甲状腺機能低下症:症状・原因・治療法を徹底解説

はじめに

疲れやすい、体重が増えた、寒がりになった、肌が乾燥する――こうした症状に心当たりはありませんか。もしかすると、それは甲状腺機能低下症のサインかもしれません。

甲状腺機能低下症は、首の前面にある小さな蝶のような形をした甲状腺という臓器の働きが低下し、体に必要な甲状腺ホルモンが十分に分泌されなくなる病気です。日本では約500万人が罹患していると推定され、特に女性や高齢者に多く見られる疾患です。

この病気の特徴は、症状がゆっくりと進行するため、「年齢のせい」「疲れているだけ」と見過ごされやすいことです。しかし、適切な診断と治療を受ければ、症状は改善し、通常の生活を送ることができます。

本記事では、甲状腺機能低下症について、その原因から症状、診断方法、治療法、日常生活での注意点まで、わかりやすく詳しく解説していきます。

甲状腺とは?その役割と重要性

甲状腺の位置と構造

甲状腺は、のどぼとけのすぐ下、首の前面に位置する内分泌器官です。重さは約15〜20グラムと小さく、右葉と左葉が気管を取り囲むように蝶が羽を広げたような形をしています。

この小さな臓器は、体の代謝をコントロールする重要なホルモンを分泌しており、私たちの生命活動において欠かせない役割を果たしています。

甲状腺ホルモンの働き

甲状腺が分泌する主なホルモンは、サイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)です。これらの甲状腺ホルモンは、体内のあらゆる細胞に作用し、以下のような重要な機能を調節しています。

代謝の調節 甲状腺ホルモンは、体内でエネルギーを作り出す代謝プロセスを調整します。食べ物から得た栄養素を、体が使えるエネルギーに変換する速度をコントロールしているのです。これにより、体温の維持や、日々の活動に必要なエネルギーが供給されます。

心臓と循環器系への影響 心拍数や心臓の収縮力を調節し、血液循環を適切に保ちます。甲状腺ホルモンが不足すると、心拍数が遅くなったり、血圧に影響が出たりすることがあります。

脳の発達と機能 特に胎児期や乳幼児期において、脳の正常な発達に不可欠です。成人においても、記憶力や集中力、気分の安定に関与しています。

骨の代謝 骨の形成と吸収のバランスを保ち、骨の健康を維持します。

その他の全身への影響 消化管の運動、皮膚や髪の健康、体重のコントロール、月経周期の調節など、体のあらゆる機能に関わっています。

甲状腺ホルモンの調節メカニズム

甲状腺ホルモンの分泌は、脳の視床下部と下垂体によって精密にコントロールされています。

視床下部から分泌される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)が下垂体を刺激し、下垂体は甲状腺刺激ホルモン(TSH)を分泌します。このTSHが甲状腺を刺激して、甲状腺ホルモンの生成と分泌を促します。

血液中の甲状腺ホルモン濃度が上昇すると、視床下部と下垂体へのフィードバックによってTSHの分泌が抑制され、逆に甲状腺ホルモンが不足するとTSHの分泌が増加します。この仕組みをネガティブフィードバック機構と呼び、体内のホルモンバランスを一定に保つ重要なシステムです。

甲状腺機能低下症とは

定義と分類

甲状腺機能低下症とは、甲状腺からの甲状腺ホルモン分泌が不足し、体内の甲状腺ホルモン濃度が低下した状態を指します。その結果、全身の代謝が低下し、さまざまな症状が現れます。

甲状腺機能低下症は、原因となる部位によって以下のように分類されます。

原発性甲状腺機能低下症 甲状腺そのものに問題があり、ホルモンを十分に作れない状態です。甲状腺機能低下症の大部分(約95%)がこのタイプに該当します。

中枢性(二次性・三次性)甲状腺機能低下症 甲状腺自体には問題がなく、脳の下垂体や視床下部の異常により、甲状腺を刺激するホルモン(TSH)の分泌が不足するタイプです。比較的まれな病態です。

疫学データ

日本における甲状腺機能低下症の有病率は、顕性(明らかな症状を伴う)甲状腺機能低下症で約0.5〜1%、潜在性(症状が軽微または無症状)甲状腺機能低下症を含めると約5〜10%と推定されています。

特徴的なのは、以下のような傾向です。

  • 女性は男性の約5〜10倍罹患しやすい
  • 加齢とともに有病率が上昇し、60歳以上では10〜20%にも達する
  • 妊娠可能年齢の女性でも約2〜5%に見られる
  • 自己免疫性甲状腺疾患の家族歴がある人はリスクが高い

甲状腺機能低下症の原因

甲状腺機能低下症を引き起こす原因はさまざまです。ここでは、主な原因について詳しく見ていきましょう。

橋本病(慢性甲状腺炎)

橋本病は、日本人医師の橋本策博士が1912年に世界で初めて報告した自己免疫疾患で、甲状腺機能低下症の最も多い原因です。

自己免疫疾患とは、本来は外敵から体を守るはずの免疫システムが、誤って自分自身の組織を攻撃してしまう病気です。橋本病では、免疫細胞が甲状腺の細胞を異物と認識し、抗体を作って攻撃します。その結果、甲状腺組織が徐々に破壊され、ホルモンを作る能力が低下していきます。

橋本病の特徴は、数年から十数年かけてゆっくりと進行することです。初期には症状がなく、甲状腺が少し腫れる程度のこともあります。血液検査では、抗サイログロブリン抗体(TgAb)や抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)といった自己抗体が陽性となることが診断の手がかりとなります。

遺伝的要因も関与しており、家族内で発症することが多いことが知られています。また、ヨウ素の過剰摂取やストレス、感染症などが発症の引き金となることもあります。

甲状腺の手術や放射性ヨウ素治療後

甲状腺の病気(甲状腺がん、バセドウ病、甲状腺腫瘍など)の治療のために、甲状腺の一部または全部を切除する手術を受けた場合、残った甲状腺組織が少なくなるため、十分な量の甲状腺ホルモンを作れなくなることがあります。

特に、甲状腺全摘出術を受けた場合は、必ず甲状腺機能低下症となるため、生涯にわたって甲状腺ホルモンの補充療法が必要になります。

また、バセドウ病や甲状腺がんの治療で放射性ヨウ素を使用した場合、甲状腺の細胞が破壊されることで、後に甲状腺機能低下症を発症することがあります。

薬剤性

一部の薬剤は、副作用として甲状腺機能に影響を与えることがあります。

抗甲状腺薬 バセドウ病などの甲状腺機能亢進症の治療に使用される薬(メルカゾール、チウラジールなど)は、甲状腺ホルモンの合成を抑制するため、過剰投与により甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。

リチウム 双極性障害(躁うつ病)の治療に使用されるリチウムは、甲状腺ホルモンの合成と分泌を抑制する作用があり、長期使用により甲状腺機能低下症のリスクが高まります。

アミオダロン 不整脈の治療薬であるアミオダロンは、大量のヨウ素を含んでおり、甲状腺機能に影響を与えることがあります。

インターフェロン、免疫チェックポイント阻害薬 C型肝炎の治療やがん免疫療法に使用されるこれらの薬剤は、自己免疫性の甲状腺炎を誘発し、甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。

ヨウ素欠乏または過剰摂取

甲状腺ホルモンの原料となるヨウ素が不足すると、甲状腺機能低下症を引き起こします。世界的には、ヨウ素欠乏は甲状腺機能低下症の主要な原因の一つですが、日本は海藻類を多く摂取する食文化があるため、ヨウ素欠乏は比較的まれです。

逆に、日本ではヨウ素の過剰摂取による甲状腺機能低下症に注意が必要です。昆布の過剰摂取やヨウ素を含む健康食品、消毒薬、造影剤などにより、一時的に甲状腺機能が低下することがあります。特に、橋本病などの甲状腺疾患がある人は、ヨウ素の影響を受けやすいため注意が必要です。

先天性甲状腺機能低下症

生まれつき甲状腺の形成異常やホルモン合成障害があり、甲状腺機能が低下している状態です。日本では、新生児マススクリーニング(先天性代謝異常等検査)により、生後すぐに発見され、早期治療が開始されます。

発見が遅れると、脳の発達に重大な影響を及ぼし、知的発達障害を引き起こす可能性があるため、早期発見・早期治療が極めて重要です。

その他の原因

亜急性甲状腺炎後 ウイルス感染などが原因で甲状腺に炎症が起こる亜急性甲状腺炎の後、一時的または永続的に甲状腺機能低下症になることがあります。

無痛性甲状腺炎、産後甲状腺炎 一時的な甲状腺の炎症により、甲状腺ホルモンが血中に漏れ出た後、甲状腺機能低下症の時期を経て、多くは自然に回復します。ただし、一部の人は永続的な甲状腺機能低下症に移行することがあります。

下垂体や視床下部の疾患 腫瘍、手術、放射線治療、外傷などにより、TSHやTRHの分泌が低下すると、二次的に甲状腺機能低下症が起こります。

甲状腺機能低下症の症状

甲状腺機能低下症の症状は、全身の代謝が低下することにより起こります。症状は非常に多彩で、しかもゆっくりと進行するため、気づきにくいことが特徴です。

全身症状

疲労感・倦怠感 最も多く見られる症状の一つです。十分に休んでも疲れがとれない、朝起きるのがつらい、日中も体がだるいといった状態が続きます。

寒がり(寒冷不耐性) 体の代謝が低下することで熱の産生が減少し、体温が低くなります。そのため、他の人が寒いと感じない程度の気温でも寒く感じ、厚着をしたり暖房を強くしたりする傾向があります。

体重増加 代謝の低下により、同じ量の食事でも消費されるエネルギーが減少し、体重が増加しやすくなります。食欲が低下しているにもかかわらず体重が増えることもあります。

むくみ(浮腫) 特に顔や手足がむくみやすくなります。これは、組織に水分が貯留しやすくなることと、ムコ多糖類という物質が皮下に蓄積することによります。朝起きたときに顔がパンパンになる、靴下の跡が残るなどの症状が見られます。

皮膚・毛髪の変化

皮膚の乾燥 皮膚が乾燥してカサカサになり、かゆみを伴うこともあります。特に冬場は症状が強くなります。

皮膚の冷たさと蒼白 血行が悪くなり、皮膚が冷たく、青白くなります。

脱毛 髪の毛が細くなり、抜けやすくなります。特に外側の眉毛が薄くなることが特徴的です。また、髪の毛がパサつき、艶がなくなります。

爪の異常 爪が薄く、割れやすくなったり、成長が遅くなったりします。

精神・神経症状

抑うつ気分 気分が落ち込み、意欲が低下します。うつ病と間違えられることも少なくありません。

記憶力・集中力の低下 物忘れが多くなる、集中力が続かない、考えがまとまらないなどの症状が現れます。特に高齢者では認知症と間違えられることがあります。

眠気 日中に強い眠気を感じることがあります。

動作緩慢 動きがゆっくりになり、反応が鈍くなります。話し方もゆっくりとしたペースになることがあります。

心血管系症状

徐脈(脈が遅い) 心拍数が遅くなり、安静時の脈拍が50回/分以下になることもあります。

息切れ・動悸 心臓の機能が低下するため、少しの運動で息切れを感じたり、動悸を自覚したりすることがあります。

高血圧 血管の抵抗が増加することで、血圧が上昇することがあります。

心不全 重症の場合、心臓の収縮力が低下し、心不全を引き起こすことがあります。

消化器症状

便秘 腸の動きが悪くなり、慢性的な便秘に悩まされることが多くなります。

食欲不振 消化管の機能が低下し、食欲が落ちることがあります。

筋骨格系症状

筋肉痛・関節痛 筋肉のこわばりや痛み、関節痛を感じることがあります。

筋力低下 筋肉の力が弱くなり、階段を上るのがつらい、重いものが持てないなどの症状が現れます。

こむら返り 特に夜間に、ふくらはぎがつることが増えます。

女性特有の症状

月経異常 月経周期が乱れたり、経血量が増加したりすることがあります。無月経になることもあります。

不妊 排卵障害により、妊娠しにくくなることがあります。

声の変化

嗄声(声のかすれ) 声帯がむくむことで、声がかすれたり、低くなったりします。

特殊な症状

粘液水腫性昏睡 非常にまれですが、重症の甲状腺機能低下症が長期間放置された場合、意識障害や体温低下、呼吸抑制などを伴う粘液水腫性昏睡という危険な状態に陥ることがあります。これは生命に関わる緊急事態であり、直ちに治療が必要です。

症状の現れ方の個人差

これらの症状すべてが現れるわけではなく、人によって症状の種類や程度は大きく異なります。軽度の甲状腺機能低下症(潜在性甲状腺機能低下症)では、ほとんど症状がないこともあります。

また、高齢者では典型的な症状が現れにくく、「年のせい」と思われがちな症状だけが目立つことがあります。

診断方法

甲状腺機能低下症の診断は、症状、身体所見、そして血液検査を総合的に評価して行われます。

問診と身体診察

医師は、まず詳しい問診を行います。いつ頃から症状が始まったか、どのような症状があるか、家族歴、薬の服用歴、過去の甲状腺疾患の有無などを尋ねます。

身体診察では、甲状腺の大きさや硬さを触診で確認します。また、皮膚の状態、むくみの有無、心拍数、血圧、腱反射(膝を軽く叩いて反応を見る検査)の遅延などをチェックします。

血液検査

甲状腺機能低下症の診断に最も重要なのは血液検査です。

甲状腺刺激ホルモン(TSH) 最も感度の高い検査で、甲状腺機能のスクリーニングに用いられます。甲状腺機能低下症ではTSHが上昇します(正常範囲は概ね0.5〜5.0 μIU/mL)。

遊離サイロキシン(FT4) 血液中の実際に働いている甲状腺ホルモンの量を測定します。甲状腺機能低下症では低下します(正常範囲は概ね0.9〜1.7 ng/dL)。

遊離トリヨードサイロニン(FT3) もう一つの主要な甲状腺ホルモンですが、軽度の甲状腺機能低下症では正常範囲内であることも多いため、診断にはFT4とTSHが重要です。

診断の基準は以下の通りです。

  • 顕性甲状腺機能低下症: TSH上昇 + FT4低下
  • 潜在性甲状腺機能低下症: TSH上昇 + FT4正常

自己抗体検査

甲状腺機能低下症の原因が自己免疫性(橋本病)であるかを確認するため、以下の抗体を測定します。

抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb) 橋本病で最も高頻度に陽性となる抗体です。

抗サイログロブリン抗体(TgAb) 橋本病でしばしば陽性となります。

これらの抗体が陽性であれば、自己免疫性甲状腺炎(橋本病)と診断されます。

画像検査

超音波(エコー)検査 甲状腺の大きさ、内部の構造、結節(しこり)の有無などを観察します。橋本病では、甲状腺の腫大や、内部エコーの不均一性(モザイクパターン)などの特徴的な所見が見られます。また、甲状腺がんなどの他の病気との鑑別にも役立ちます。

シンチグラフィー 放射性ヨウ素や放射性テクネチウムを用いて、甲状腺の機能や形態を評価します。甲状腺機能低下症の診断というよりは、他の甲状腺疾患との鑑別に用いられることがあります。

その他の検査

甲状腺機能低下症に伴う二次的な変化を評価するため、以下の検査が行われることがあります。

  • 脂質検査(LDLコレステロールの上昇)
  • 肝機能検査
  • 貧血の有無
  • 電解質検査
  • 心電図(徐脈や低電位などの変化)

治療法

甲状腺機能低下症の治療は、不足している甲状腺ホルモンを補充することが基本となります。適切な治療により、ほとんどの患者さんは症状が改善し、通常の生活を送ることができます。

甲状腺ホルモン補充療法

レボチロキシン(合成T4製剤) 甲状腺機能低下症の標準的な治療薬です。日本では「チラーヂンS」という商品名で処方されることが多い薬です。

レボチロキシンは、天然の甲状腺ホルモン(T4)と同じ構造を持つ合成ホルモンで、体内で必要に応じてT3に変換されます。1日1回、朝食前(空腹時)に服用するのが一般的です。

投与量の決定 開始量は、年齢、体重、心臓の状態などを考慮して決定されます。

  • 若年者や健康な成人: 50〜100 μg/日から開始することが多い
  • 高齢者や心疾患のある人: 12.5〜25 μg/日から少量で開始し、徐々に増量
  • 妊婦: 妊娠中は必要量が増えるため、投与量を調整

投与量の調整 治療開始後、定期的に血液検査(TSH、FT4)を行い、投与量を調整します。通常、服用開始から4〜6週間後に最初の検査を行い、その後も数週間〜数ヶ月ごとに検査を繰り返します。

目標は、TSHとFT4を正常範囲内に保つことです。適切な量が決まるまでには、数ヶ月かかることもあります。

服用のポイント

  • 毎日決まった時間に服用する
  • 空腹時(起床後、朝食の30分〜1時間前)に服用すると吸収が良い
  • 他の薬やサプリメント、特に鉄剤、カルシウム剤、制酸剤などとは、4時間以上間隔をあけて服用する(これらの薬がレボチロキシンの吸収を妨げるため)
  • 食物繊維を多く含む食品や大豆製品も吸収を低下させる可能性があるため、服用直後の摂取は避ける
  • 飲み忘れた場合は、気づいたときにできるだけ早く服用する(ただし、次の服用時間が近い場合は1回分をとばす)

リオチロニン(合成T3製剤)

一部の患者さんでは、T4製剤だけでは症状が十分に改善しない場合があります。そのような場合、T3製剤を併用することがあります。ただし、これは標準的な治療ではなく、個別の判断で行われます。

治療効果の現れ方

レボチロキシンの服用を開始すると、数週間で症状が改善し始めます。

  • 疲労感や倦怠感: 2〜3週間で軽減し始める
  • むくみや体重: 数週間〜数ヶ月で改善
  • 皮膚の乾燥や脱毛: 数ヶ月かけて徐々に改善
  • 精神症状や記憶力: 徐々に改善するが、完全に回復するまでに時間がかかることもある

ただし、効果の現れ方には個人差があり、完全に症状が消失するまでには数ヶ月から半年程度かかることもあります。

治療の継続期間

原発性甲状腺機能低下症(特に橋本病)や甲状腺全摘出後の場合、多くは生涯にわたって甲状腺ホルモンの補充が必要です。

一方、薬剤性や一時的な甲状腺炎による機能低下の場合は、原因が解消されれば治療を中止できることもあります。

定期的な検査とフォローアップ

甲状腺機能低下症の治療を受けている間は、定期的に医師の診察を受け、血液検査を行うことが重要です。

検査の頻度

  • 治療開始後や投与量変更後: 4〜8週間ごと
  • 安定期: 6〜12ヶ月ごと

検査が必要な理由

  • 投与量が適切かを確認するため
  • 過剰投与(甲状腺機能亢進症の症状)を防ぐため
  • 病状の変化を早期に発見するため

妊娠中や、体重の大きな変化、他の病気の発症、新しい薬の服用開始などがあった場合は、必要量が変わることがあるため、より頻繁な検査が必要になります。

過剰投与(甲状腺中毒症)のリスク

レボチロキシンの量が多すぎると、甲状腺機能亢進症と同様の症状が現れることがあります。

  • 動悸、頻脈
  • 手の震え
  • 不安感、イライラ
  • 不眠
  • 体重減少
  • 暑がり、発汗
  • 下痢

このような症状が現れた場合は、すぐに医師に相談してください。長期的には、骨粗鬆症や心房細動などのリスクも高まります。

特殊な状況での治療

妊娠中 妊娠中は胎児の発育のため甲状腺ホルモンの必要量が増加します(通常の1.3〜1.5倍)。妊娠がわかったら、すぐに医師に連絡し、投与量の調整を受けてください。妊娠中は4〜6週間ごとにTSHを測定し、目標値(妊娠初期はTSH<2.5 μIU/mL)を維持します。

高齢者 高齢者は心疾患のリスクが高いため、少量から開始し、ゆっくりと増量します。また、他の薬を多く服用していることが多いため、相互作用に注意が必要です。

生活上の注意点

甲状腺機能低下症と診断されても、適切な治療と生活習慣の改善により、健康的な生活を送ることができます。

食事について

ヨウ素の摂取 日本人は海藻類から十分なヨウ素を摂取しているため、通常の食事で問題ありません。ただし、昆布の過剰摂取やヨウ素サプリメントの使用は避けましょう。特に橋本病の患者さんでは、過剰なヨウ素が甲状腺機能をさらに低下させることがあります。

逆に、ヨウ素を極端に制限する必要もありません。海苔、わかめ、もずくなどは通常の量であれば問題なく食べられます。

バランスの良い食事 特別な食事制限は必要ありませんが、栄養バランスの取れた食事を心がけましょう。

  • 便秘対策として、食物繊維(野菜、果物、全粒穀物)を十分に摂る
  • 良質なタンパク質(魚、肉、卵、大豆製品)を適量摂る
  • カルシウムとビタミンDを十分に摂る(骨の健康のため)

大豆製品 大豆イソフラボンが甲状腺ホルモンの吸収を妨げる可能性があるとの報告があります。大豆製品を摂取する場合は、薬の服用から4時間以上空けることをお勧めします。ただし、完全に避ける必要はありません。

運動

適度な運動は、代謝を高め、体重管理に役立ち、気分を改善する効果があります。

  • ウォーキング、水泳、ヨガなど、無理のない運動から始める
  • 疲労感が強い場合は、治療が安定してから運動を開始する
  • 激しすぎる運動は避け、自分のペースで行う

ストレス管理

ストレスは甲状腺機能に影響を与える可能性があります。また、甲状腺機能低下症自体が精神的な負担となることもあります。

  • 十分な睡眠をとる
  • リラックスできる時間を持つ
  • 趣味や楽しい活動を取り入れる
  • 必要に応じてカウンセリングを受ける

薬の管理

  • 処方された通りに毎日服用する
  • 飲み忘れを防ぐため、習慣化する(朝起きたらすぐ、など)
  • 他の医療機関を受診する際は、甲状腺機能低下症で治療中であることを伝える
  • 市販薬やサプリメントを使用する前に、医師や薬剤師に相談する

妊娠を考えている方へ

甲状腺機能低下症は不妊の原因となることがあり、また妊娠中の母体と胎児の健康にも影響します。

  • 妊娠を計画する前に、甲状腺機能が適切にコントロールされているか確認する
  • 妊娠がわかったら、できるだけ早く医師に連絡し、投与量の調整を受ける
  • 妊娠中は定期的に検査を受ける

適切に管理された甲状腺機能低下症の患者さんは、健康な妊娠・出産が可能です。

寒さ対策

甲状腺機能低下症の患者さんは寒さに敏感になるため、体を冷やさないよう注意しましょう。

  • 重ね着をする
  • 首、手首、足首を温める
  • 室温を適切に保つ

職場や学校での配慮

治療が安定するまでは、疲れやすい、集中力が続かないなどの症状が残ることがあります。必要に応じて、職場や学校に相談し、理解を求めることも大切です。

よくある質問

Q1: 甲状腺機能低下症は治りますか?

原因によって異なります。橋本病や甲状腺の手術後など、多くの原発性甲状腺機能低下症では、完全に治ることは難しく、生涯にわたって甲状腺ホルモンの補充が必要です。しかし、適切な治療により症状は改善し、普通の生活を送ることができます。
一方、薬剤性や一時的な甲状腺炎による機能低下の場合は、原因が解消されれば治療を中止できることもあります。

Q2: 薬を飲み続けなければいけませんか?

症状の改善には個人差がありますが、一般的に数週間から数ヶ月かかります。疲労感などは比較的早く改善しますが、体重や皮膚の状態、精神症状などは時間がかかることがあります。焦らず、医師の指示に従って治療を続けることが大切です。

Q3: 薬を飲み始めたら、すぐに症状は良くなりますか?

症状の改善には個人差がありますが、一般的に数週間から数ヶ月かかります。疲労感などは比較的早く改善しますが、体重や皮膚の状態、精神症状などは時間がかかることがあります。焦らず、医師の指示に従って治療を続けることが大切です。

Q4: 甲状腺機能低下症は遺伝しますか?

橋本病などの自己免疫性甲状腺疾患には、遺伝的な要因が関与していると考えられています。家族内で発症することが多いことが知られていますが、必ずしも遺伝するわけではありません。家族に甲状腺疾患の人がいる場合は、定期的に検査を受けることをお勧めします。

Q5: ダイエットをしても体重が減りません。どうすればいいですか?

甲状腺機能が適切にコントロールされているか、まず確認しましょう。機能が正常化すれば、徐々に体重も落ちやすくなります。ただし、急激なダイエットは避け、バランスの良い食事と適度な運動を心がけてください。それでも改善しない場合は、栄養士に相談するのも良いでしょう。

Q6: 妊娠中に甲状腺機能低下症だとわかりました。赤ちゃんに影響はありますか?

適切に治療されていれば、赤ちゃんへの影響はほとんどありません。むしろ、未治療のまま放置すると、流産、早産、胎児の発育不全などのリスクが高まります。妊娠中は甲状腺ホルモンの必要量が増えるため、こまめに検査を受け、投与量を調整することが重要です。

Q7: 甲状腺の薬を飲んでいますが、他の薬と一緒に飲んでも大丈夫ですか?

レボチロキシンは、多くの薬と相互作用を起こす可能性があります。特に、鉄剤、カルシウム剤、制酸剤、一部の抗生物質などは、吸収を妨げることがあります。他の薬を飲む場合は、必ず医師や薬剤師に相談してください。サプリメントや漢方薬も同様です。

Q8: 甲状腺機能低下症でも運動はできますか?

はい、できます。むしろ、適度な運動は推奨されます。ただし、治療が安定するまでは、無理をせず、軽い運動から始めましょう。疲れやすい場合は、休憩を取りながら行うことが大切です。

Q9: 検査の数値が正常になったので、薬をやめてもいいですか?

いいえ、自己判断で中止してはいけません。検査の数値が正常なのは、薬を飲んでいるからです。中止すると、再び数値が悪化し、症状が戻ってきます。薬の中止や減量については、必ず医師と相談してください。

Q10: 甲状腺機能低下症の人は、甲状腺がんになりやすいですか?

橋本病の患者さんでは、甲状腺がん(特に甲状腺リンパ腫)の発生率がわずかに高いという報告がありますが、そのリスクは非常に低く、過度に心配する必要はありません。定期的に超音波検査を受け、しこりが見つかった場合は適切に検査することが大切です。

まとめ

甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの分泌不足により全身の代謝が低下する病気です。疲労感、寒がり、体重増加、むくみ、皮膚の乾燥、抑うつ気分など、多彩な症状が現れますが、ゆっくりと進行するため見過ごされがちです。

最も多い原因は橋本病(慢性甲状腺炎)という自己免疫疾患で、特に女性や高齢者に多く見られます。診断は血液検査(TSH、FT4の測定)によって行われ、確定診断は比較的容易です。

治療は、不足している甲状腺ホルモンを補充することが基本で、レボチロキシン(チラーヂンS)という安全な薬を毎日服用します。適切な治療により、ほとんどの患者さんは症状が改善し、通常の生活を送ることができます。

多くの場合、生涯にわたる治療が必要ですが、定期的な検査と医師との連携により、健康的な生活を維持することが可能です。妊娠・出産も、適切な管理のもとで問題なく行えます。

もし、甲状腺機能低下症を疑う症状がある場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。早期発見・早期治療により、より良い予後が期待できます。

参考文献

  1. 日本甲状腺学会「甲状腺疾患診断ガイドライン」 https://www.japanthyroid.jp/doctor/guideline/
  2. 日本内分泌学会「甲状腺クリーゼ診療ガイドライン2017」 https://square.umin.ac.jp/jes/
  3. 厚生労働省 e-ヘルスネット「甲状腺の病気」 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/
  4. 日本甲状腺学会 一般の皆様へ https://www.japanthyroid.jp/public/
  5. 国立研究開発法人 国立成育医療研究センター「妊娠と甲状腺疾患」 https://www.ncchd.go.jp/

※本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の診断や治療を推奨するものではありません。症状がある方は、必ず医療機関を受診し、医師の診断を受けてください。

監修者医師

高桑 康太 医師

略歴

  • 2009年 東京大学医学部医学科卒業
  • 2009年 東京逓信病院勤務
  • 2012年 東京警察病院勤務
  • 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
  • 2019年 当院治療責任者就任

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佐藤 昌樹 医師

保有資格

日本整形外科学会整形外科専門医

略歴

  • 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
  • 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
  • 2012年 東京逓信病院勤務
  • 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
  • 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務

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