はじめに
近年、日本では梅毒の感染者数が急激に増加しており、社会的な関心が高まっています。2023年の梅毒報告数は14,906人となっており、現在の制度で統計を取り始めてから最多の患者数となっています。2024年には東京都だけでも3,760人の報告があり、感染症法に基づく調査が始まって以降、最も多い報告数となりました。
梅毒は、梅毒トレポネーマという細菌によって引き起こされる感染症で、特に皮膚や粘膜に特徴的な症状を示すことで知られています。この記事では、アイシークリニック上野院の専門医の視点から、梅毒の皮膚症状について詳しく解説し、早期発見と適切な治療につながる情報をお届けします。

梅毒とは?基本的な理解
病原体と感染経路
梅毒は、梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)という細菌によって引き起こされる性感染症です。この細菌は、健康なように見える時期を間にはさみながら、3段階で発生します。梅毒トレポネーマは、ヒトの体外では長く生存できないスピロヘータという種類の細菌です。
感染経路は主に性行為によるもので、この範囲にはノーマルセックスのみならずアナルセックスやオーラルセックスも含まれます。梅毒は人によって潜伏期間が異なるうえ、第一期の症状に気づかずに、第二期に気づくケースも珍しくありません。
梅毒の進行段階
梅毒の最も特徴的な点は、その症状が段階的に現れることです。第1期では感染後3週間で梅毒に感染した部位にしこりや炎症、リンパ節の腫れなどの症状が起きます。第2期では感染後3ヶ月から3年で全身にバラの花びらのようなピンク色の発疹や口、性器、肛門などに扁平性のイボができます。
第1期梅毒の皮膚症状
初期硬結(しょきこうけつ)
梅毒の代表的な初期症状が、初期硬結(こうけつ)というしこりです。感染から3~6週間後頃に現れることが多いです。初期硬結は以下の特徴を持ちます:
- 大きさ:小豆から小指程度の大きさ
- 硬さ:軟骨程度の硬さで、しこりの中心部ほど硬く盛り上がっている
- 痛み:通常、痛みやかゆみを感じることはない
- 部位:感染部位(性器、口唇、肛門など)に発生
硬性下疳(こうせいげかん)
初期硬結のあと、感染部位に潰瘍のようなただれが生じますが痛みはありません。硬性下疳と呼ばれるこの症状は、しこりを中心にただれる特徴があります。
硬性下疳の特徴:
- 形状:固い基底部を伴う無痛性潰瘍
- 分泌物:こすると、無数のスピロヘータを含んだ透明な液体を生じる
- 感染力:この段階は非常に感染力が強い
発生部位による症状の違い
男性の場合
男性では、亀頭・陰茎・冠状溝(亀頭と陰茎の間の部分)、陰茎や陰嚢に近い皮膚などが多く見られます。
女性の場合
女性では、膣や大陰唇・小陰唇、その周辺の皮膚に症状が現れることが多いです。
口腔内の症状
性器の症状だけではなく、口内の粘膜や咽頭粘膜にも症状が現れることもあります。
リンパ節の腫れ
感染部位に近いリンパ節が腫れることがありますが、ほとんどは痛みがありません。この無痛性リンパ節腫脹は、梅毒の重要な診断ポイントの一つです。
第1期症状の自然消失
硬いしこりは1ヶ月程度で自然と消えます。しかし、この段階で治療を受けない場合、体内で静かに増殖を続け、2期梅毒へと進行するリスクがあります。
この自然消失は、多くの患者さんが治ったと勘違いして医療機関を受診しなくなる原因となっています。
第2期梅毒の皮膚症状
バラ疹(ばらしん)
感染から3ヶ月ほどすると、2期の症状が現れ始めます。特徴的なものはバラ疹といって、淡く赤い、小さなバラの花に似ている発疹です。
バラ疹の特徴:
- 色調:淡いピンク色からバラ色
- 形状:小さな円形の発疹
- 分布:体幹を中心に左右対称に出現
- 症状:通常、かゆみや痛みを伴わない
梅毒性皮膚炎
梅毒性皮膚炎は、通常左右対称で、手掌および足底でより顕著です。個々の病変は円形で、しばしば落屑を伴い、融合してより大きな病変を形成することがあるが、一般的にはそう痒または疼痛を伴わない。
手のひらと足の裏の発疹の重要性
手のひらと足の裏に発疹が出現することは、梅毒の非常に特徴的な所見です。多くの皮膚疾患では手のひらや足の裏には発疹が出現しないため、これらの部位に発疹がある場合は梅毒を強く疑う必要があります。
丘疹性梅毒疹
丘疹性梅毒疹や扁平コンジローマといったものでは、しこりのようなものができることがあります。丘疹性梅毒疹は、以下の特徴を持ちます:
- 形状:隆起した丘疹状の病変
- 色調:赤褐色から銅色
- 分布:全身に散在性に出現
- 経過:数週間から数ヶ月で自然消失
扁平コンジローマ
扁平コンジローマは、粘膜皮膚移行部および皮膚湿潤部(例,肛門周囲部,乳房の下)にできる肥大した扁平な淡いピンクまたは灰色の丘疹である;病変は極めて感染性が強い。
扁平コンジローマの特徴:
- 部位:肛門周囲、生殖器周辺、腋窩など湿潤部
- 形状:平坦で広い基部を持つ隆起病変
- 感染力:非常に強い感染力を持つ
- 鑑別:尖圭コンジローマとの鑑別が重要
梅毒性脱毛
頭皮が侵される場合は、しばしば円形脱毛症が生じる。梅毒性脱毛は以下の特徴があります:
- パターン:虫食い状の不規則な脱毛
- 部位:頭髪、眉毛、まつ毛
- 可逆性:治療により回復可能
口腔・咽頭病変
口腔,咽頭,喉頭,陰茎,外陰,または直腸の病変は,通常円形に隆起し,しばしば灰色から白色であり,赤い辺縁を有する。
第2期症状の全身症状
皮膚症状と併せて、以下の全身症状も出現することがあります:
- 発熱
- 頭痛
- 全身倦怠感
- 関節痛
- 全身のリンパ節の腫れが起こり、さらに約1割の人はほかの臓器が侵されます
第3期梅毒の皮膚症状
感染から3年以上経つと、3期に移行することがあります。この時期には、結節性梅毒疹というしこりや、皮下組織にゴムのようなしこり(ゴム腫)ができることがあります。
結節性梅毒疹
結節性梅毒疹の特徴:
- 形状:皮下に硬いしこりを形成
- 大きさ:数mm〜数cm
- 分布:四肢、体幹に散在
- 経過:ゆっくりと進行し、瘢痕を残すことがある
ゴム腫(Gumma)
結節性梅毒疹やゴム腫と呼ばれるしこりが皮下組織にできます。ゴム腫は組織を破壊します。梅毒が恐れられていた時代に『鼻がもげる』と言われたように、ゴム腫によって鼻の骨が破壊され、鼻の形が崩れてしまうということもあります。
ゴム腫の特徴:
- 質感:ゴムのような弾性のある硬さ
- 破壊性:周囲組織を破壊する
- 部位:皮膚、骨、内臓など様々な部位
- 治癒:治療により改善するが、瘢痕を残すことが多い
第4期梅毒の症状
心臓、血管、神経、目などに重い障害が出て死に至ることもあります。第4期では皮膚症状よりも内臓病変が主体となりますが、皮膚にも以下の症状が現れることがあります:
- 慢性的な皮膚潰瘍
- 瘢痕組織の形成
- 血管病変による皮膚症状
ただし、現代では、梅毒の治療法が進歩し、第3期まで進行する例はほとんどありません。

症状の視覚的理解:図表と写真による解説
【表1】梅毒各期の皮膚症状一覧
期 | 時期 | 主な皮膚症状 | 特徴 | 感染力 |
---|---|---|---|---|
第1期 | 感染後3-6週 | 初期硬結、硬性下疳 | 無痛性のしこりと潰瘍 | 極めて強い |
第2期 | 感染後3ヶ月-3年 | バラ疹、丘疹性梅毒疹、扁平コンジローマ | 全身性発疹、手足にも出現 | 強い |
第3期 | 感染後3年以上 | 結節性梅毒疹、ゴム腫 | 組織破壊性病変 | 弱い |
第4期 | 感染後数年-数十年 | 慢性潰瘍、瘢痕 | 内臓病変が主体 | なし |
【図1】梅毒の病期と症状の時間経過
感染
↓
潜伏期(3-6週間)
↓
第1期梅毒(初期硬結・硬性下疳)
↓
無症状期(数週間-数ヶ月)
↓
第2期梅毒(全身性発疹)
↓
潜伏期(数年-数十年)
↓
第3期梅毒(ゴム腫)
↓
第4期梅毒(臓器障害)
他の疾患との鑑別診断
第1期梅毒の鑑別疾患
硬性下疳との鑑別が必要な疾患:
- ヘルペス性潰瘍
- 痛みを伴う
- 水疱から潰瘍への進行
- 抗ウイルス薬に反応
- ベーチェット病の陰部潰瘍
- 痛みを伴う
- 口腔内アフタ性潰瘍を併発
- 眼症状や皮膚症状を伴う
- 外傷性潰瘍
- 明確な外傷歴
- 不規則な形状
- 痛みを伴うことが多い
第2期梅毒の鑑別疾患
バラ疹との鑑別が必要な疾患:
- 風疹
- 発熱を伴う
- リンパ節腫脹
- 手のひら、足の裏には出現しない
- 薬疹
- 薬剤使用歴
- かゆみを伴うことが多い
- 薬剤中止で改善
- ジベル薔薇色粃糠疹
- Herald patch(先駆疹)
- 手のひら、足の裏には出現しない
- かゆみを伴う
検査と診断
血清学的検査
梅毒は採血検査によって調べることができ、RPR法・TPHA法を用います。RPR(非トレポネーマ脂質抗体)とTPHA(梅毒トレポネーマ抗体)の定性検査を同時に測定します。
RPR法(Rapid Plasma Reagin)
- 特徴:活動性梅毒の指標
- 利点:治療効果の判定に有用
- 欠点:偽陽性の可能性
TPHA法(Treponema Pallidum Hemagglutination Assay)
- 特徴:梅毒感染の既往を示す
- 利点:特異性が高い
- 注意点:TPHAは一度、梅毒になると治療の有無にかかわらず、その後も高いままの状態です
【表2】梅毒血清検査の解釈
RPR | TPHA | 解釈 |
---|---|---|
陰性 | 陰性 | 未感染または感染極初期 |
陽性 | 陽性 | 活動性梅毒 |
陰性 | 陽性 | 治療後または陳旧性梅毒 |
陽性 | 陰性 | 偽陽性の可能性 |
病原体検査
暗視野顕微鏡検査
- 適応:第1期、第2期の病変から
- 利点:直接病原体を確認
- 欠点:技術的に困難
PCR検査
- 適応:病変部からの検体
- 利点:高い感度と特異性
- 現状:研究段階
治療法
抗菌薬による治療
梅毒は、症状の進行具合に応じて、2〜12週間程度ペニシリン系の抗生物質(抗菌薬)を用いて治療します。
第一選択薬:ペニシリン系抗生物質
- アモキシシリン
- 用量:500mg 1日3回
- 期間:病期により2-12週間
- ステルイズ筋肉注射
- 適応:重症例や確実な治療が必要な場合
- 利点:コンプライアンスの問題なし
ペニシリンアレルギーの場合
ペニシリン系の製剤に対してアレルギーがある場合は、ミノサイクリンなどの抗菌薬を使用します。
- ミノサイクリン
- 用量:100mg 1日2回
- 期間:病期により調整
- ドキシサイクリン
- 用量:100mg 1日2回
- 注意:妊娠中は使用禁忌
【表3】病期別治療期間の目安
病期 | 治療期間 | 備考 |
---|---|---|
第1期 | 2-4週間 | 第一期の場合は、2~4週間程度 |
第2期 | 4-8週間 | 第二期の場合は4~8週間程度 |
第3期以降 | 8-12週間 | 第三期の場合は、約12週間前後で完治できる |
治療効果の判定
治療効果は以下の方法で判定します:
- 臨床症状の改善
- 皮膚病変の消失
- 全身症状の改善
- 血清学的検査
- RPR値の低下
- 定期的なフォローアップ
- Jarisch-Herxheimer反応
- 治療開始後数時間で起こる発熱反応
- 治療が有効である証拠
予防法
コンドームの使用
梅毒の感染を予防するためには、梅毒に罹患した者との性交渉を避けることが基本です。また感染部位と粘膜や皮膚が直接接触をしないように、必ずコンドームを使用しましょう。
ただし、コンドームが覆わない部分の皮膚などでも感染がおこる可能性がありますので、完全な予防効果は期待できません。
パートナーとの同時治療
感染が確認された場合にはパートナーにも検査を受けるように勧めてください。パートナーと同時に治療をすることで、何度もお互いに感染をうつしあうことを予防します。
定期的な検査
性的活動が活発な方は、定期的な性感染症検査を受けることが推奨されます。
妊娠と梅毒
先天梅毒のリスク
妊娠している女性が梅毒に感染すると、流産や死産のリスクが高まります。また、母子感染によって赤ちゃんが梅毒にかかった状態で生まれる「先天梅毒」となることがあります。
国立感染症研究所「日本の梅毒症例の動向について(2024年1月5日現在)」によると、令和5年(2024年)1月時点で、先天梅毒が報告されたこどもの数は37人となっています。
妊婦健診での検査
妊婦健診では梅毒検査が必須項目となっています。しかし、妊婦健診では陰性だったのに、その後梅毒などに感染してしまうケースです。つまり、健診のあとに夫が梅毒に感染して、さらに妻にうつしてしまっていることが意外と多いという問題があります。
妊娠中の治療
妊娠中でもペニシリン系抗生物質による治療は安全に行えます。むしろ、治療を行わない方が母子ともにリスクが高くなります。

よくある質問(FAQ)
梅毒は放置していても、自然治癒しません。必ずクリニックで適切な治療を受けてください。梅毒の症状は一時的に消失することがありますが、自然治癒することはありません。梅毒トレポネーマは体内に潜んでいるため、しっかりと治療をしなければ再び症状が悪化して現れるようになってしまいます。
はい、あります。無症状性梅毒とは、梅毒に感染しているにも関わらず、自覚できるような症状が出ていない状態を指します。初期の段階では特に症状が出にくく、気づかないうちに進行してしまうことがあります。
梅毒は、いったん完治しても、再感染を予防する免疫が得られない感染症であるため、完治後も適切な予防策(コンドームの使用やパートナーの治療)が講じられていなければ、再度感染する危険性があることに注意が必要です。
手のひらや足の裏の発疹は梅毒の特徴的な症状ですが、他の疾患でも起こることがあります。ただし、これらの部位に発疹がある場合は梅毒を強く疑う必要があるため、必ず医療機関を受診してください。
通販にて梅毒の検査キットを購入することが可能です。しかし、梅毒の検査キットはご自身での採血が必要になるため、正確な検査が行えない可能性があります。そのため、梅毒の疑いがある場合には、クリニックを受診することをおすすめします。
まとめ
梅毒は現在、日本で急激に増加している性感染症であり、特に皮膚症状は診断の重要な手がかりとなります。各期によって特徴的な皮膚症状を示すため、これらの知識を持つことは早期発見につながります。
重要なポイント:
- 第1期:無痛性のしこり(初期硬結)と潰瘍(硬性下疳)
- 第2期:全身性発疹、特に手のひらと足の裏の発疹は特徴的
- 早期治療:ペニシリン系抗生物質により完治可能
- 再感染:治癒後も再感染の可能性があるため予防が重要
- パートナー治療:感染拡大防止のため同時治療が必要
早期に適切な治療(ペニシリンによる治療)を受ければ、完治が可能な病気です。梅毒が疑われる症状や感染の心当たりがあるときは、すぐに検査を受け、早期発見・早期治療を心がけましょう。
気になる症状がある場合は、恥ずかしがらずに医療機関を受診することが、あなた自身とパートナーの健康を守る最も確実な方法です。
参考文献
- 厚生労働省. 梅毒に関する情報. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/syphilis.html
- 国立感染症研究所. 日本の梅毒症例の動向について. https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idwr/article/syphilis/010/index.html
- 東京都感染症情報センター. 梅毒について. https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/syphilis/
- MSDマニュアル 家庭版. 梅毒. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/16-感染症/性感染症-sti/梅毒
- 政府広報オンライン. 梅毒患者が急増中!検査と治療であなた自身と大切な人、生まれてくる赤ちゃんを守ろう. https://www.gov-online.go.jp/article/202403/entry-5789.html
- 日本性感染症学会. 梅毒診断・治療ガイドライン.
- 日本皮膚科学会. 性感染症診療ガイドライン.
- World Health Organization. Guidelines for the Management of Sexually Transmitted Infections.
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務