はじめに
顔にできる色素沈着は、多くの方が悩まれる肌トラブルの一つです。特に30代以降の女性では、頬骨周辺に現れる茶色い斑点に困惑される方が多く見受けられます。「これはシミなのか、それとも肝斑なのか」という疑問は、美容皮膚科のクリニックでも頻繁にいただくご質問です。
肝斑とシミ(老人性色素斑など)は、見た目が似ているものの、発生原因や適切な治療法が大きく異なります。間違った自己判断により不適切なケアを続けることで、症状が悪化したり、期待した改善効果が得られなかったりするケースも少なくありません。
本記事では、専門医の視点から、肝斑とシミの特徴的な違いや見分け方について詳しく解説いたします。正しい知識を身につけることで、より効果的な治療選択ができるようになることを目指しています。

肝斑(かんぱん)とは
肝斑の定義と特徴
肝斑は、主に女性の顔面に現れる後天性の色素沈着症です。医学的には「melasma(メラズマ)」とも呼ばれ、メラニン色素の異常な蓄積によって生じます。この疾患は1956年に日本の皮膚科医によって初めて詳細に記載され、その後の研究により発生メカニズムが徐々に解明されてきました。
肝斑という名称は、その色調が動物の肝臓の色に似ていることから命名されました。実際の肝臓の機能とは全く関係がないため、「肝臓が悪いから肝斑ができる」というのは医学的に誤った認識です。
肝斑の典型的な症状
形状と分布パターン
- 左右対称性:最も特徴的なのは、顔の左右に対称的に現れることです
- 好発部位:頬骨部、前額部、鼻背部、上唇部に多く発生
- 境界:比較的明瞭な境界を持ちますが、周囲への漸次的な移行も見られます
- 形状:蝶が羽を広げたような形(butterfly pattern)を呈することが多い
色調の特徴
- 淡褐色から濃褐色の色素沈着
- 季節や体調により濃淡が変化する
- 妊娠中や月経前に濃くなる傾向
- 紫外線露出後に一時的に濃化
肝斑の発生年齢と性差
肝斑は圧倒的に女性に多い疾患で、男女比は約9:1とされています。発症年齢のピークは30~40代で、この年代が全体の約70%を占めます。閉経後は新たな発症は少なくなりますが、既存の肝斑が完全に消失することは稀です。
男性における肝斑は稀ですが、全く発症しないわけではありません。男性の場合、慢性的な紫外線暴露や特定の薬剤の使用が関与していることが多いとされています。
シミの種類と特徴
老人性色素斑(日光性黒子)
最も一般的なシミの種類で、加齢と紫外線暴露によって生じます。以下の特徴があります:
形状・分布
- 不規則な円形から楕円形
- 境界が比較的明瞭
- 単発または多発性
- 露光部(顔面、手背、前腕など)に好発
色調・経過
- 初期は淡褐色、徐々に濃褐色へ
- 大きさは数mm~数cm
- 経時的に増大・濃化する傾向
- 季節変化は比較的少ない
雀卵斑(そばかす)
遺伝的素因が強く関与する色素斑です:
特徴的所見
- 小さな点状の色素斑(1-3mm程度)
- 鼻根部から頬部に散在
- 幼児期から出現
- 日光暴露により濃化
- 欧米系の人種に多い
炎症後色素沈着
皮膚の炎症後に生じる二次的な色素沈着:
発生機序と特徴
- ニキビ、湿疹、外傷後に発生
- 炎症部位と一致した分布
- 時間経過とともに自然軽快することが多い
- 個人差により持続期間が大きく異なる
脂漏性角化症
加齢に伴う良性腫瘍で、シミと鑑別が必要:
特徴的所見
- 隆起性病変
- 表面がざらざらしている
- 「貼り付けたような」外観
- 老人性疣贅とも呼ばれる
肝斑とシミの見分け方:具体的なポイント
1. 分布パターンによる鑑別
肝斑の分布パターン 肝斑は以下の3つの典型的なパターンを示します:
- 頬骨型(malar pattern):最も頻度が高く、頬骨部を中心とした分布
- 中心顔面型(centrofacial pattern):額、鼻、頬、上唇を含む広範囲な分布
- 下顎型(mandibular pattern):下顎角部周辺の分布
これらは必ず左右対称性を示すことが重要な鑑別点です。
シミの分布パターン 老人性色素斑は:
- 左右非対称的な分布が多い
- 紫外線暴露量に応じた不規則な分布
- 単発から多発まで様々
2. 境界の性状による鑑別
肝斑
- 境界は比較的明瞭だが、周辺部では漸次的に正常皮膚へ移行
- 「ぼかしを入れたような」境界
- 内部の色調が比較的均一
老人性色素斑
- 境界明瞭で「切り取られたような」外観
- 内部の色調が不均一なことが多い
- 辺縁が不整なことがある
3. 色調と濃淡の変化
肝斑の色調変化
- 月経周期に伴う変化:月経前に濃化
- 妊娠・授乳期の変化:妊娠中に濃化し、出産後に軽快することがある
- 季節変動:夏季に濃化、冬季に軽快
- 精神的ストレスによる変化
シミの色調変化
- 基本的に徐々に濃化
- 季節変動は少ない
- ホルモン変化による影響は軽微
4. 発症年齢と性別
項目 | 肝斑 | 老人性色素斑 |
---|---|---|
好発年齢 | 30-50代 | 40代以降 |
性差 | 女性が圧倒的に多い(9:1) | 男女差は比較的少ない |
妊娠との関連 | あり | なし |
ホルモン剤との関連 | あり | なし |
肝斑とシミの原因の違い
肝斑の発生原因
内分泌因子 肝斑の発症には女性ホルモンが深く関与しています:
- エストロゲンとプロゲスチンの影響:これらのホルモンがメラノサイトを刺激し、メラニン産生を促進します
- 妊娠性肝斑(妊娠性色素沈着):妊娠中のホルモン変動により発症し、出産後に軽快することがあります
- 経口避妊薬やHRT(ホルモン補充療法):これらの使用により肝斑が誘発される場合があります
遺伝的要因
- 家族歴のある患者が多い
- 特定の人種(アジア系、ヒスパニック系)に多い
- 肌質(Fitzpatrick skin type III-V)が関与
環境因子
- 紫外線:直接的な原因ではないが、既存の肝斑を悪化させる
- 化粧品による接触皮膚炎:炎症が肝斑を悪化させる可能性
- 精神的ストレス:視床下部-下垂体-副腎軸への影響
シミ(老人性色素斑)の発生原因
光老化 老人性色素斑の主要な原因は紫外線による光老化です:
- UV-B(280-320nm):DNA損傷を引き起こし、メラノサイトを活性化
- UV-A(320-400nm):真皮深層まで到達し、活性酸素を産生
- 累積的紫外線暴露:長年の蓄積により発症
加齢変化
- 皮膚のターンオーバーの低下
- メラニン排出機能の低下
- 抗酸化機能の低下
- DNA修復機能の低下
その他の因子
- 遺伝的素因
- 生活習慣(喫煙、栄養状態など)
- 化学物質への暴露
診断方法と検査
視診による診断
問診の重要性
- 発症時期と経過
- 家族歴の有無
- 妊娠・出産歴
- 薬剤使用歴(特にホルモン剤)
- 化粧品の使用状況
- 日焼け歴
視診のポイント
- 分布パターンの確認
- 左右対称性の評価
- 境界の性状
- 色調の均一性
- 隆起の有無
ダーモスコピー検査
ダーモスコピー(皮膚拡大鏡)は、肉眼では判別困難な詳細な観察を可能にします:
肝斑のダーモスコピー所見
- 網目状のメラニンパターン
- 均一な色調分布
- 血管透見性の低下
- 表面平滑
老人性色素斑のダーモスコピー所見
- 不規則なメラニンパターン
- 色調の不均一性
- 境界明瞭な色素沈着
- 場合により毛包開口部の拡大
ウッド灯検査
ウッド灯(長波紫外線)照射により、メラニンの局在を詳細に観察できます:
肝斑
- 真皮型:ウッド灯で増強されない
- 表皮型:ウッド灯で増強される
- 混合型:部分的な増強を示す
老人性色素斑
- 多くの場合、ウッド灯で増強される
- メラニンが主に表皮内に存在
必要に応じて行う検査
皮膚生検
- 診断困難な症例
- 悪性の可能性が疑われる場合
- 他の色素性疾患との鑑別
血液検査
- ホルモン値の測定(必要時)
- 甲状腺機能検査
- 肝機能検査
治療法の違い
肝斑の治療
内服治療
- トラネキサム酸:プラスミンの働きを阻害し、メラノサイト活性化を抑制
- ビタミンC:抗酸化作用とメラニン還元作用
- ビタミンE:抗酸化作用
- L-システイン:メラニン産生抑制
外用治療
- ハイドロキノン:メラニン産生抑制、既存メラニンの還元
- トレチノイン:ターンオーバー促進、メラニン排出促進
- コウジ酸:チロシナーゼ阻害
- アルブチン:穏やかなメラニン産生抑制
レーザー治療の注意点 肝斑に対するレーザー治療は慎重な適応が必要です:
- レーザートーニング:低出力でのQスイッチレーザー照射
- 従来のシミ取りレーザー:肝斑を悪化させる危険性
- 治療前の十分な診断:肝斑とシミの併存例での個別対応
シミ(老人性色素斑)の治療
レーザー治療 老人性色素斑の第一選択治療:
- Qスイッチレーザー:短時間高出力でメラニンを破壊
- IPL(光治療):複数の波長で広範囲治療
- ピコレーザー:より短いパルス幅で効果的破壊
冷凍凝固療法
- 液体窒素による凍結治療
- 外来での簡便な治療
- 色素脱失のリスクあり
ケミカルピーリング
- グリコール酸、サリチル酸など
- 軽度のシミに効果的
- 複数回の治療が必要
外用治療
- ハイドロキノン
- トレチノイン
- レーザー治療との併用で効果増強
治療効果と期間
肝斑治療の経過
内服・外用治療
- 治療開始から効果実感まで:3-6か月
- 明らかな改善まで:6-12か月
- 治療中断による再発:高確率
- 長期的な維持治療の必要性
レーザートーニング
- 治療間隔:2-4週間
- 必要回数:10-20回
- 効果の個人差が大きい
- 治療後の維持療法が重要
シミ治療の経過
レーザー治療
- 即効性あり:1-2回で改善
- 治療後の色素沈着:一時的(2-6か月)
- 再発率:比較的低い
- 新しいシミの予防が重要
その他の治療
- ケミカルピーリング:3-6か月で改善
- 外用治療:6-12か月で改善
- IPL:2-4か月で改善
予防と生活指導
肝斑の予防
ホルモンバランスの管理
- 規則正しい生活習慣
- 十分な睡眠
- ストレス管理
- 適度な運動
スキンケア
- 刺激の少ない化粧品の選択
- 過度な摩擦の回避
- 保湿の徹底
- 適切な洗顔方法
紫外線対策
- 日焼け止めの適切な使用
- 帽子・日傘の活用
- 日陰での活動
- UV指数の確認
シミの予防
光老化の予防
- 年間を通じた紫外線対策
- 適切なSPF値の日焼け止め(SPF30以上)
- PA値の確認(PA+++以上推奨)
- 2-3時間ごとの塗り直し
生活習慣の改善
- 抗酸化物質の摂取
- 十分な水分摂取
- 禁煙
- アルコールの適量摂取
スキンケア
- 適切な保湿
- 刺激の回避
- 定期的な角質ケア
- 抗酸化化粧品の使用
専門医による診断の重要性
自己診断の危険性
誤診による不適切な治療
- 肝斑をシミと誤認:レーザー治療により悪化
- シミを肝斑と誤認:効果的な治療機会の逸失
- 複数病変の見落とし:部分的な改善にとどまる
市販薬の限界
- 診断なしでの治療は効果が不確実
- 副作用のリスク
- 経済的負担の増大
皮膚科専門医による診断のメリット
正確な診断
- 豊富な経験に基づく判断
- 専用機器による詳細観察
- 鑑別診断の実施
- 病変の記録と経過観察
個別化された治療計画
- 患者の状況に応じた治療選択
- 複数治療の組み合わせ
- 副作用のモニタリング
- 効果判定と治療修正
長期的なフォローアップ
- 治療効果の評価
- 再発の早期発見
- 新病変の発見
- 治療の最適化
よくある質問と回答
A: はい、同一人物に肝斑と老人性色素斑が併存することは珍しくありません。特に40代以降の女性では、両方の病変が混在していることが多く、それぞれに適した治療が必要になります。この場合、専門医による詳細な診断が特に重要になります。
A: 妊娠中に出現した肝斑(妊娠性肝斑)は、出産後のホルモンバランスの正常化に伴い軽快する場合がありますが、完全に消失することは少ないとされています。授乳期間中はホルモンの影響が続くため、授乳終了後の改善を待つことが多いです。
A: レーザートーニングは適切な条件下で行えば肝斑に有効な治療法の一つです。ただし、従来のシミ取りレーザーと異なり、低出力で複数回の治療が必要です。治療前の正確な診断と、経験豊富な医師による施術が重要です。
A: 肝斑は慢性的な疾患のため、治療を中断すると再発・悪化する可能性が高いです。特に内服薬の中断後は数か月で元の状態に戻ることが多いため、医師と相談の上で長期的な治療計画を立てることが重要です。
A: 男性の肝斑は稀ですが、全く発症しないわけではありません。男性の場合、慢性的な紫外線暴露や特定の薬剤の影響、まれにホルモンバランスの異常が関与することがあります。
まとめ
肝斑とシミ(老人性色素斑)の見分け方について詳しく解説してまいりました。両者は見た目が似ているものの、発生原因、症状の特徴、適切な治療法が大きく異なることがお分かりいただけたでしょうか。
重要なポイントの再確認
- 分布パターン:肝斑は左右対称、シミは非対称的
- 発症年齢:肝斑は30-50代女性、シミは40代以降男女問わず
- ホルモンとの関連:肝斑は密接、シミは関連薄い
- 治療法:肝斑は内服・外用中心、シミはレーザー治療が第一選択
- 治療期間:肝斑は長期間の治療と維持が必要
適切な診断と治療のために
色素沈着の治療において最も重要なのは、正確な診断に基づいた適切な治療選択です。自己判断による間違った治療は、症状の悪化や治療期間の延長、不必要な費用負担につながる可能性があります。
皮膚科専門医による詳細な診察を受け、個々の症状に最適化された治療計画を立てることが、効果的な改善への最良の道筋となります。また、治療開始後も定期的な経過観察により、治療効果を評価し、必要に応じて治療方針を調整していくことが重要です。
美しい肌の維持は一朝一夕には実現できませんが、正しい知識と適切な治療により、確実な改善を期待することができます。気になる症状がございましたら、お気軽に皮膚科専門医にご相談ください。
参考文献
- 日本皮膚科学会. “皮膚科診療ガイドライン”. 日本皮膚科学会誌. https://www.dermatol.or.jp/
- 日本美容皮膚科学会. “美容皮膚科診療指針”. https://www.jadcs.or.jp/
- 厚生労働省. “化粧品・医薬部外品等の安全対策”. https://www.mhlw.go.jp/
- 日本色素細胞学会. “色素細胞研究の進歩”. http://square.umin.ac.jp/jspcr/
- 環境省. “紫外線環境保健マニュアル”. https://www.env.go.jp/
- 日本抗加齢医学会. “アンチエイジング医学の実践”. https://www.anti-aging.gr.jp/
- 日本レーザー医学会. “レーザー治療のガイドライン”. http://www.jslsm.or.jp/
- 日本臨床皮膚科医会. “皮膚疾患の診断と治療”. https://www.jocd.org/
- 日本皮膚科学会東京支部. “皮膚科専門研修カリキュラム”. https://www.tokyo-derma.or.jp/
- 国立がん研究センター. “がん情報サービス”. https://ganjoho.jp/
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務