はじめに
「朝起きた時は肌が白いのに、日中になると顔が赤くなってしまう」
このような悩みを抱える方は決して少なくありません。鏡を見て朝は気にならなかった肌の色が、昼過ぎには頬や鼻周りが赤く染まっている現象に、多くの方が困惑されています。この「朝は白いのに日中赤くなる」という現象は、単なる気のせいではなく、きちんとした医学的根拠があるのです。
本記事では、この気になる肌の変化について、皮膚科の専門的見地から詳しく解説します。なぜ朝と日中で肌の色が変わるのか、どのような病気が関係しているのか、そして効果的な治療法や日常でできる対策について、最新の医学的知見を交えながらお話しします。

「朝は白い」現象の医学的メカニズム
血管の収縮と拡張が鍵
私たちの顔の皮膚には無数の毛細血管が張り巡らされており、これらの血管は常に収縮と拡張を繰り返しています。この血管の動きが、肌の色を左右する最も重要な要因なのです。
朝の状態では、以下のような条件が重なります:
- 睡眠中は自宅という安定した環境にいるため、外的刺激が少ない
- 気温や湿度の変化がほとんどない
- 感情の起伏やストレスが最小限
- 交感神経の活動が抑制されている
これらの条件により、毛細血管は収縮した状態を保ち、血流量も抑制されているため、肌は白っぽく見えるのです。
日中の状態では状況が一変します:
- 外出による気温や湿度の変化
- 紫外線の暴露
- 精神的ストレスや緊張
- 食事、運動、入浴などの生理的刺激
- 化粧品や摩擦などの物理的刺激
これらの刺激により毛細血管が拡張し、血流量が増加することで、肌が赤く見えるようになります。
自律神経の関与
自律神経系も重要な役割を果たしています。交感神経が活発になると血管が拡張しやすくなり、副交感神経が優位な状態では血管が収縮します。朝の穏やかな状態から日中の活動的な状態への変化が、血管の反応性に大きく影響しているのです。
赤ら顔の主な疾患
酒さ(しゅさ)
酒さは、顔面に生じる慢性炎症性疾患で、赤ら顔の代表的な原因の一つです。日本皮膚科学会が2023年に発表した「尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン」によると、酒さは以下の4型に分類されます:
1. 紅斑毛細血管拡張型(1期)
- 顔面中央部(頬、鼻、額、顎)の持続性紅斑
- 毛細血管拡張
- ほてり感やヒリヒリ感を伴う
2. 丘疹膿疱型(2期)
- 紅斑の上に丘疹や膿疱が出現
- ニキビに似ているが、面皰(コメド)は形成されない
3. 鼻瘤型(3期)
- 鼻部に結節や腫瘤が形成される
- 皮脂腺の肥大を伴う
4. 眼型
- 眼瞼の炎症、結膜炎
- ドライアイなどの症状
酒さの特徴的な症状:
- 30~50代の女性に多く見られる
- 顔面中央部の持続的な赤み
- アルコールや香辛料で悪化
- 温度変化に敏感
- 朝は症状が軽く、日中に悪化する傾向
毛細血管拡張症
毛細血管拡張症は、皮膚の真皮浅層の毛細血管が持続的に拡張した状態です。酒さとは異なり、炎症症状は伴いません。
主な特徴:
- 痛みやかゆみなどの自覚症状がほとんどない
- 赤い血管が樹枝状に透けて見える
- 頬や鼻に好発
- 女性ホルモンの影響を受けやすい
分類:
- 単純型:血管の拡張のみ
- 丘疹型:わずかな盛り上がりを伴う
- 星状型:中央から放射状に血管が広がる
その他の関連疾患
脂漏性皮膚炎:
- 皮脂の分泌が多い部位に生じる
- 鼻翼周囲に好発
- フケのような鱗屑を伴う
接触性皮膚炎:
- 化粧品やスキンケア製品による刺激
- アレルギー反応による炎症
アトピー性皮膚炎:
- 成人型では顔面に症状が現れることがある
- 慢性的な炎症により毛細血管が拡張
診断と評価
医師による診察
赤ら顔の正確な診断には、皮膚科専門医による詳細な診察が不可欠です。
問診内容:
- 症状の出現時期と経過
- 悪化・改善因子の特定
- 家族歴の確認
- 使用中の薬剤や化粧品
- 生活習慣(飲酒、喫煙、食事など)
身体所見:
- 皮疹の分布と性状
- 毛細血管拡張の程度
- 炎症の有無
- 丘疹・膿疱の存在
補助検査
ダーモスコピー検査: 拡大鏡を用いて毛細血管の詳細な観察を行います。脂腺性毛包周囲の炎症や血管拡張のパターンを確認できます。
顕微鏡検査: 必要に応じて、毛包虫(ニキビダニ)の検出を行います。酒さ患者では健常人より多く検出される傾向があります。
治療選択肢
保険適用の治療
1. 外用薬
メトロニダゾールゲル(ロゼックス®):
- 2022年5月より酒さに対して保険適用
- 抗菌作用と抗炎症作用を併せ持つ
- 1日2回、患部に薄く塗布
適応症状:
- 酒さの紅斑
- 丘疹・膿疱
使用上の注意:
- 妊娠中・授乳中は使用不可
- 中枢神経疾患のある方は慎重投与
2. 内服薬
テトラサイクリン系抗生物質:
- ドキシサイクリン(ビブラマイシン®)
- ミノサイクリン(ミノマイシン®)
作用機序:
- 抗菌作用に加え、抗炎症作用を発揮
- 毛包虫の増殖を抑制
- 炎症性サイトカインの産生を抑制
投与期間: 通常2~3ヶ月程度の長期投与となります。定期的な血液検査で肝機能のモニタリングが必要です。
3. レーザー治療
Vビーム(色素レーザー):
- 毛細血管拡張症に対して保険適用
- ヘモグロビンに選択的に吸収される波長を使用
- 拡張した毛細血管を破壊
治療回数:
- 4週間間隔で3~10回程度
- 個人差があるため、医師と相談の上決定
ダウンタイム:
- 軽度の内出血(1~2週間)
- 一時的な赤みや腫れ(1日~1週間)
自費診療の選択肢
1. イベルメクチンクリーム
毛包虫を減少させ、炎症を抑制する効果があります。ロゼックスより効果が高いとされる場合があります。
2. アゼライン酸
穀物由来の天然成分で、抗炎症作用を有します。海外では酒さ治療の第一選択薬の一つです。
3. IPL(光治療)
広範囲の波長を照射し、血管病変とメラニン色素の両方に作用します。赤みの改善と同時に肌質改善効果も期待できます。
4. イソトレチノイン内服
重症例や難治例に対して使用される場合があります。皮脂腺の活動を抑制し、根本的な改善を図ります。
注意点:
- 厳格な副作用管理が必要
- 女性は内服中と終了後1ヶ月は避妊必須
- 定期的な血液検査が必要
日常生活での対策とセルフケア
スキンケアの基本
洗顔
水温:32~36℃のぬるま湯を使用
- 熱いお湯は皮脂を過度に除去し、刺激となる
- 冷水は血管収縮後の反動で血管拡張を引き起こす可能性
洗顔料:
- 敏感肌用の低刺激性製品を選択
- しっかりと泡立てて優しく洗う
- 擦り過ぎを避ける
保湿
保湿剤の選択:
- ノンコメドジェニック製品
- 香料・着色料・アルコール不使用
- セラミドやヒアルロン酸配合
塗布方法:
- 洗顔後すぐに塗布
- 優しくプレスするように馴染ませる
- 擦らないよう注意
日焼け止め
SPF30以上、PA+++以上を使用:
- 物理的遮光剤(酸化亜鉛、酸化チタン)がおすすめ
- 化学的遮光剤は刺激となる場合があるため注意
- 2~3時間おきの塗り直しが重要
生活習慣の改善
食生活
避けるべき食品:
- 辛い食べ物(唐辛子、胡椒、山椒など)
- 熱すぎる飲食物
- アルコール類
- カフェイン過多
推奨食品:
- ビタミンC豊富な野菜・果物
- オメガ3脂肪酸(青魚、ナッツ類)
- 抗酸化作用のある食品
睡眠
質の良い睡眠:
- 6時間以上の十分な睡眠時間
- 規則正しい生活リズム
- 寝室の温度・湿度管理
ストレス管理
効果的な方法:
- 適度な運動(激しい運動は避ける)
- 深呼吸やメディテーション
- 趣味や娯楽の時間確保
環境要因への対策
温度管理
- 急激な温度変化を避ける
- 室内外の温度差を少なくする工夫
- 暖房・冷房の直風を避ける
湿度管理
- 適度な湿度(40~60%)を保つ
- 加湿器や除湿器の活用
- 乾燥する季節の特別なケア
予防と長期管理
悪化因子の特定と回避
赤ら顔の管理で最も重要なのは、個々の患者さんの悪化因子を特定し、それらを可能な限り避けることです。
一般的な悪化因子:
- 日光曝露
- 極端な気温(高温・低温)
- 湿度の変化
- 風
- 精神的ストレス
- 身体的ストレス(過度な運動)
- 特定の食品や飲料
- 化粧品やスキンケア製品
- 摩擦や圧迫
セルフモニタリング
症状日記の活用: 日々の症状の変化を記録することで、個人的な悪化因子を特定できます。
記録項目:
- 症状の程度(1~10段階)
- 天候・気温・湿度
- 食事内容
- 使用したスキンケア製品
- ストレスレベル
- 睡眠時間と質
- その他の特記事項
定期的なフォローアップ
皮膚科での定期的な診察により、治療効果の評価と治療方針の調整を行います。
フォローアップの頻度:
- 治療開始初期:2~4週間ごと
- 安定期:2~3ヶ月ごと
- 悪化時:随時
最新の治療動向
新しい治療選択肢
トピカルカルシニューリン阻害薬
タクロリムス軟膏(プロトピック®)やデルゴシチニブ軟膏(コレクチム®)は、酒さに対する効果が報告されていますが、適応は慎重に検討される必要があります。
新規光治療機器
従来のIPLに加え、複数の波長を組み合わせた新しい光治療機器が開発されています。より効率的で副作用の少ない治療が期待されています。
個別化医療の進歩
遺伝子検査や皮膚マイクロバイオーム解析により、個人の体質に応じたオーダーメイド治療の開発が進んでいます。

よくある質問と回答
A: はい、遺伝的要素は確実に関与しています。家族に同様の症状がある方は、赤ら顔を発症するリスクが高くなります。しかし、遺伝的素因があっても、適切な生活習慣や治療により症状をコントロールすることは可能です。
A: グリーン系のコントロールカラーを使用することで、赤みをある程度カバーできます。ただし、化粧品による刺激で症状が悪化する場合もあるため、敏感肌用の製品を選び、パッチテストを行ってから使用することをお勧めします。
A: 赤ら顔は慢性疾患の側面があるため、「完治」は困難な場合が多いです。しかし、適切な治療とセルフケアにより、症状を大幅に改善し、日常生活に支障のないレベルまで抑制することは十分可能です。
A: 典型的な酒さは中年以降に発症することが多いですが、若年者でも毛細血管拡張症を発症することはあります。お子様に気になる症状がある場合は、小児皮膚科での診察をお勧めします。
A: マスクによる摩擦、湿気、温度上昇は赤ら顔の悪化因子となり得ます。通気性の良い素材のマスクを選び、長時間着用する際は適度にマスクを外して肌を休ませることが大切です。
心理的サポートの重要性
赤ら顔は外見に関わる症状であり、患者さんの心理的負担は決して軽視できません。
心理的影響
- 自信の低下
- 社会的活動の回避
- 対人関係への不安
- 仕事や学業への影響
サポート方法
- 家族や友人の理解と協力
- 患者会や支援グループへの参加
- 必要に応じたカウンセリング
- 医療スタッフとの十分なコミュニケーション
妊娠・授乳期の注意点
妊娠中や授乳期には使用できない薬剤があるため、治療選択に特別な配慮が必要です。
使用禁止薬剤
- メトロニダゾール(妊娠初期)
- テトラサイクリン系抗生物質(歯の着色リスク)
- イソトレチノイン(催奇形性)
安全な治療選択肢
- 適切なスキンケア
- 生活習慣の改善
- 物理的遮光
- 一部の外用薬(医師の判断による)
費用と保険について
保険診療
- 初診料:約3,000円
- 処方薬代:月額1,000~3,000円程度
- Vビームレーザー:範囲により6,500~32,000円
自費診療
- IPL治療:1回10,000~30,000円
- イベルメクチンクリーム:2,000~3,000円
- アゼライン酸クリーム:3,000~5,000円
治療費は施設により異なるため、事前に確認することをお勧めします。
まとめ
「朝は白いのに日中赤くなる」という赤ら顔の現象は、毛細血管の拡張反応が主な原因であり、酒さや毛細血管拡張症といった疾患が背景にある場合が多いことが分かりました。
重要なポイント:
- 早期診断の重要性:適切な診断により、効果的な治療選択肢を検討できます
- 個別化治療:症状や重症度に応じて、保険診療から自費診療まで幅広い選択肢があります
- 生活習慣の改善:悪化因子の特定と回避が症状管理の基本です
- 継続的なケア:慢性疾患の側面があるため、長期的な管理が必要です
- 心理的サポート:外見に関わる症状であり、精神的ケアも重要です
赤ら顔でお悩みの方は、一人で悩まずに専門医にご相談ください。適切な診断と治療により、症状の改善と生活の質の向上が期待できます。
アイシークリニック上野院では、最新の医学的知見に基づいた赤ら顔の診療を行っております。気になる症状がございましたら、お気軽にご相談ください。
参考文献
- 日本皮膚科学会. 尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023. 日本皮膚科学会雑誌. 2023;133(3):407-450. https://www.jstage.jst.go.jp/article/dermatol/133/3/133_407/_article/-char/ja/
- 公益社団法人日本皮膚科学会. 診療ガイドライン. https://www.dermatol.or.jp/modules/guideline/
- MSDマニュアル プロフェッショナル版. 酒さ. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/プロフェッショナル/14-皮膚疾患/ざ瘡および関連疾患/酒さ
- Mindsガイドラインライブラリ. 尋常性痤瘡・酒皶治療ガイドライン2023. https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00827/
- 持田ヘルスケア株式会社. 酒さ(しゅさ)とは?赤ら顔の症状や原因、治療方法について. https://hc.mochida.co.jp/skincare/atopic/atopic23.html
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務