はじめに
「手足口病は子どもの病気」と思っている方は多いのではないでしょうか。確かに、手足口病は主に乳幼児や小児に多く見られる感染症ですが、実は大人も感染することがあります。しかも、大人が感染した場合、子どもとは異なる症状の出方をすることがあり、特に軽症で済むケースも少なくありません。
本記事では、大人の手足口病、特に軽症例について詳しく解説します。どのような症状が現れるのか、なぜ大人は軽症になりやすいのか、そして日常生活で気をつけるべきポイントまで、幅広くご紹介します。

手足口病とは?基本を理解する
手足口病の定義
手足口病は、口の中や手のひら、足の裏などに水疱性の発疹が現れるウイルス性感染症です。医学的には「Hand, Foot and Mouth Disease(HFMD)」と呼ばれ、主に夏季を中心に流行する傾向があります。
この病気は1957年にカナダで初めて報告され、日本では1960年代から認識されるようになりました。以来、毎年夏から秋にかけて、保育園や幼稚園などで集団発生することが知られています。
原因となるウイルス
手足口病を引き起こす主なウイルスは以下の通りです。
エンテロウイルス属
- コクサッキーウイルスA16型(最も一般的)
- コクサッキーウイルスA6型
- コクサッキーウイルスA10型
- エンテロウイルス71型(EV71)
これらのウイルスは、RNAウイルスと呼ばれるタイプで、腸管で増殖する特徴があります。特にコクサッキーウイルスA16型が最も頻繁に検出され、全体の約半数を占めるとされています。
エンテロウイルス71型は、他のウイルスと比較して中枢神経系への合併症を引き起こすリスクが高く、重症化に注意が必要です。ただし、日本ではこのタイプによる重症例は比較的少ない傾向にあります。
感染経路
手足口病の感染経路は主に3つあります。
1. 飛沫感染 咳やくしゃみなどで飛び散った唾液に含まれるウイルスを吸い込むことで感染します。感染者との会話や、密閉された空間での接触が感染リスクを高めます。
2. 接触感染 感染者の水疱内容物や、ウイルスが付着した手や物品に触れることで感染します。特に発疹が破れた後の皮膚や、感染者が触れたドアノブ、おもちゃなどが感染源となります。
3. 糞口感染 感染者の便中に排出されたウイルスが、手を介して口に入ることで感染します。実は、症状が消失した後も2~4週間程度は便中にウイルスが排出され続けるため、この経路での感染には特に注意が必要です。
潜伏期間
手足口病の潜伏期間は、ウイルスに感染してから症状が現れるまでの期間で、通常3~5日程度です。この期間中は症状がなくても、すでに体内でウイルスが増殖しており、感染力を持っている可能性があります。
なぜ大人は軽症になりやすいのか?
免疫学的な背景
大人の手足口病が軽症になりやすい理由は、主に免疫システムの成熟度と過去の感染歴に関係しています。
既存の免疫の存在 多くの大人は、子どもの頃に手足口病の原因ウイルスに感染した経験があります。その際に獲得した免疫が、再び同じタイプのウイルスに感染した際に、症状を軽減させる役割を果たします。ただし、手足口病の原因ウイルスには複数の型があるため、異なる型に感染した場合は、成人でも発症することがあります。
成熟した免疫システム 大人の免疫システムは、子どもと比較してより成熟しており、ウイルス感染に対する対応能力が高いとされています。そのため、ウイルスの増殖を早期に抑制し、症状が軽く済むことが多いのです。
交差免疫の影響
手足口病の原因となるエンテロウイルス属には複数の型がありますが、これらの間には部分的に共通する構造があります。そのため、ある型のウイルスに対する免疫が、別の型のウイルスに対してもある程度の防御効果を発揮することがあります。これを「交差免疫」と呼びます。
大人は長年の生活の中で様々な型のエンテロウイルスに暴露される機会が多く、この交差免疫によって症状が軽減される可能性があります。
個人差がある理由
ただし、すべての大人が軽症で済むわけではありません。以下のような要因によって、症状の程度には個人差があります。
- 過去の感染歴の有無
- 感染したウイルスの型
- 個人の免疫状態
- 基礎疾患の有無
- ストレスや疲労の程度
- 栄養状態
特に、免疫力が低下している時期や、初めて感染するウイルスの型であった場合は、大人でも症状が強く出ることがあります。
大人の手足口病の症状:軽症例を中心に
初期症状
大人の手足口病の初期症状は、一般的な風邪と似ていることが多く、以下のような症状が現れます。
発熱 軽症例では、微熱(37度台)程度か、あるいは発熱がまったくないこともあります。発熱する場合でも、通常は1~2日程度で解熱することが多く、高熱が続くことは稀です。
全身倦怠感 体がだるい、疲れやすいといった症状が現れることがあります。ただし、日常生活に大きな支障をきたすほど強い倦怠感ではないことが多いです。
軽度の咽頭痛 のどに軽い違和感や痛みを感じることがあります。これは、口腔内に発疹が現れる前兆症状として見られることが多いです。
特徴的な発疹の出方
手足口病の名前の通り、発疹は主に手、足、口の中に現れます。大人の軽症例では、発疹の数が少なかったり、発疹が小さかったりすることが特徴です。
口腔内の発疹 舌、歯茎、頬の内側、口唇などに小さな水疱や潰瘍が形成されます。子どもの場合は痛みが強く、食事や水分摂取が困難になることもありますが、大人の軽症例では軽度の違和感程度で済むこともあります。
発疹の数は数個から十数個程度で、大きさは2~3mm程度の小さなものが多いです。色は白っぽいか、周囲が赤く縁取られた状態で見られます。
手のひらの発疹 手のひら、特に指の腹や手のひらの中央部に、小さな水疱性の発疹が現れます。軽症例では、数個程度の発疹で済むこともあります。発疹は最初は赤い斑点として現れ、徐々に中心部が白く盛り上がって水疱になります。
足の裏の発疹 足の裏、特に土踏まずや指の付け根あたりに発疹が現れます。歩行時に軽い違和感を感じることがありますが、痛みで歩けなくなるほどではないことが多いです。
その他の部位 手のひらや足の裏以外にも、手の甲、足の甲、膝、お尻などに発疹が現れることがあります。特に2011年以降、コクサッキーウイルスA6型による感染例が増加しており、このタイプでは体幹部にも比較的広範囲に発疹が出現する傾向があります。
軽症例の経過
大人の軽症の手足口病は、通常以下のような経過をたどります。
1日目~2日目:前駆症状 軽い発熱や倦怠感、のどの違和感などが現れます。この段階では、まだ手足口病と気づかないことも多いです。
3日目~4日目:発疹の出現 口腔内、手のひら、足の裏に発疹が現れ始めます。発疹の数や程度は個人差があります。
5日目~7日目:症状のピーク 発疹が最も目立つ時期です。ただし、軽症例では日常生活への影響は最小限で済むことが多いです。
8日目~10日目:回復期 発疹が徐々に乾燥し、かさぶた状になっていきます。新しい発疹が出現することはなくなります。
10日目以降:ほぼ回復 ほとんどの症状が消失します。ただし、爪の変化(後述)は数週間後に現れることがあります。
子どもの症状との違い
大人と子どもの手足口病には、いくつかの違いがあります。
項目 | 子ども | 大人(軽症例) |
---|---|---|
発熱 | 高熱(38~39度)が多い | 微熱または発熱なし |
発疹の数 | 多数(数十個以上) | 比較的少ない(数個~数十個) |
口腔内の痛み | 強い痛みで食事困難 | 軽度の違和感程度 |
全身症状 | 機嫌が悪い、食欲低下 | 軽度の倦怠感 |
回復期間 | 7~10日 | 7~10日(症状は軽い) |
大人でも注意が必要な症状
重症化のサイン
大人の手足口病は多くの場合軽症で済みますが、以下のような症状が現れた場合は、重症化や合併症の可能性があるため、すぐに医療機関を受診する必要があります。
高熱の持続 38.5度以上の高熱が2日以上続く場合は注意が必要です。
激しい頭痛 髄膜炎や脳炎などの中枢神経系への合併症の可能性があります。
嘔吐 繰り返す嘔吐は、中枢神経系への影響や脱水症状のサインです。
意識障害 ぼんやりする、反応が鈍い、会話がかみ合わないなどの症状は、早急な対応が必要です。
呼吸困難 息苦しさや呼吸が速くなるなどの症状は、心筋炎や肺水腫などの重篤な合併症の可能性があります。
合併症について
手足口病の合併症は稀ですが、特にエンテロウイルス71型による感染の場合、以下のような合併症が報告されています。
無菌性髄膜炎 ウイルスが髄膜(脳や脊髄を覆う膜)に感染し、炎症を起こします。強い頭痛、発熱、嘔吐などの症状が現れます。
脳炎 脳実質に炎症が起こる状態で、意識障害、けいれん、麻痺などの症状が現れます。
心筋炎 心臓の筋肉に炎症が起こり、不整脈や心不全を引き起こすことがあります。胸痛、動悸、息切れなどの症状に注意が必要です。
急性弛緩性麻痺 手足の筋力が急激に低下する状態で、ポリオ様の症状を呈することがあります。
日本では、これらの重篤な合併症の発生頻度は非常に低いとされていますが、全くないわけではないため、症状の変化には注意を払う必要があります。
診断方法
臨床診断
手足口病の診断は、主に症状の特徴から行われます。医師は以下の点を確認します。
視診 口腔内、手のひら、足の裏などの発疹の有無と特徴を観察します。手足口病特有の水疱性発疹のパターンがあるかどうかを確認します。
問診 発症時期、症状の経過、周囲での流行状況などを聞き取ります。家族や職場で手足口病の患者がいたかどうかも重要な情報です。
流行状況の確認 地域での手足口病の流行状況も診断の参考になります。夏季に保育園や幼稚園で流行している時期であれば、診断の確度が高まります。
ウイルス学的検査
確定診断のためには、ウイルス学的検査が行われることもありますが、一般的な臨床現場では必ずしも必要ではありません。
PCR検査 咽頭ぬぐい液や便からウイルスのRNAを検出する検査です。ウイルスの型まで特定できるため、疫学的な調査や研究目的で用いられることがあります。
ウイルス分離 細胞培養によってウイルスを分離する方法です。時間がかかるため、日常診療では通常行われません。
抗体検査 血液中のウイルスに対する抗体を測定する方法です。急性期と回復期の2回採血が必要で、主に研究目的で用いられます。
これらの検査は、保険適用外であることが多く、通常の軽症例では行われないのが一般的です。
鑑別診断
手足口病と似た症状を呈する他の疾患もあるため、適切に鑑別することが重要です。
ヘルパンギーナ 同じくエンテロウイルスによる感染症で、口腔内の水疱が特徴ですが、手足には発疹が現れません。高熱を伴うことが多いです。
水痘(水ぼうそう) 全身に水疱性発疹が現れますが、手足口病よりも広範囲で、かゆみを伴うことが特徴です。
単純ヘルペス口内炎 口腔内に痛みを伴う水疱や潰瘍が形成されますが、手足には発疹が現れません。
伝染性膿痂疹(とびひ) 細菌感染による皮膚疾患で、水疱が破れてびらんを形成します。手足口病とは発疹の性状が異なります。
治療方法:軽症例を中心に
基本的な治療方針
手足口病には特効薬が存在しないため、治療は対症療法が中心となります。軽症例では、自宅での安静と適切なケアで自然に治癒することがほとんどです。
自宅でのケア
十分な休養 免疫力を高めるために、十分な睡眠と休息が重要です。無理をせず、体調に合わせて活動量を調整しましょう。
水分補給 特に口腔内に発疹がある場合、痛みから水分摂取が減少しがちです。脱水を防ぐため、こまめに水分を摂取することが大切です。刺激の少ない飲み物(水、麦茶、経口補水液など)を選びましょう。
食事の工夫 口腔内の痛みがある場合は、以下のような食事を心がけましょう。
- 柔らかく、のどごしの良いもの(おかゆ、うどん、ヨーグルトなど)
- 刺激の少ないもの(熱すぎない、辛くない、酸っぱくない)
- 栄養バランスを考慮したもの(タンパク質、ビタミンを含む)
痛みが強い場合は、無理に食事を摂らず、水分補給を優先しましょう。
発疹のケア 手足の発疹は、できるだけ清潔に保つことが大切です。ただし、水疱を破らないように注意しましょう。入浴は可能ですが、長時間の入浴や熱いお湯は避け、発疹部位を強くこすらないようにしましょう。
薬物療法
手足口病そのものを治す薬はありませんが、症状を和らげるための薬が処方されることがあります。
解熱鎮痛薬 発熱や痛みがある場合、アセトアミノフェンなどの解熱鎮痛薬が用いられます。市販薬を使用する場合も、アセトアミノフェンを主成分とするものを選ぶと良いでしょう。
注意点として、アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、ライ症候群という重篤な合併症のリスクがあるため、小児や若年者では使用を避けるべきとされています。大人の場合も、医師に相談してから使用することをお勧めします。
口内炎治療薬 口腔内の痛みが強い場合、局所麻酔成分を含む口内炎治療薬やうがい薬が処方されることがあります。
ビタミン剤 粘膜の修復を助けるため、ビタミンB群やビタミンCなどが処方されることがあります。
受診の目安
以下のような場合は、医療機関を受診することをお勧めします。
- 発熱が3日以上続く
- 口腔内の痛みが強く、水分摂取ができない
- 発疹が広範囲に広がる、または化膿する
- 強い頭痛や嘔吐がある
- 意識がはっきりしない
- 呼吸が苦しい
- 既往症があり、症状の悪化が心配
軽症であれば、必ずしも受診する必要はありませんが、不安がある場合や症状が悪化した場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
日常生活での注意点
出勤・通学の判断
手足口病には、法律で定められた出席停止期間はありません。ただし、感染力があることを考慮し、症状や全身状態に応じて判断する必要があります。
出勤について 大人の軽症例では、発熱がなく全身状態が良好であれば、仕事を続けることも可能です。ただし、以下の点に注意しましょう。
- 食品を扱う仕事の場合は、完全に症状が治まるまで休むことが望ましい
- 接客業の場合は、マスクを着用し、手指衛生を徹底する
- 乳幼児と接する仕事の場合は、症状が治まるまで休むか、業務内容を変更する
感染予防の観点 発疹が出現してから1週間程度は、ウイルスの排出量が多いとされています。この期間は、特に感染予防対策を徹底する必要があります。
家庭内での感染予防
家族に小さな子どもがいる場合、特に注意が必要です。以下の対策を実施しましょう。
手洗いの徹底 石けんを使って、流水で20秒以上丁寧に手を洗いましょう。特に以下のタイミングでは必ず手洗いを行います。
- トイレの後
- 食事の前
- 調理の前
- 外出から帰宅した時
- 発疹に触れた後
タオルの共用を避ける 手拭きタオル、バスタオル、フェイスタオルなどは、感染者専用のものを用意し、家族との共用を避けましょう。
食器の取り扱い 感染者が使用した食器は、他の家族のものと分けて洗浄しましょう。洗剤でよく洗い、十分にすすぐことが重要です。
おむつ交換時の注意 乳幼児のおむつ交換を行う場合は、使い捨て手袋を着用し、交換後は必ず手洗いを行いましょう。
環境の消毒 ドアノブ、スイッチ、リモコンなど、頻繁に触れる場所は、アルコールや次亜塩素酸ナトリウム溶液で定期的に消毒しましょう。
入浴について
入浴は基本的に可能ですが、以下の点に注意しましょう。
個人の判断基準
- 発熱がある場合は、シャワーで軽く流す程度にとどめる
- 全身状態が良好であれば、通常通り入浴しても問題ない
- 発疹が化膿している場合は、医師に相談する
家族との入浴 発疹が出ている期間は、小さな子どもとの入浴は避けたほうが無難です。感染者が最後に入浴するか、別々に入浴することをお勧めします。
ただし、入浴によるウイルスの感染リスクは、適切な手洗いや消毒と比較して相対的に低いとされています。最も重要なのは、入浴後の手洗いと、タオルの共用を避けることです。
性生活について
手足口病は性感染症ではありませんが、濃厚な接触によって感染するリスクはあります。症状がある期間中は、パートナーへの感染を防ぐため、性生活は控えることが望ましいでしょう。
予防方法
基本的な予防策
手足口病には現在のところワクチンが存在しないため、予防は日常的な感染対策が中心となります。
手洗いの徹底 最も基本的で効果的な予防策です。石けんを使った丁寧な手洗いを習慣づけましょう。特に以下のタイミングでは必ず手洗いを行います。
- 外出から帰宅した後
- トイレの後
- 食事の前
- 調理の前
- おむつ交換の後
手洗いの正しい方法
- 流水で手を濡らす
- 石けんを泡立てる
- 手のひら、手の甲、指の間、爪の間、手首まで丁寧に洗う(20秒以上)
- 流水でよくすすぐ
- 清潔なタオルやペーパータオルで水分を拭き取る
マスクの着用 流行期には、人混みや公共交通機関でマスクを着用することで、飛沫感染のリスクを減らすことができます。
環境衛生 ドアノブ、手すり、おもちゃなど、多くの人が触れる場所は定期的に清掃・消毒しましょう。
免疫力を高める生活習慣
日頃から免疫力を高めておくことで、感染しても軽症で済む可能性が高まります。
十分な睡眠 成人では1日7~8時間の睡眠が推奨されます。質の良い睡眠は、免疫機能の維持に不可欠です。
バランスの取れた食事 特に以下の栄養素を意識して摂取しましょう。
- タンパク質:免疫細胞の材料となる
- ビタミンC:免疫機能を高める
- ビタミンA:粘膜の健康を保つ
- 亜鉛:免疫細胞の働きを助ける
- 乳酸菌:腸内環境を整え、免疫力を高める
適度な運動 週3~5回、30分程度の適度な運動は、免疫機能を高める効果があります。ただし、過度な運動は逆効果となるため、自分の体力に合わせて行いましょう。
ストレス管理 慢性的なストレスは免疫力を低下させます。趣味を楽しむ、リラクゼーションの時間を持つなど、自分なりのストレス解消法を見つけましょう。
禁煙 喫煙は粘膜の防御機能を低下させ、感染症にかかりやすくなります。禁煙することで、様々な感染症のリスクを減らすことができます。
流行期の対策
夏季を中心とした流行期には、特に以下の点に注意しましょう。
人混みを避ける 可能であれば、保育園や幼稚園で手足口病が流行している時期は、大勢の人が集まる場所への外出を控えましょう。
こまめな換気 室内のウイルス濃度を下げるため、定期的に窓を開けて換気を行いましょう。
情報収集 地域の感染症情報をチェックし、流行状況を把握しておくことも大切です。厚生労働省や都道府県のウェブサイトで、感染症発生動向調査の情報を確認できます。
爪の変化について
爪甲剥離症(そうこうはくりしょう)
手足口病の症状が治まった後、数週間から数ヶ月経ってから、爪が剥がれる現象が起こることがあります。これを「爪甲剥離症」と呼びます。
発生時期 手足口病の発症から3~6週間後に起こることが多いです。
メカニズム ウイルス感染により、一時的に爪の成長が止まったり遅くなったりすることが原因と考えられています。また、爪母(爪を作る部分)の一時的な障害によって起こるとも考えられています。
症状
- 爪の根元から徐々に浮き上がる
- 爪の一部または全部が剥がれる
- 痛みはほとんどない
- 手足の複数の爪に起こることがある
対応 爪甲剥離症は通常、特別な治療を必要とせず、自然に新しい爪が生えてきます。以下の点に注意しましょう。
- 無理に剥がそうとしない
- 清潔に保つ
- 爪を短く切っておく
- 感染を防ぐため、傷口ができた場合は消毒する
受診の目安 痛みや腫れ、化膿などの症状がある場合は、皮膚科を受診しましょう。

よくある質問(Q&A)
A: いいえ、手足口病には複数の原因ウイルスがあるため、異なる型のウイルスに感染すれば、再び発症する可能性があります。同じ型のウイルスに対しては免疫ができますが、異なる型に対しては効果がありません。
A: 手足口病の原因となるエンテロウイルスは、妊娠中の女性が感染しても、通常は胎児への重大な影響は少ないとされています。ただし、妊娠中は免疫力が変化しているため、感染には十分注意し、症状がある場合は必ず産婦人科医に相談しましょう。
A: はい、症状が軽くてもウイルスを排出しているため、他人に感染させる可能性があります。特に発症後1週間程度は感染力が強いとされています。また、症状が消失した後も、便中には2~4週間程度ウイルスが排出されるため、手洗いなどの予防策は継続しましょう。
A: 手足口病の原因ウイルスであるエンテロウイルスは、エンベロープ(脂質二重膜)を持たないため、アルコールに対する抵抗性が比較的高いとされています。そのため、アルコール消毒だけでは十分な効果が得られない可能性があります。最も効果的なのは、石けんを使った流水での手洗いです。環境消毒には、次亜塩素酸ナトリウム溶液(家庭用塩素系漂白剤を薄めたもの)が推奨されます。
A: 法律で定められた出席停止期間はありませんが、発熱や全身症状がある間は休むことが望ましいでしょう。軽症で発熱がなく、全身状態が良好であれば、手洗いやマスク着用などの感染予防策を徹底した上で、通常通り活動することも可能です。ただし、職種や職場の方針によって判断が異なるため、上司や担当者に相談することをお勧めします。
A: 軽症の場合、市販の解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン製剤)を使用することは可能です。ただし、アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、若年者ではライ症候群のリスクがあるため、使用を避けるか、医師や薬剤師に相談してから使用することをお勧めします。
A: 口腔内に発疹がある場合、刺激の少ない食事を選びましょう。避けるべきものは、熱すぎるもの、辛いもの、酸っぱいもの、硬いもの、塩辛いものなどです。推奨されるのは、おかゆ、うどん、ヨーグルト、プリン、ゼリー、豆腐、卵豆腐などの柔らかく、のどごしの良い食品です。
感染症サーベイランスと統計
日本における発生状況
手足口病は、感染症法に基づく5類感染症の小児科定点把握疾患に指定されており、全国約3,000カ所の小児科定点医療機関から毎週報告されています。
流行のパターン 日本では、例年6月から8月にかけて患者数が増加し、7月下旬頃にピークを迎えます。その後、秋にかけて徐々に減少していきますが、年によっては秋から冬にかけて小規模な流行が見られることもあります。
年齢別の発生状況 報告される患者の約90%が5歳以下の小児ですが、成人の報告例も存在します。成人例の多くは、小児からの家庭内感染によるものと考えられています。
流行の周期 手足口病は、2~3年ごとに大きな流行を繰り返す傾向があります。これは、主に流行するウイルスの型が変化することや、免疫を持たない新しい世代の子どもが増えることが関係していると考えられています。
国際的な動向
アジア太平洋地域 アジア太平洋地域では、手足口病は重要な公衆衛生上の問題となっています。特に中国、台湾、シンガポール、マレーシア、ベトナムなどで大規模な流行が繰り返し報告されています。
これらの地域では、エンテロウイルス71型による重症例が多く、死亡例も報告されています。そのため、一部の国ではワクチン開発が進められており、中国では2016年にEV71ワクチンが承認されました。
欧米諸国 欧米諸国でも手足口病は発生していますが、アジア地域ほど大規模な流行は報告されていません。ただし、近年ではコクサッキーウイルスA6型による非典型的な手足口病の増加が報告されています。
最新の研究動向
ワクチン開発
現在、日本では手足口病に対するワクチンは実用化されていませんが、世界的には研究開発が進んでいます。
中国のEV71ワクチン 中国では、エンテロウイルス71型に対する不活化ワクチンが開発され、2016年に承認されました。複数の製薬会社がこのワクチンを製造しており、中国国内で広く使用されています。臨床試験では、90%以上の有効性が報告されています。
課題 手足口病の原因ウイルスには複数の型があるため、一つの型に対するワクチンだけでは完全な予防は困難です。理想的には、複数の型をカバーする多価ワクチンの開発が望まれますが、技術的な課題も多く、実用化にはまだ時間がかかると考えられています。
治療薬の開発
現在のところ、手足口病に対する特効薬は存在しませんが、抗ウイルス薬の研究開発も進められています。
プレコナリル ピコルナウイルス科のウイルスに対する抗ウイルス薬として開発されましたが、臨床試験では十分な効果が得られず、承認には至っていません。
その他の候補薬 ウイルスの複製を阻害する薬剤や、ウイルスの細胞への侵入を阻止する薬剤など、様々なアプローチで研究が進められています。
疫学研究
ウイルス型の変化 近年、日本を含む世界各地で、コクサッキーウイルスA6型による手足口病の増加が報告されています。このタイプは、従来の典型的な手足口病とは異なり、発疹が広範囲に広がる傾向があり、爪甲剥離症の頻度も高いとされています。
重症化のリスク因子 エンテロウイルス71型感染における重症化のリスク因子として、3歳未満、発熱の持続、高熱、けいれんの既往などが報告されています。これらのリスク因子を持つ患者では、より注意深い経過観察が必要とされています。
医療機関での対応
セカンドオピニオンについて
手足口病の診断や治療について不安がある場合、他の医療機関でセカンドオピニオンを受けることも一つの選択肢です。特に以下のような場合には、セカンドオピニオンを検討しても良いでしょう。
- 診断に疑問がある
- 症状が改善しない
- 治療方針について別の意見を聞きたい
- より専門的な検査や治療が必要と感じる
当院でも、患者さんの希望があれば、他の医療機関への紹介や情報提供を積極的に行っています。
まとめ
手足口病は、主に小児に多く見られる感染症ですが、大人も感染することがあります。大人が感染した場合、多くは軽症で済むことが特徴です。これは、過去の感染により獲得した免疫や、成熟した免疫システムが関係していると考えられています。
大人の軽症手足口病の特徴
- 発熱がないか、あっても微熱程度
- 発疹の数が比較的少ない
- 口腔内の痛みが軽度
- 日常生活への影響が最小限
- 通常7~10日程度で自然に治癒
重要なポイント
- 特効薬はなく、対症療法が中心
- 十分な休養と水分補給が大切
- 軽症でも感染力があるため、予防策は必要
- 重症化のサインに注意し、必要時は速やかに受診
- 手洗いの徹底が最も効果的な予防法
こんな時は医療機関へ
- 高熱が続く
- 強い頭痛や嘔吐がある
- 意識がはっきりしない
- 呼吸が苦しい
- 水分が摂れない
手足口病は、適切な知識と対応があれば、過度に恐れる必要はありません。ただし、軽症であっても周囲への感染予防には十分な配慮が必要です。日頃から手洗いなどの基本的な感染対策を心がけ、健康的な生活習慣によって免疫力を高めておくことが、感染症予防の基本となります。
症状や経過について不安がある場合は、自己判断せず、医療機関に相談することをお勧めします。
参考文献
手足口病に関する信頼性の高い情報源として、以下のサイトを参考にされることをお勧めします。
- 国立感染症研究所 感染症疫学センター
手足口病に関する疫学情報、発生動向調査の結果などが掲載されています。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ha/hfmd.html - 厚生労働省
手足口病に関する一般向けの情報、Q&Aなどが掲載されています。
https://www.mhlw.go.jp/ - 日本小児科学会
小児の感染症に関する専門的な情報が掲載されています。
http://www.jpeds.or.jp/ - 日本小児感染症学会
手足口病を含む小児感染症に関する最新の知見が掲載されています。
http://www.jspid.jp/
本記事の内容は、2025年10月時点の医学的知見に基づいて作成されています。医療情報は常に更新されるため、実際の診療においては、最新の情報に基づいて判断することが重要です。
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスに代わるものではありません。症状がある場合は、必ず医療機関を受診し、医師の診断と治療を受けてください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務