はじめに
突然皮膚に現れる赤い盛り上がりとかゆみ――多くの方が一度は経験したことがある「蕁麻疹(じんましん)」。特に現代社会においては、仕事のプレッシャーや人間関係などのストレスが多い環境で生活する中で、「ストレスが原因で蕁麻疹が出た」という話をよく耳にします。
では、ストレスと蕁麻疹には本当に関係があるのでしょうか?もしあるとすれば、どのようなメカニズムで起こり、どう対処すればよいのでしょうか?
本記事では、アイシークリニック上野院の専門医の視点から、蕁麻疹とストレスの関係について、最新の医学的知見を踏まえて詳しく解説いたします。症状に悩まれている方、予防したい方にとって有益な情報をお届けします。

蕁麻疹とは何か
蕁麻疹の定義と特徴
蕁麻疹とは、皮膚の一部が突然赤く盛り上がり(膨疹:ぼうしん)、強いかゆみを伴う皮膚疾患です。膨疹は蚊に刺されたような外見を呈し、数十分から24時間以内に跡を残すことなく消失するという特徴があります。
蕁麻疹の主な特徴
- 突然の発症
- 境界明瞭な赤い膨疹
- 強いかゆみ
- 24時間以内の自然消褪
- 跡を残さない
- 再発する傾向
蕁麻疹の名前の由来
「蕁麻疹」の「蕁麻」は、日本に自生するイラクサ(蕁麻)という植物に由来します。この植物の茎や葉にはヒスタミンが含まれており、とげに刺されると痛みやかゆみを引き起こします。イラクサによる発疹と似た症状であることから「蕁麻疹」と名付けられました。
蕁麻疹の分類
蕁麻疹は発症からの期間により以下のように分類されます:
急性蕁麻疹
- 発症から6週間以内に治まるもの
- 原因が比較的特定しやすい
- 子どもでは感染症に伴うことが多い
慢性蕁麻疹
- 6週間以上症状が継続するもの
- 原因の特定が困難
- 夕方から夜間にかけて症状が出やすい
- ストレスにより悪化する傾向
蕁麻疹の発症メカニズム
ヒスタミンの役割
蕁麻疹の発症には「ヒスタミン」という化学物質が中心的な役割を果たします。ヒスタミンは平常時、皮膚組織内の「肥満細胞(マスト細胞)」という細胞の中に蓄えられています。
何らかの刺激により肥満細胞からヒスタミンが放出されると、以下の反応が起こります:
- 血管拡張:皮膚の血管が拡張し、赤みが生じる
- 血管透過性亢進:血管から血漿成分が漏れ出し、膨疹が形成される
- 神経刺激:知覚神経が刺激され、かゆみが生じる
蕁麻疹を引き起こす因子
蕁麻疹を引き起こす因子は多岐にわたります:
アレルギー性因子
- 食物(エビ、カニ、魚類、果物など)
- 薬物(抗生物質、解熱鎮痛薬など)
- 昆虫(ハチ毒など)
- 植物
非アレルギー性因子
- 物理的刺激(摩擦、圧迫、寒冷、温熱、日光)
- 発汗
- 感染症
- 疲労・ストレス
- ホルモンの変化
ストレスと蕁麻疹の関係
ストレスは蕁麻疹の直接的原因か?
結論から申し上げると、ストレス単体が蕁麻疹の直接的で唯一の原因となることは稀です。しかし、ストレスは蕁麻疹の症状を誘発したり、悪化させたりする「極めて重要な増悪因子」であることが、多くの研究で明らかになっています。
医学的には、ストレスが蕁麻疹に与える影響について以下のように考えられています:
- ストレス自体が蕁麻疹の原因になることはない
- 症状を悪化させる背景因子として作用する
- 蕁麻疹を発症しやすい状態を作り出す
- 特発性蕁麻疹(原因不明の蕁麻疹)において重要な役割を果たす
精神神経免疫学(PNI)の観点から
私たちの心(脳)と皮膚は、互いに情報をやり取りする密接な関係にあります。この関係性を研究する学問を「精神神経免疫学(Psychoneuroimmunology: PNI)」と呼びます。
皮膚は単なる体のバリアではなく、ストレスを敏感に感じ取る「感覚器」であり、ストレス反応が現れる「標的器官」でもあるのです。
ストレスが蕁麻疹を引き起こすメカニズム
ストレスが蕁麻疹につながる具体的なメカニズムは以下の通りです:
1. 脳がストレスを感知 心理的なストレスを感じると、脳の視床下部から指令が出されます。
2. 神経系の活性化 この指令により、皮膚に分布している末梢神経が活性化されます。
3. 神経ペプチドの放出 活性化した神経の末端から、「サブスタンスP」などの神経ペプチドという物質が放出されます。
4. 肥満細胞の直接刺激 このサブスタンスPが、皮膚にいる肥満細胞に直接働きかけ、ヒスタミンを放出させます。
5. 蕁麻疹の発症 放出されたヒスタミンにより、血管拡張、血管透過性亢進、かゆみが生じ、蕁麻疹となって現れます。
自律神経系への影響
ストレスは自律神経系にも大きな影響を与えます:
交感神経の活性化
- 血管収縮や心拍数増加
- 免疫細胞の反応変化
- ヒスタミン放出の閾値低下
免疫システムの変調
- ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌
- 免疫反応のバランス変化
- 炎症反応の増強
ストレス性蕁麻疹の特徴
症状の特徴
ストレスが関与する蕁麻疹には以下のような特徴があります:
発症パターン
- 夕方から夜間にかけて出現しやすい
- ストレスの多い日や翌日に発症
- 週末や休日に軽快する傾向
- 環境変化のタイミングで発症
症状の性質
- 膨疹のサイズが変動しやすい
- 全身に散在して出現
- かゆみが強い傾向
- 精神的な緊張時に悪化
よくある発症シチュエーション
仕事関連のストレス
- 重要なプレゼンテーション前
- 締切に追われている時期
- 職場の人間関係の悩み
- 昇進や転職などの環境変化
プライベートのストレス
- 受験や就職活動
- 引っ越しや転校
- 家族関係の問題
- 経済的な不安
生活習慣の乱れ
- 睡眠不足が続いている
- 食事が不規則
- 運動不足
- 過度の飲酒や喫煙
蕁麻疹の診断方法
医療機関での診断プロセス
蕁麻疹の診断は主に以下の手順で行われます:
1. 問診
- 症状の出現パターン
- 持続時間
- 誘因となる可能性のある因子
- 既往歴や家族歴
- 現在服用中の薬剤
2. 視診
- 膨疹の形状、大きさ、分布
- 色調や境界の状態
- 随伴症状の有無
3. 必要に応じた検査
血液検査
- IgE値の測定
- 特異的IgE抗体検査(アレルゲン特定)
- 炎症マーカー(CRP、白血球数)
- 自己抗体検査(慢性蕁麻疹の場合)
皮膚テスト
- プリックテスト
- 皮内テスト
- パッチテスト
負荷試験
- 食物負荷試験
- 薬物負荷試験
- 物理的負荷試験
診断の注意点
蕁麻疹の約80%は原因が特定できない「特発性蕁麻疹」に分類されます。これは、様々な要因が複合的に絡み合って発症するためです。
ストレスが関与する蕁麻疹の場合、決定的な診断方法は存在せず、以下の要素を総合的に判断します:
- ストレスの多い生活環境
- 症状の出現パターン
- 他の原因の除外
- ストレス軽減時の症状改善
治療法とアプローチ
薬物療法
抗ヒスタミン薬 蕁麻疹治療の第一選択薬です。
第2世代抗ヒスタミン薬(推奨)
- セチリジン(ジルテック)
- フェキソフェナジン(アレグラ)
- ロラタジン(クラリチン)
- レボセチリジン(ザイザル)
- デスロラタジン(デザレックス)
これらは眠気の副作用が少なく、1日1回の服用で効果が持続します。
第1世代抗ヒスタミン薬
- ジフェンヒドラミン
- クロルフェニラミン
即効性がありますが、眠気や口渇などの副作用があります。
その他の薬物
ステロイド薬
- 重症例や抗ヒスタミン薬無効例に短期間使用
- 長期使用は副作用のリスクあり
免疫抑制薬
- シクロスポリン
- 難治性慢性蕁麻疹に使用
抗体製剤
- オマリズマブ(ゾレア)
- 慢性蕁麻疹の新しい治療選択肢
外用薬
- かゆみ止めの塗り薬
- 冷却効果のあるローション
- ステロイド外用薬(炎症が強い場合)
非薬物療法
ストレス管理 蕁麻疹の治療において、薬物だけでなくストレス対策は非常に重要です。
リラクゼーション法
- 深呼吸法
- 漸進的筋弛緩法
- 瞑想
- ヨガ
認知行動療法
- ストレス認知の改善
- 問題解決スキルの習得
- 思考パターンの修正
カウンセリング
- 心理的負担の軽減
- ストレス要因の整理
- 対処法の検討
生活習慣の改善
睡眠の質向上
- 規則正しい睡眠時間
- 睡眠環境の整備
- 就寝前のリラックス
適度な運動
- 有酸素運動
- ストレッチ
- 散歩
栄養バランス
- 規則正しい食事
- バランスの取れた栄養摂取
- アルコールの制限
予防法とセルフケア
日常生活でできる予防対策
ストレス要因の特定と管理
ストレス日記の活用
- 症状の出現時期とストレス要因を記録
- パターンの把握
- 対策の効果測定
環境調整
- 職場環境の改善
- 人間関係の整理
- 生活環境の見直し
生活リズムの安定化
睡眠習慣
- 毎日同じ時間に就寝・起床
- 7-8時間の十分な睡眠
- 昼寝は30分以内
食事習慣
- 規則正しい食事時間
- 暴飲暴食の回避
- カフェインやアルコールの制限
症状が出た時の対処法
急性期の対応
冷却
- 患部を冷たいタオルで冷やす
- 保冷剤をタオルで包んで使用
- 冷たいシャワーで患部を冷やす
掻破の防止
- 爪を短く切る
- 手袋の着用
- 気をそらす活動
刺激の回避
- 締め付ける衣服を避ける
- 熱いお風呂を避ける
- 激しい運動を控える
環境調整
室内環境
- 適切な温度・湿度の維持
- 清潔な環境の保持
- アレルゲンの除去
医療機関受診の目安
以下の症状がある場合は、速やかに医療機関を受診してください:
緊急受診が必要な症状
- 呼吸困難
- 嚥下困難
- 血圧低下
- 意識障害
- 全身の急激な腫れ
早期受診を推奨する症状
- 症状が1週間以上持続
- 日常生活に支障をきたす
- 市販薬で改善しない
- 発熱を伴う
- 症状が悪化している
慢性蕁麻疹とストレスの長期管理
慢性蕁麻疹の特徴
慢性蕁麻疹は6週間以上症状が継続する状態で、以下の特徴があります:
- 原因の特定が困難(約80-90%)
- ストレスとの関連が強い
- 夕方から夜間に悪化しやすい
- 数か月から数年継続することがある
長期管理のポイント
薬物療法の継続
- 定期的な服薬
- 症状に応じた薬剤調整
- 副作用のモニタリング
ライフスタイルの見直し
- ストレス管理の習慣化
- 規則正しい生活リズム
- 適度な運動習慣
心理的サポート
- 家族の理解と協力
- 患者会への参加
- 専門的なカウンセリング
社会生活への影響と対策
慢性蕁麻疹は生活の質(QOL)に大きな影響を与える可能性があります:
仕事への影響
- 集中力の低下
- 外見への不安
- 通院による時間的制約
対策
- 職場での理解促進
- 柔軟な勤務体制の検討
- ストレス軽減策の実施
社会生活への影響
- 対人関係への不安
- 外出への躊躇
- 趣味活動の制限
対策
- 正しい知識の共有
- サポートグループの活用
- 段階的な社会復帰

よくある質問と回答
A: いいえ、蕁麻疹は感染症ではありませんので、他人にうつることはありません。ストレスによる蕁麻疹も同様です。
A: 発汗や体温上昇により症状が悪化する可能性があるため、症状が出ている間は激しい運動は控えることをお勧めします。軽いストレッチや散歩程度なら問題ありません。
A: アルコールは血管拡張作用があり、蕁麻疹を悪化させる可能性があります。ストレス解消には他の方法を選択することをお勧めします。
A: 軽症の場合は市販の抗ヒスタミン薬で改善することもありますが、症状が続く場合や重症の場合は医療機関での適切な診断と治療が必要です。
A: 原因が多岐にわたるため完全な予防は困難ですが、ストレス管理や生活習慣の改善により発症リスクを大幅に減らすことは可能です。
まとめ
蕁麻疹とストレスの関係について、現在の医学的知見をまとめると以下のようになります:
重要なポイント
- ストレスは蕁麻疹の直接的原因ではないが、重要な増悪因子である
- 心と皮膚は密接に関連しており、ストレスが症状に大きく影響する
- 治療には薬物療法とストレス管理の両方が重要
- 予防には規則正しい生活習慣とストレス対策が効果的
- 症状が持続する場合は専門医への相談が必要
患者さんへのメッセージ
蕁麻疹は決して珍しい疾患ではなく、適切な治療により症状をコントロールすることが可能です。ストレスが関与している場合は、薬物療法だけでなく、生活習慣の見直しやストレス管理も治療の重要な要素となります。
症状に悩まれている方は、一人で抱え込まずに専門医に相談し、適切な診断と治療を受けることをお勧めします。
参考文献
- 公益社団法人日本皮膚科学会「蕁麻疹診療ガイドライン2018」 https://www.dermatol.or.jp/
- 一般社団法人日本アレルギー学会「アレルギーポータル – 蕁麻疹(じんましん)」 https://www.jsaweb.jp/
- 厚生労働省「アレルギー疾患対策推進協議会」 https://www.mhlw.go.jp/
- 神奈川県「アレルギー疾患の主な症状と予防」 https://www.pref.kanagawa.jp/
- 公益社団法人日本皮膚科学会「アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2024」
- 日本皮膚科学会雑誌「皮膚科領域のバイオマーカーアップデート」134巻11号, 2024年
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務