、生活リズムが乱れやすい、といった困りごとがみられます。また、金銭管理が苦手で衝動買いをしてしまう、家事が計画的にできない、といった問題を抱える方もいます。
発達障害セルフチェックの方法
発達障害のセルフチェックは、自分自身の特性を知るための第一歩として有用です。ただし、セルフチェックはあくまで傾向を把握するためのツールであり、医学的な診断に代わるものではないことを理解しておく必要があります。
発達障害のセルフチェックツールとして、医療機関でも使用されているものがいくつかあります。ADHDについてはASRS(成人期ADHD自己記入式症状チェックリスト)、ASDについてはAQ(自閉症スペクトラム指数)やRAADS-14などが代表的です。これらは世界保健機関(WHO)や研究者によって開発されたもので、信頼性が高いとされています。
セルフチェックを行う際は、過去6ヶ月間の自分の状態を振り返りながら、できるだけ客観的に回答することが大切です。また、可能であれば家族や親しい友人にも自分について尋ねてみることで、より客観的な視点を得られることがあります。セルフチェックの結果が気になった場合は、ひとりで判断せず、専門機関への相談を検討することをおすすめします。
ADHDのセルフチェック項目
ADHDのセルフチェックとして広く使用されているのが、ASRS-v1.1(成人期ADHD自己記入式症状チェックリスト)です。これはWHO(世界保健機関)と研究者からなる成人期ADHD作業グループの協力により作成されたもので、多くの医療機関で使用されています。
ASRS-v1.1は、パートAの6問とパートBの12問、合計18問で構成されています。パートAは特にADHDの可能性を予測する上で重要とされており、6問中4問以上で「時々」「頻繁」「非常に頻繁」に該当する場合は、ADHDの可能性が高いと考えられています。ここでは、パートAの質問項目を紹介します。
過去6ヶ月間において、以下のような経験がどのくらいの頻度でありましたか。
1つ目は、物事を行うにあたって、難所は乗り越えたのに、詰めが甘くて仕上げるのが困難だったことがあるかどうかです。例えば、プロジェクトの大部分は完了したものの、最後の仕上げや確認作業がおろそかになってしまう、といった経験が該当します。
2つ目は、計画性を要する作業を行う際に、作業を順序立てるのが困難だったことがあるかどうかです。複数のタスクをどのような順番で進めればよいかわからない、計画を立てても予定通りに進められない、といった経験が当てはまります。
3つ目は、約束や、しなければならない用事を忘れたことがあるかどうかです。重要な予定を忘れてしまったり、やるべきことを後回しにしているうちに忘れてしまったりする経験が該当します。
4つ目は、じっくり考える必要のある課題に取りかかるのを避けたり、遅らせたりすることがあるかどうかです。複雑な書類作成や報告書の作成など、集中力を要する作業をつい先延ばしにしてしまう経験が当てはまります。
5つ目は、長時間座っていなければならない時に、手足をそわそわと動かしたり、もぞもぞしたりすることがあるかどうかです。会議中や研修中にじっとしていられない、落ち着かない感覚がある、といった経験が該当します。
6つ目は、まるで何かに駆り立てられるかのように過度に活動的になったり、何かせずにはいられなくなったりすることがあるかどうかです。リラックスすることが難しく、常に何かをしていないと落ち着かない、といった経験が当てはまります。
これらの質問に対して「まったくない」「めったにない」「時々ある」「頻繁にある」「非常に頻繁にある」の5段階で回答し、後半の3つ(時々・頻繁・非常に頻繁)に4項目以上該当する場合は、専門機関への相談が推奨されます。
ASD(自閉スペクトラム症)のセルフチェック項目
ASDのセルフチェックには、RAADS-14やAQ(自閉症スペクトラム指数)などが使用されています。RAADS-14は14項目の質問で構成された簡易版のチェックリストで、成人の精神科患者を対象としたスクリーニングツールとして開発されました。ここでは、ASDの特性に関連する代表的なチェック項目を紹介します。
社会的コミュニケーションに関する項目として、人と話すとき、相手の表情や感情を読み取ることが難しいと感じることがあるかどうか、比喩や冗談をそのままの意味で受け取ってしまい、後から本当の意味に気づくことがあるかどうか、初対面の人との会話や雑談が苦手で、何を話せばよいかわからなくなることがあるかどうか、などがあります。
限定された興味・こだわりに関する項目として、特定の物事に対して非常に強い興味を持ち、それについて調べたり話したりすることに多くの時間を費やすことがあるかどうか、日課やルーティンが乱れると強い不安やストレスを感じることがあるかどうか、物の配置や進め方に独自のこだわりがあり、それが変わると落ち着かなくなることがあるかどうか、などがあります。
感覚に関する項目として、大きな音や強い光、特定のにおいや触感に対して過敏に反応してしまうことがあるかどうか、洋服のタグや縫い目が肌に当たる感覚が気になって仕方がないことがあるかどうか、などがあります。
社会性に関する項目として、グループでの活動やチームワークが求められる場面で居心地の悪さを感じることがあるかどうか、人と目を合わせることに違和感や苦痛を感じることがあるかどうか、場の空気や暗黙のルールを読み取ることが難しいと感じることがあるかどうか、などがあります。
これらの項目に多く当てはまる場合は、ASDの特性がある可能性がありますが、セルフチェックだけでは確定的なことは言えません。気になる場合は、専門機関に相談することをおすすめします。
セルフチェックの注意点と限界
セルフチェックは自己理解の第一歩として有用ですが、いくつかの重要な注意点があります。
まず、セルフチェックの結果だけで発達障害と判断することはできません。発達障害の診断は、医師による問診、生育歴の詳細な聞き取り、心理検査、家族からの情報提供など、さまざまな要素を総合的に評価して行われるものです。セルフチェックで高得点が出たからといって、必ずしも発達障害であるとは限りません。
逆に、セルフチェックで該当項目が少なかったとしても、日常生活で困難を感じているのであれば、専門機関への相談を検討する価値があります。発達障害の特性は人によって現れ方が異なり、標準的なチェックリストでは捉えきれない困難を抱えている可能性もあるからです。
また、発達障害と似た症状を示す精神疾患は多く存在します。例えば、うつ病や不安障害でも集中力の低下や物忘れが生じることがあります。適応障害やストレスによる一時的な状態変化が、発達障害の症状に似て見えることもあります。これらを適切に区別するためには、専門的な診察と検査が必要です。
セルフチェックは、あくまで自分の傾向を知り、専門家への相談を検討するきっかけとして活用することが大切です。結果に一喜一憂せず、客観的な視点を持って受け止めるようにしましょう。
医療機関での診断の流れ
セルフチェックの結果や日常生活での困りごとから、専門的な診断を受けたいと考えた場合は、医療機関を受診することになります。発達障害の診断は、主に精神科や心療内科、または発達障害専門外来で行われます。
受診前の準備
受診の際は、いくつかの準備をしておくとスムーズです。まず、現在困っていることを具体的にメモしておきましょう。どのような場面で、どのような困難があるのか、時間や場所、程度などをできるだけ具体的に記録しておくと、医師に伝えやすくなります。
また、発達障害の診断では幼少期からの発達の経過が重要となるため、生育歴や乳幼児期からの行動の特徴、エピソードなどをまとめておくと役立ちます。母子手帳や学校の通知表、幼少期のことを知っている家族からの情報なども、診断の参考になることがあります。
診断の過程
発達障害の診断は、一度の簡単な問診だけで決まるものではありません。通常、複数回の受診を経て、慎重に診断が行われます。
初診では、現在の困りごとや生活状況、生育歴などについて詳しく聞き取りが行われます。その後、必要に応じて心理検査が実施されます。よく使用される検査として、知能検査(WAIS-IVなど)があり、認知機能の特性やばらつきを把握することができます。また、AQやASRSなどの質問紙検査、CAARS(コナーズ成人ADHD評価尺度)なども用いられることがあります。
診断には、DSM-5やICD-11といった国際的な診断基準が用いられます。ADHDの場合は、不注意や多動性・衝動性の症状が12歳以前から存在し、複数の状況(家庭、職場など)で問題を引き起こしており、社会的・職業的機能に明らかな障害を引き起こしていることが必要とされます。ASDの場合は、社会的コミュニケーションの困難と限定された興味・こだわりが発達早期から存在することが求められます。
発達障害の二次障害について
発達障害のある方は、その特性による生きづらさから、二次障害として他の精神疾患を併発することがあります。二次障害とは、発達障害の特性が原因となって後から発症する精神的な問題のことです。
二次障害として最も多いのがうつ病です。発達障害の特性により周囲に適応できず、失敗や叱責を繰り返すことで自己肯定感が低下し、抑うつ状態に陥ることがあります。気分の落ち込み、無気力、食欲や睡眠の変化、興味や喜びの喪失といった症状が2週間以上続く場合は、うつ病の可能性があります。
適応障害も二次障害として多くみられます。適応障害は、特定のストレス要因に対して適応できず、不安や抑うつ、行動上の問題が生じる状態です。発達障害のある方は、職場環境や人間関係の変化に適応することが難しく、適応障害を発症しやすい傾向があります。
不安障害も発達障害との関連が指摘されています。社会的な場面での失敗経験の積み重ねから、人前に出ることへの強い不安やパニック発作を起こすようになることがあります。また、強迫性障害(強い不安から特定の行動を繰り返してしまう状態)も、ASDの方に併発しやすいとされています。
二次障害は、発達障害のある方全員に起こるわけではありません。周囲の理解や適切なサポートを受け、自分自身の特性を理解して生活を工夫することで、二次障害を予防することが可能です。もし二次障害が生じた場合は、それぞれの症状に応じた治療が必要となります。二次障害の治療が優先されることも多く、症状が安定してから発達障害への対応を行うことが一般的です。
相談できる支援機関
発達障害について相談できる支援機関はいくつかあります。自分の状況や必要に応じて、適切な機関を選んで相談することが大切です。
発達障害者支援センター
発達障害者支援センターは、発達障害者支援法に基づいて設置された、発達障害への支援を総合的に行う地域の拠点機関です。全国に97施設(令和2年5月時点)が設置されており、発達障害のある方やその家族、関係者からの相談に無料で応じています。
発達障害者支援センターでは、日常生活や就労に関する相談、発達支援、就労支援などを行っています。また、発達障害の診断ができる医療機関の紹介を受けることもできます。どこに相談すればよいかわからない場合は、まず最寄りの発達障害者支援センターに連絡してみることをおすすめします。
精神保健福祉センター
精神保健福祉センターは、各都道府県や政令指定都市に設置された精神保健福祉に関する専門機関です。発達障害に限らず、こころの健康に関する幅広い相談を受け付けています。発達障害が疑われるが、どこに相談すればよいかわからない場合の窓口としても利用できます。
障害者就業・生活支援センター
障害者就業・生活支援センターは、障害のある方の就労と生活の両面を支援する機関です。就職活動の支援、職場定着のためのサポート、日常生活や金銭管理に関する相談などを行っています。発達障害のある方で、就労に関する悩みを抱えている場合に相談できます。
地域障害者職業センター
地域障害者職業センターは、障害のある方に対して専門的な職業リハビリテーションを提供する機関です。職業評価や職業準備訓練、ジョブコーチによる支援などを行っています。発達障害の特性を踏まえた就労支援を受けることができます。
発達障害と診断された後の治療・支援
発達障害と診断された場合、その人の特性や状態に応じた治療・支援が行われます。発達障害そのものを完全に治すことはできませんが、適切な対応により困難を軽減し、より生きやすくなることは可能です。
薬物療法
ADHDについては、薬物療法が有効な場合があります。日本で承認されているADHD治療薬として、脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリンやドーパミンの働きを改善する薬剤があります。代表的なものとして、アトモキセチン(ストラテラ)やメチルフェニデート(コンサータ)などがあります。これらの薬により、不注意や多動性の症状が改善されることが期待できます。
ASDに対する特効薬は現時点ではありませんが、易刺激性(興奮しやすさ)に対してはリスペリドンやアリピプラゾールなどが使用されることがあります。また、二次障害としてうつ病や不安障害を併発している場合は、抗うつ薬や抗不安薬が処方されることもあります。
心理社会的アプローチ
発達障害への対応では、心理社会的なアプローチも重要です。認知行動療法は、物事の捉え方や行動パターンを見直し、より適応的な考え方や行動を身につけるための療法です。発達障害のある方が抱えやすい否定的な思考パターンを修正したり、対処スキルを向上させたりするのに役立ちます。
ソーシャルスキルトレーニング(SST)は、対人関係で必要なスキルを実践的に学ぶプログラムです。挨拶の仕方、会話の始め方や終わり方、断り方など、具体的な場面を想定したロールプレイを通じてスキルを身につけます。
ペアレントトレーニングやカップルカウンセリングなど、家族への支援も重要です。発達障害の特性について家族が正しく理解することで、より適切なサポートが可能になります。
環境調整
発達障害のある方にとって、環境調整は非常に重要です。自分の特性に合った環境を整えることで、困難を大幅に軽減できることがあります。具体的には、静かな作業環境の確保、視覚的なスケジュール管理ツールの活用、タスクの分割と優先順位付け、リマインダーの設定などがあります。
職場での工夫と合理的配慮
発達障害のある方が職場で力を発揮するためには、自分自身の工夫と職場からの合理的配慮が大切です。平成28年に施行された障害者差別解消法により、事業者は障害のある人に対して合理的配慮を提供することが求められています。
自分でできる工夫
発達障害のある方が自分でできる工夫として、まずタスク管理の工夫があります。ToDoリストやスケジュール帳を活用し、やるべきことを視覚化することで、忘れ物や期限超過を防ぐことができます。スマートフォンのリマインダー機能やタイマーを活用するのも効果的です。
口頭での指示を聞き漏らしやすい場合は、メモを取る習慣をつけたり、指示内容をメールで確認したりすることが有効です。また、複雑な作業は小さなステップに分解し、一つずつ取り組むようにすると取りかかりやすくなります。
感覚過敏がある場合は、イヤーマフやノイズキャンセリングイヤホンで音を遮断したり、照明の位置を調整したりすることで、集中しやすい環境を作ることができます。
職場に求める配慮の例
職場に対して求めることができる合理的配慮の例として、以下のようなものがあります。口頭だけでなく、文書やメールでも指示を出してもらう。曖昧な指示ではなく、具体的で明確な指示を出してもらう。静かな場所に座席を配置してもらう。スケジュールの急な変更を事前に知らせてもらう。作業手順をマニュアル化してもらう。これらの配慮は、発達障害のある方だけでなく、他の従業員にとっても働きやすい環境づくりにつながることが多いです。
合理的配慮を求める際は、自分の特性と必要な配慮を具体的に説明することが大切です。発達障害者支援センターや障害者就業・生活支援センターなどの専門機関の支援を受けながら、職場との調整を行うこともできます。

よくある質問
はい、大人になってから発達障害と診断されることは珍しくありません。発達障害は生まれつきの特性ですが、子どもの頃は周囲のサポートにより問題が表面化しにくいことがあります。社会人になり、複雑な対人関係や業務を求められる中で困難が顕在化し、受診・診断に至るケースが増えています。近年の発達障害への理解の広がりにより、自分自身の特性に気づくきっかけも増えています。
セルフチェックで該当項目が多い場合でも、必ずしも発達障害とは限りません。セルフチェックはあくまで傾向を把握するためのスクリーニングツールであり、医学的な診断を行うものではありません。発達障害と似た症状は、うつ病や不安障害、適応障害、ストレスによる一時的な状態変化でも現れることがあります。気になる場合は、専門の医療機関を受診し、総合的な評価を受けることをおすすめします。
発達障害の診断を受けることで、自分の特性を正しく理解でき、困難の原因が明確になります。それにより、自分に合った対処法や環境調整の方法を見つけやすくなります。また、必要に応じて薬物療法やカウンセリングなどの治療を受けることができます。職場での合理的配慮を求める際や、障害者手帳の取得、福祉サービスの利用においても、診断が必要となる場合があります。何より、長年感じてきた生きづらさの理由がわかることで、自己理解が深まり、前向きに対処できるようになる方も多くいます。
発達障害は生まれつきの脳機能の特性であり、完全に治すことはできません。しかし、適切な治療や支援により、困難を軽減し、より生きやすくすることは可能です。ADHDでは薬物療法により不注意や多動性の症状を改善できることがあります。また、認知行動療法やソーシャルスキルトレーニングなどを通じて、対処スキルを身につけることもできます。自分の特性を理解し、環境を調整することで、特性を強みとして活かせるようになる方もいます。
発達障害の診断は、精神科や心療内科で受けることができます。大人の発達障害を専門に診察する外来を設けている医療機関もあります。どの医療機関を受診すればよいかわからない場合は、お住まいの地域の発達障害者支援センターに相談すると、発達障害の診断ができる医療機関を紹介してもらえます。なお、発達障害の診断には複数回の受診が必要となることが多く、心理検査なども含めて時間がかかる場合があります。
まとめ
大人の発達障害は、社会生活を送る中で顕在化することが多く、仕事や人間関係でさまざまな困難を引き起こすことがあります。しかし、自分自身の特性を正しく理解し、適切な対処法を身につけることで、より生きやすくなることは十分に可能です。
セルフチェックは自己理解の第一歩として有用ですが、あくまで傾向を把握するためのツールです。チェック結果が気になる場合は、ひとりで判断せず、発達障害者支援センターや医療機関などの専門機関に相談することをおすすめします。
発達障害の診断を受けることで、これまで感じてきた生きづらさの原因が明らかになり、具体的な対処法を見つけるきっかけとなります。また、職場での合理的配慮を求めたり、福祉サービスを利用したりする際にも、診断が役立つことがあります。
大切なのは、発達障害を「欠点」として捉えるのではなく、「個性」「特性」として理解し、自分に合った生活や働き方を見つけていくことです。発達障害のある方の中には、特定の分野で高い能力を発揮する方も多くいます。自分の強みを活かし、苦手な部分は工夫や周囲のサポートで補いながら、自分らしい人生を歩んでいくことが可能です。
もし発達障害の可能性について気になることがあれば、まずは専門機関に相談してみてください。一人で悩まず、適切なサポートを受けることで、新たな一歩を踏み出すことができるでしょう。
参考文献
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「発達障害」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)について」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「ADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療」
- 厚生労働省「政策レポート(発達障害の理解のために)」
- 厚生労働省「発達障害者支援施策の概要」
- 政府広報オンライン「発達障害に気付いたら?大人になって気付いたときの専門相談窓口」
- 武田薬品工業「大人の発達障害ナビ」
- 沢井製薬「大人の神経発達症(発達障害).jp」
- 国立障害者リハビリテーションセンター「発達障害情報・支援センター」
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務