はじめに
「シラミ」という言葉を聞くと、多くの方が不快感や恐怖心を抱くかもしれません。しかし、シラミは決して不潔な環境だけで発生する寄生虫ではなく、誰にでも感染する可能性があるものです。特にお子さんをお持ちのご家庭では、保育園や学校での集団発生に直面することも少なくありません。
本記事では、皮膚科医の視点から、シラミについての正しい知識と対処法を分かりやすく解説します。シラミの種類や特徴、感染経路、効果的な治療法、そして何より重要な予防策まで、包括的にご紹介いたします。

シラミとは何か
シラミの基本的な特徴
シラミ(虱)は、ヒトに寄生する吸血性の昆虫です。成虫の大きさは2〜4mm程度で、扁平な体を持ち、6本の脚には鋭い爪があります。この爪を使って毛髪にしっかりと固着し、人間の血液を吸って生活しています。
シラミは完全にヒトに依存した寄生虫であり、宿主から離れると長時間生存できません。一般的に、シラミは宿主から離れると2〜3日以内に死滅します。また、シラミは飛んだり跳ねたりすることはできず、直接的な接触や共有物を介してのみ感染が広がります。
シラミのライフサイクル
シラミの生活環は、卵(nit)、幼虫、成虫の3段階で構成されています。
卵の段階:雌のシラミは毛髪の根元近くに卵を産み付けます。卵は約0.8mmの楕円形で、乳白色をしており、強力な接着物質で毛髪にしっかりと固定されます。孵化には通常7〜10日かかります。
幼虫の段階:孵化した幼虫は成虫と似た形をしていますが、サイズが小さく、まだ生殖能力はありません。幼虫は3回の脱皮を経て、約9〜12日で成虫になります。
成虫の段階:成虫になると、雌は1日に5〜10個の卵を産み始めます。成虫の寿命は約30日で、この間に合計100〜150個もの卵を産むことができます。
シラミの種類と特徴
人間に寄生するシラミには、主に3種類があります。それぞれ寄生する部位や感染経路が異なるため、正確な診断と適切な対応が必要です。
1. アタマジラミ(頭虱)
アタマジラミ(Pediculus humanus capitis)は、最も一般的なシラミで、特に子どもの間で流行しやすい寄生虫です。
特徴:
- 体長:成虫で2〜3mm
- 色:灰色から茶褐色
- 寄生部位:主に頭髪、特に耳の後ろや後頭部
- 好発年齢:3〜12歳の子ども
アタマジラミは頭髪に寄生し、頭皮から血液を吸います。特に子どもの間で流行しやすい理由は、遊びや集団生活の中で頭と頭が接触する機会が多いためです。保育園、幼稚園、小学校などの集団生活の場で感染が広がりやすく、年間を通じて発生しますが、夏季にやや増加する傾向があります。
2. コロモジラミ(衣虱)
コロモジラミ(Pediculus humanus corporis)は、衣服に寄生するシラミです。
特徴:
- 体長:成虫で3〜4mm(アタマジラミより大きい)
- 色:灰白色
- 寄生部位:衣服の縫い目や折り目
- 発生環境:不衛生な環境、長期間の着替えができない状況
コロモジラミは日本では現在ほとんど見られなくなりましたが、戦時中や災害時など、長期間入浴や着替えができない状況下で発生することがあります。衣服に寄生し、食事のときだけ人の皮膚に移動して吸血します。
重要な点として、コロモジラミは発疹チフス、塹壕熱、回帰熱などの感染症を媒介する可能性があり、公衆衛生上の重要性が高い昆虫です。
3. ケジラミ(毛虱)
ケジラミ(Pthirus pubis)は、主に陰毛に寄生するシラミです。
特徴:
- 体長:成虫で1〜2mm
- 形状:カニのような形状(英語でCrab louseと呼ばれる)
- 寄生部位:主に陰毛、まれに腋毛、胸毛、まつ毛
- 感染経路:主に性的接触
ケジラミは性感染症の一つとして分類され、主に成人の間で感染が見られます。陰毛に寄生し、皮膚に強固に固着して吸血します。性的接触が主な感染経路ですが、まれに寝具やタオルの共用でも感染することがあります。
シラミ感染の症状
主な症状
シラミ感染の最も特徴的な症状は、激しいかゆみです。しかし、症状は寄生するシラミの種類によって若干異なります。
アタマジラミの症状:
- 頭皮の激しいかゆみ(特に耳の後ろや後頭部)
- 引っ搔き傷による二次感染(膿痂疹など)
- 頭皮の発疹や発赤
- 首や肩への湿疹の広がり
- 不眠や集中力の低下(かゆみによる)
コロモジラミの症状:
- 体幹や四肢のかゆみ
- 小さな赤い咬み跡
- 引っ搔き傷
- 慢性化すると皮膚の色素沈着
ケジラミの症状:
- 陰部の激しいかゆみ
- 青灰色の斑点(吸血痕)
- 下着に茶褐色の点状の排泄物
かゆみのメカニズム
シラミに咬まれるとなぜかゆいのでしょうか。これは、シラミが吸血する際に唾液を皮膚に注入するためです。この唾液には血液凝固を防ぐ物質が含まれており、これに対する身体のアレルギー反応としてかゆみが生じます。
初めてシラミに感染した場合、かゆみを感じ始めるまでに2〜6週間かかることがあります。これは、身体がシラミの唾液に対する感作(アレルギー反応の準備)をする時間が必要なためです。一方、過去に感染経験がある場合は、より早くかゆみが現れることがあります。
シラミの感染経路と原因
一般的な誤解
まず重要なのは、シラミ感染は決して不潔さの証明ではないということです。シラミは清潔な頭髪にも不潔な頭髪にも同様に寄生します。実際、シラミはきれいな頭髪の方が固着しやすいとさえ言われています。
シラミ感染は、誰にでも起こりうる一般的な健康問題であり、恥ずかしいことではありません。この点を理解することは、適切な対処と予防のために非常に重要です。
アタマジラミの感染経路
アタマジラミは主に以下の経路で感染します。
直接的な接触:
- 頭と頭が直接触れ合うこと(最も一般的)
- 子どもの遊び、スポーツ、抱擁などでの接触
- 昼寝や就寝時の接触
間接的な接触:
- 帽子、ヘアバンド、ヘアブラシの共用
- タオルや枕カバーの共用
- コートや衣服を同じフックにかけること
- カーペットや布製家具での接触(まれ)
重要な点として、シラミはペットから人間に感染することはありません。人間のシラミは人間にのみ寄生します。
ケジラミの感染経路
ケジラミの感染は主に性的接触によって起こります。
- 性行為による直接的な接触
- 寝具、タオル、衣類の共用(まれ)
- 家族間での感染(タオルや寝具を介して)
感染しやすい状況
以下のような状況では、シラミ感染のリスクが高まります。
- 保育園、幼稚園、小学校などの集団生活
- 夏季キャンプやお泊まり会
- スポーツチームの活動
- 家族内での感染拡大
- 人口密度の高い環境
- 避難所などの共同生活
シラミの診断方法
自宅でのチェック方法
アタマジラミの場合、保護者自身が確認することが可能です。
卵(nit)の確認:
- 明るい場所で、虫眼鏡を使用すると見やすい
- 髪を小分けにして、毛髪の根元を注意深く観察
- 耳の後ろ、襟足、頭頂部を重点的にチェック
- 乳白色や茶色の小さな楕円形の粒を探す
- フケと区別するポイント:卵は毛髪にしっかり固着しており、簡単には取れない
成虫や幼虫の確認:
- 白い紙や皿を頭の下に置く
- 髪をとかすか、頭皮をこする
- 落ちてきた虫を確認する
- 成虫は動きが速いので、注意深く観察する
医療機関での診断
以下のような場合は、医療機関を受診することをお勧めします。
- 自宅でのチェックで確信が持てない場合
- かゆみや皮膚の炎症がひどい場合
- 二次感染(とびひなど)が疑われる場合
- 適切な治療方法を相談したい場合
- 集団発生への対応について指導を受けたい場合
皮膚科専門医は、拡大鏡(ダーモスコピー)を使用して詳細な観察を行い、正確な診断を下すことができます。また、シラミと似た症状を示す他の皮膚疾患との鑑別診断も可能です。
シラミの治療方法
駆除剤による治療
日本で使用できる主な駆除剤をご紹介します。
スミスリンシリーズ(フェノトリン製剤):
日本で唯一承認されている医薬品のシラミ駆除剤です。スミスリンローション5%とスミスリンパウダー3%があります。
使用方法:
- 髪を濡らし、駆除剤を頭髪全体に十分に塗布
- 5分間放置(この時間を守ることが重要)
- 温水でよく洗い流す
- 3日に1回、3〜4回繰り返す
重要なポイント:
- 卵には効果が弱いため、繰り返し使用が必要
- 孵化する前に駆除するため、3日間隔での使用が推奨される
- 目や口に入らないよう注意
薬剤抵抗性への対応:
近年、フェノトリンに対する抵抗性を持つシラミが報告されています。薬剤を適切に使用しても効果が見られない場合は、以下の方法を検討します。
- 物理的な除去方法の併用
- 医師への相談
- 代替的な方法の検討
物理的な除去方法
薬剤と併用、または薬剤が使用できない場合の代替手段として有効です。
専用櫛(ニットコーム)の使用:
目の細かい専用の櫛を使用して、シラミや卵を物理的に除去します。
使用方法:
- 髪をコンディショナーで湿らせる
- 髪を小分けにする
- 根元から毛先に向かって、しっかりと櫛を通す
- 1回通すごとに櫛をティッシュで拭き取る
- 頭髪全体を丁寧に梳く
- 毎日または2日に1回、2週間続ける
この方法は時間がかかりますが、薬剤抵抗性のシラミに対しても有効です。また、妊婦や乳幼児など、薬剤の使用が望ましくない場合にも安全に使用できます。
ヘアドライヤーの活用:
シラミは高温に弱いため、ドライヤーの熱を利用する方法も補助的に有効です。ただし、これだけで完全に駆除することは困難です。
環境対策
感染者本人の治療だけでなく、環境整備も重要です。
寝具・衣類の処理:
- 60℃以上の熱湯で5分間以上洗濯
- 乾燥機で20分以上の高温乾燥
- クリーニングに出す
- 2週間密閉したビニール袋に入れて保管(シラミを窒息させる)
櫛やブラシの消毒:
- 60℃以上の熱湯に5分間浸す
- 使用後は毎回清掃する
部屋の清掃:
- 掃除機をかける
- 枕やソファーなどの布製品を清掃
- ただし、過度な清掃は不要(シラミは人間から離れると長く生存できないため)
ケジラミの治療
ケジラミの場合も、基本的な治療原則は同じです。
- フェノトリン製剤の使用(陰毛に塗布)
- 専用櫛での除去
- 陰毛を剃る(最も確実だが、個人の選択)
- パートナーの同時治療が重要
- 他の性感染症の検査も考慮
シラミの予防方法
個人でできる予防策
基本的な予防:
- 直接的な頭の接触を避ける
- 帽子、櫛、ブラシ、タオルなどを共用しない
- 長い髪は結んでおく
- 定期的な頭髪のチェック(週に1回程度)
- 集団発生の情報があれば、より注意深く観察
学校や保育園での対策:
- 個人のロッカーや荷物置き場を使用
- コートや帽子を重ならないように保管
- 集団でのお昼寝時は、頭の位置を交互にする
- 定期的な健康チェック
家族内での予防
一人が感染した場合の家族内での予防策:
- 感染者と同じ寝具を使わない
- タオルや櫛を共用しない
- 家族全員の頭髪を定期的にチェック
- 感染者の寝具や衣類を適切に処理
- 過度な不安は不要だが、適切な注意は必要
再発防止
治療後の再発を防ぐために:
- 治療期間を完全に守る(途中でやめない)
- 環境整備を徹底する
- 治療後2週間は定期的にチェック
- 感染源を特定し、必要に応じて情報共有
- 集団での同時対応(学校や家族内)

よくある質問と誤解
いいえ、これは最も一般的な誤解です。シラミは清潔さとは無関係に感染します。清潔な頭髪にも不潔な頭髪にも等しく寄生します。シラミ感染は個人の衛生習慣の問題ではなく、接触による物理的な感染です。
いいえ、シラミは飛んだり跳ねたりすることはできません。6本の脚で這って移動するだけです。感染は直接的な接触や、共有物を介してのみ起こります。
いいえ、人間のシラミは人間にのみ寄生します。犬や猫のシラミは人間には感染しません。逆もまた同様です。
アタマジラミとケジラミは通常、感染症を媒介しません。ただし、引っ搔き傷からの二次感染(細菌感染)には注意が必要です。コロモジラミは発疹チフスなどの感染症を媒介する可能性がありますが、日本では現在ほとんど見られません。
通常、駆除剤での治療は複数回必要です。これは、駆除剤が卵に対して効果が弱いためです。孵化した幼虫を確実に駆除するため、3〜4回の治療が推奨されます。
アタマジラミ感染は学校保健安全法で出席停止の対象とはされていません。適切な治療を開始していれば、登校・登園は可能です。ただし、各学校や園の方針に従ってください。
予防目的での駆除剤の使用は推奨されません。不必要な薬剤使用は薬剤抵抗性を招く可能性があり、また皮膚への刺激もあります。感染が確認されてから治療を開始してください。
子どものシラミ感染への対応
心理的なケア
子どもがシラミに感染した場合、適切な心理的サポートが重要です。
子どもへの説明:
- シラミは特別なことではなく、多くの子どもが経験すること
- 不潔だからではなく、友達と遊んだ証拠であること
- すぐに治療できること
- 恥ずかしいことではないこと
保護者の態度:
- 落ち着いて対処する
- 子どもを叱らない
- 過度に神経質にならない
- プライバシーに配慮する
学校・保育園との連携
適切な情報共有と連携が重要です。
報告の必要性:
- 速やかに担任や保健の先生に報告
- クラスでの注意喚起を依頼
- 匿名性を保ちながらの情報共有
集団発生時の対応:
- 学校全体での一斉チェック
- 保護者への情報提供
- 同時期の治療開始
- 再発防止のための継続的な観察
兄弟姉妹への対応
一人が感染した場合、兄弟姉妹も同時にチェックし、必要に応じて治療を開始することが重要です。予防的な治療は不要ですが、注意深い観察が必要です。
特殊なケースへの対応
妊婦・授乳婦の場合
妊娠中や授乳中のシラミ感染には、特別な注意が必要です。
推奨される対応:
- 可能な限り物理的な除去方法を優先(専用櫛の使用)
- 駆除剤の使用が必要な場合は、医師に相談
- フェノトリン製剤は比較的安全とされているが、慎重な判断が必要
乳幼児の場合
2歳未満の乳幼児への駆除剤使用には慎重な判断が必要です。
推奨される対応:
- 専用櫛での物理的除去を優先
- 駆除剤の使用は医師の指導のもとで
- 家族全体での同時対応が重要
アレルギー体質の場合
アトピー性皮膚炎などのアレルギー体質の方は、駆除剤による刺激に注意が必要です。
推奨される対応:
- パッチテストを検討
- 医師の指導のもとで使用
- 刺激が強い場合は物理的除去法を優先
シラミ対策の最新動向
薬剤抵抗性への対応
世界的に、フェノトリンなどのピレスロイド系殺虫剤に対する抵抗性を持つシラミが増加しています。日本でも一部地域で報告されており、今後の課題となっています。
新しい対応策:
- イベルメクチンなどの新規薬剤の研究
- 物理的除去法の見直しと推奨
- 複合的なアプローチの重要性
公衆衛生的取り組み
保健所や学校保健会などによる啓発活動が重要です。
- 正しい知識の普及
- 偏見や差別の解消
- 効果的な予防法の周知
- 集団発生時の迅速な対応体制
まとめ
シラミ感染は、決して恥ずかしい疾患ではなく、適切な対処により確実に治療できる一般的な健康問題です。重要なポイントを以下にまとめます。
理解すべき重要事項:
- シラミは清潔さとは無関係に感染する
- 誰にでも起こりうる一般的な問題である
- 適切な治療により確実に駆除できる
- 早期発見・早期治療が重要である
効果的な対策:
- 定期的な頭髪チェック
- 感染時の迅速な治療開始
- 駆除剤と物理的除去法の併用
- 環境整備の徹底
- 家族内や集団での同時対応
心構え:
- 冷静に対処する
- 偏見を持たない
- プライバシーに配慮する
- 適切な情報共有を行う
シラミ感染は適切な知識と対処により、必ず克服できる問題です。過度に心配せず、しかし適切に対応することが大切です。
参考文献
- 国立感染症研究所「シラミ症とは」 https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/408-pediculosis-intro.html
- 厚生労働省「シラミ症」 https://www.mhlw.go.jp/
- 日本皮膚科学会「皮膚科Q&A シラミ症」 https://www.dermatol.or.jp/
- 東京都感染症情報センター「アタマジラミ症」 http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/pediculosis/
- 日本小児皮膚科学会「アタマジラミの手引き」
- 国立医薬品食品衛生研究所「シラミ駆除剤の適正使用に関する情報」
※本記事の内容は、執筆時点での医学的知見に基づいています。診断や治療については、必ず医療機関を受診し、医師の指導に従ってください。
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務