はじめに
耳たぶを触った時に小さなしこりを発見し、押すと痛みを感じたことはありませんか?このような症状は、多くの方が経験する一般的な悩みですが、原因や対処法について正しく理解している方は意外と少ないのが現実です。
耳たぶのしこりで「押すと痛い」という症状は、多くの場合、炎症や感染を示すサインです。適切な対処を行うことで症状の改善が期待できますが、放置すると悪化する可能性もあるため、正しい知識を身につけることが重要です。
このコラムでは、耳たぶにできるしこりの中でも特に「押すと痛い」症状に焦点を当て、その原因、症状の見分け方、治療方法、予防法について、医学的な根拠に基づいて詳しく解説いたします。

耳たぶのしこりの基本知識
耳たぶの解剖学的特徴
耳たぶ(耳垂)は、耳介の最下部に位置する柔らかい組織で、軟骨を含まず主に皮膚、皮下脂肪、結合組織から構成されています。血管やリンパ管が豊富に分布しており、また皮脂腺も多く存在するため、様々な皮膚トラブルが生じやすい部位でもあります。
しこりとは何か
医学的に「しこり」とは、正常な組織とは異なる硬さや弾力を持つ塊状の病変を指します。触診で確認できる硬結、腫瘤、結節などがこれに該当し、大きさは数ミリメートルから数センチメートルまで様々です。
痛みの意味するもの
しこりに痛みが伴う場合、多くのケースで炎症や感染の存在を示唆しています。痛みは身体の防御反応の一つであり、何らかの異常事態が起きていることを知らせる重要なシグナルです。
「押すと痛い」耳たぶのしこりの主な原因
1. 炎症性粉瘤(感染性表皮嚢腫)
概要と発症メカニズム
炎症性粉瘤は、耳たぶのしこりで押すと痛い症状の最も一般的な原因です。通常の粉瘤(表皮嚢腫・アテローム)に細菌感染や内容物の漏出による炎症が加わった状態を指します。
粉瘤は、皮膚の表皮成分が皮下に埋入することで袋状の構造(嚢腫)が形成され、その中に角質や皮脂などの老廃物が蓄積されて生じる良性腫瘍です。近年の研究では、炎症性粉瘤の原因として、従来考えられていた細菌感染よりも、嚢腫の圧力による破裂とそれに伴う異物反応が主要な要因であることが明らかになっています。
症状の特徴
- 急激な腫れと痛み:比較的短期間で症状が悪化
- 発赤と熱感:患部が赤く腫れ上がり、熱を持つ
- 圧痛:軽く触れるだけでも強い痛みを感じる
- 脈打つような痛み:ズキズキとした拍動性の痛み
- 中央の黒い点:しこりの中心部に開口部(へそ)が見える場合がある
- 悪臭を伴う分泌物:膿や内容物が排出されることがある
治療方法
炎症性粉瘤の治療は、炎症の程度によって段階的に行われます:
軽度の炎症の場合
- 抗生物質の内服
- 抗炎症剤の投与
- 局所の冷却
中等度以上の炎症の場合
- 切開排膿処置
- 膿の除去と洗浄
- ガーゼドレナージ
- 抗生物質の投与
根治的治療 炎症が落ち着いた後に、再発防止のため嚢腫壁の完全摘出手術を実施します。最近では、炎症期でも一期的に摘出する手術法も開発されており、専門施設では同日での根治手術も可能になっています。
2. 毛嚢炎(毛包炎)
概要
毛嚢炎は、毛穴(毛包)に細菌が感染することで起こる炎症です。耳たぶにも細かい毛が生えており、これらの毛包に感染が生じることで小さなしこりが形成されます。
症状
- 小さな赤い腫れ
- 軽度から中等度の圧痛
- 中心に毛穴が見える
- 膿を持つことがある
治療
- 抗菌外用薬の塗布
- 必要に応じて抗生物質の内服
- 清潔保持
3. ピアス関連の感染症
ピアスホール感染
不適切なピアッシングや不十分なアフターケアにより、ピアスホール周囲に細菌感染が生じることがあります。
症状
- ピアスホール周囲の腫れと痛み
- 発赤と熱感
- 膿性分泌物
- ピアスの埋没
治療
- 感染部位の洗浄
- 抗生物質の投与
- 場合によってはピアスの一時的な除去
- シリコンチューブによるホール保持
4. リンパ節炎
概要
耳たぶ周辺には浅頸リンパ節や耳介周囲リンパ節が存在し、感染症に反応してこれらのリンパ節が腫脹することがあります。
原因
- 上気道感染(風邪、咽頭炎)
- 中耳炎
- 頭皮の感染症
- 歯科感染症
症状
- 可動性のあるしこり
- 圧痛
- 発熱や全身倦怠感
- 原疾患の症状(のどの痛み、鼻水など)
治療
- 原疾患の治療
- 抗炎症剤の投与
- 重症例では抗生物質の使用
5. その他の原因
外傷による血腫
- 打撲や圧迫による皮下出血
- 腫れと圧痛
- 時間とともに色調変化
アレルギー反応
- 金属アレルギー(ピアス、イヤリング)
- 化粧品や整髪料によるかぶれ
- 湿疹様の変化を伴う
症状の見分け方とセルフチェック
重要な観察ポイント
1. 痛みの性質
- 拍動性の痛み:炎症性粉瘤や膿瘍を示唆
- 圧痛のみ:リンパ節炎や軽度の感染
- 持続痛:重篤な感染症の可能性
2. しこりの特徴
- 大きさ:急速な増大は炎症を示唆
- 硬さ:柔らかい場合はリンパ節、硬い場合は炎症性粉瘤
- 可動性:リンパ節は可動性あり、粉瘤は皮膚に固着
- 表面の状態:発赤、熱感の有無
3. 随伴症状
- 発熱:全身感染の兆候
- 分泌物:感染や膿瘍の存在
- 周囲の腫れ:炎症の拡大
セルフチェックリスト
以下の項目に該当する場合は、早期の医療機関受診をお勧めします:
□ しこりが急速に大きくなっている □ 激しい痛みがある □ 発熱がある(37.5℃以上) □ 患部が著しく赤く腫れている □ 膿や血が出ている □ 1週間以上症状が改善しない □ しこりが2cm以上ある □ 複数のしこりがある
診断方法
医療機関での診察
問診
- 症状の経過
- ピアス歴
- 既往歴
- 薬物アレルギーの有無
視診・触診
- しこりの大きさ、硬さ、可動性
- 皮膚の色調変化
- 圧痛の程度
- 周囲組織の状態
画像検査
超音波検査
- 非侵襲的な検査方法
- しこりの内部構造を詳細に観察
- 血流の評価も可能
- リアルタイムでの観察
CT・MRI検査
- 深部組織の評価
- 周囲組織との関係性の把握
- 悪性腫瘍の除外診断
血液検査
- 感染症マーカー(白血球数、CRP)
- 炎症反応の評価
- 全身状態の把握
穿刺吸引細胞診
- 針を用いた組織採取
- 悪性腫瘍の除外
- 病理学的診断
治療方法の詳細
保存的治療
薬物療法
抗生物質
- 細菌感染が疑われる場合に使用
- 経口薬または注射薬
- セファロスポリン系、ペニシリン系が第一選択
- 症状に応じて7-14日間投与
抗炎症薬
- NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
- 痛みと炎症の軽減
- ロキソプロフェン、イブプロフェンなど
外用薬
- 抗菌軟膏
- ステロイド外用薬(炎症が強い場合)
局所処置
- 温罨法または冷罨法
- 患部の清拭と消毒
- 適切な保護
外科的治療
切開排膿術
適応
- 膿瘍形成がある場合
- 保存的治療で改善しない場合
手術方法
- 局所麻酔
- 膿瘍部の切開
- 膿の除去と洗浄
- ドレナージチューブの挿入
- 創部の適切な管理
摘出手術
くりぬき法(へそ抜き法)
- 小さな切開での摘出
- 傷跡が最小限
- 手術時間が短い
- 再発リスクがやや高い
- 2cm以下の病変に適応
切開法(紡錘形切除術)
- 病変を含めた皮膚の楕円形切除
- 確実な摘出が可能
- 再発率が低い
- やや大きな傷跡
- あらゆるサイズに対応可能
手術の流れ
術前準備
- 血液検査
- 手術説明と同意
- 感染症スクリーニング
手術当日
- 局所麻酔(極細針を使用し痛みを軽減)
- 手術野の消毒
- 病変の摘出(15-30分程度)
- 止血と縫合
- 創部保護
術後管理
- 抗生物質の予防投与
- 鎮痛薬の処方
- 創部の観察と処置指導
- 1週間後の抜糸
予防方法
日常生活での注意点
清潔保持
- 適切な洗顔と耳の清拭
- 清潔なタオルの使用
- 手指の清潔保持
ピアスケアの重要性
ピアッシング時の注意
- 信頼できる医療機関での施術
- 適切な器具の滅菌
- アフターケアの徹底
日常的なケア
- ピアスホールの定期的な洗浄
- 低アレルギー性素材の選択
- 重いピアスの長時間使用を避ける
- 就寝時のピアス除去
外傷予防
- 耳を強く掻かない
- 睡眠時の圧迫を避ける
- メガネフレームの調整
免疫力向上
生活習慣の改善
- 十分な睡眠(7-8時間)
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- ストレス管理
感染症予防
- 手洗い・うがいの励行
- 人混みでのマスク着用
- 体調不良時の早期対応

受診すべきタイミングと診療科選択
緊急受診が必要な症状
以下の症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください:
- 高熱(38℃以上)
- 激しい痛みで日常生活に支障がある
- 患部の急速な腫大
- 顔面全体の腫れ
- 開口障害や嚥下困難
- 意識状態の変化
早期受診を推奨する症状
- しこりが1週間以上持続
- 徐々に大きくなっている
- 軽度から中等度の痛み
- 分泌物がある
- 複数のしこりがある
適切な診療科の選択
皮膚科
こんな場合に適している
- 皮膚表面の変化が主体
- ピアス関連のトラブル
- アレルギー性皮膚炎
- 毛嚢炎
形成外科
こんな場合に適している
- 手術的治療が必要
- 美容的配慮が重要
- 粉瘤の摘出
- 傷跡の修正
耳鼻咽喉科
こんな場合に適している
- リンパ節炎が疑われる
- 中耳炎や上気道感染を伴う
- 耳介の広範囲な炎症
- 聴力への影響がある
治療費と保険適用
保険診療の範囲
診察・検査
- 初診料・再診料
- 画像検査(超音波、CT、MRI)
- 血液検査
- 病理検査
治療費
- 薬物療法
- 切開排膿術
- 摘出手術
- 術後フォローアップ
概算費用(3割負担の場合)
保存的治療
- 初診・薬代:約3,000-5,000円
- 再診・薬代:約1,000-2,000円
外科的治療
- 切開排膿術:約5,000-10,000円
- 摘出手術:約10,000-30,000円
- 病理検査:約3,000-5,000円
民間医療保険の適用
手術給付金の対象となる場合があります:
- 粉瘤摘出術
- 切開排膿術
- 入院を伴う手術
保険会社への事前確認をお勧めします。
よくある質問(FAQ)
A1: しこりのサイズが変動する場合、炎症の程度によって腫れが変化している可能性があります。一時的に小さくなっても、根本的な原因が解決されていない場合は再び悪化する可能性があるため、医師の診察を受けることをお勧めします。
A2: 軽微な炎症に対しては、抗炎症作用のある外用薬や痛み止めが症状緩和に役立つ場合があります。ただし、根本的な治療にはならないため、症状が改善しない場合や悪化する場合は医療機関を受診してください。
A3: 形成外科的技術により、できる限り目立たない傷跡になるよう配慮します。皮膚の自然なしわに沿った切開や、適切な縫合技術により、時間とともに傷跡は目立たなくなります。ただし、個人差や病変の大きさによって結果は異なります。
A4: 炎症性粉瘤の場合、膿の排出のみでは高い確率で再発します。根本的な治療である嚢腫壁の完全摘出により、再発率は大幅に低下します(95%以上の治癒率)。
Q5: ピアスはいつから再開できますか?
A5: 手術部位や治癒状況によって異なりますが、一般的には:
- 切開排膿術後:2-4週間
- 摘出手術後:4-6週間
- 医師の許可を得てから再開してください
Q6: 何科を受診すればよいか迷っています
A6: 症状に応じて以下の目安で選択してください:
- 痛みが強い場合:耳鼻咽喉科
- 皮膚の変化が主体:皮膚科
- 手術が必要な場合:形成外科
迷った場合は、まず皮膚科または形成外科を受診し、必要に応じて他科に紹介してもらうことも可能です。
まとめ
耳たぶのしこりで「押すと痛い」症状は、主に炎症や感染を示すサインです。最も一般的な原因である炎症性粉瘤をはじめ、毛嚢炎、ピアス関連感染症、リンパ節炎など、様々な病態が考えられます。
重要なポイントは以下の通りです:
早期発見・早期治療の重要性
- 症状の悪化を防ぐ
- 治療期間の短縮
- 合併症の予防
- 美容的な配慮
適切な医療機関の選択
- 症状に応じた診療科の選択
- 専門的な診断と治療
- アフターケアの充実
予防の大切さ
- 日常的な清潔保持
- 適切なピアスケア
- 生活習慣の改善
- 早期の症状への対応
自己判断の危険性
痛みのあるしこりは、身体からの重要な警告サインです。「様子を見る」という判断が症状の悪化や治療の困難さにつながる可能性があります。
当院では、患者様一人ひとりの症状に応じた適切な診断と治療を心がけております。些細な症状でも遠慮なくご相談ください。早期の適切な対応により、症状の改善と患者様の安心につながるよう努めてまいります。
参考文献
- 日本皮膚科学会. アテローム(粉瘤)に関する診療指針. https://www.dermatol.or.jp/qa/qa17/index.html
- 日本形成外科学会. 形成外科診療ガイドライン. https://jsprs.or.jp/docs/guideline/keiseigeka1.pdf
- 兵庫医科大学病院. 粉瘤(ふんりゅう)について. https://www.hosp.hyo-med.ac.jp/disease_guide/detail/195
- 日本医科大学形成外科学教室. ケロイド・傷あと外来. https://www.nms-prs.com/outpatient/09/index.html
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会. 頸部の腫れ・腫瘍について. 耳鼻咽喉科専門医向けガイドライン.
関連記事
- 東京(上野)のおすすめニキビ治療について徹底解説
- 東京(上野)のおすすめニキビ跡治療について徹底解説
- 東京(上野)のおすすめほくろ治療について徹底解説
- 東京(上野)でのおすすめイボ治療(保険診療、自由診療)を徹底解説
- 東京(上野)のおすすめ脂肪腫治療について徹底解説
- 東京(上野)のおすすめ粉瘤治療について徹底解説
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務