はじめに
足の付け根にしこりを発見すると、多くの方が不安を感じるものです。この部位は医学的には「鼠径部(そけいぶ)」と呼ばれ、さまざまな病気が起こりうる重要な部位です。しこりの原因は良性のものから注意が必要なものまで多岐にわたるため、適切な知識を持つことが重要です。
本記事では、足の付け根のしこりについて、その原因となる病気、症状の特徴、診断方法、治療法、そして受診の目安について詳しく解説いたします。

鼠径部とは
鼠径部は、左右の太ももの付け根にある溝の内側に位置する三角形状の部分で、股関節の前方にあたります。この部位には「鼠径管」という細い管があり、男性では精索、女性では子宮円索が通っています。また、動脈、静脈、リンパ管、神経などの重要な構造物が集中している部位でもあります。
「鼠径部」という名称の由来は興味深く、男性が生まれる直前に精巣(睾丸)が腹部から陰嚢へと移動する様子が、まるで鼠が移動しているように見えることから名付けられたとされています。
この部位は「Vライン」とも呼ばれ、リンパ節が多く集まる場所としても知られています。そのため、感染症や免疫系の異常により、しこりや腫れが生じやすい部位でもあります。
足の付け根のしこりの主な原因
足の付け根にしこりができる原因は多様ですが、主なものとして以下が挙げられます。
1. 鼠径ヘルニア(脱腸)
鼠径ヘルニアは、鼠径部にしこりができる最も代表的な病気の一つです。鼠径部の筋肉に弱い部分があると、そこから腸などの内臓が皮下に飛び出してしまう状態を指します。
特徴的な症状:
- 立位や腹圧をかけた時に現れるピンポン球大の柔らかい膨らみ
- 横になると自然に引っ込むことが多い
- 初期は痛みがないことが多い
- 進行すると違和感や痛みを伴うようになる
鼠径ヘルニアは小児から高齢者まで幅広い年齢層で発症しますが、特に40代以上の男性に多く見られます。研究によると、男性の約3人に1人が生涯に一度は鼠径ヘルニアを発症するとされています。
注意すべき合併症: 放置すると「嵌頓(かんとん)」という危険な状態になる可能性があります。これは、飛び出した腸が筋肉の隙間で締め付けられ、血流が悪くなる状態です。腸壊死や腹膜炎を引き起こす可能性があるため、緊急手術が必要になることがあります。
2. リンパ節腫脹
鼠径部には多くのリンパ節が存在し、感染症や悪性疾患により腫脹することがあります。
感染症によるリンパ節腫脹:
- 下肢の傷口からの細菌感染
- 性感染症(梅毒、クラミジア、ヘルペスなど)
- ウイルス感染症
腫瘍性リンパ節腫脹:
- 悪性リンパ腫
- 他臓器からのがん転移
リンパ節腫脹の特徴:
- 通常1cm以上の腫脹で病的意義がある
- 感染性の場合:痛みを伴い、可動性があることが多い
- 腫瘍性の場合:無痛性で硬く、可動性が乏しいことが多い
- 発熱や全身症状を伴うことがある
3. 皮下腫瘤
粉瘤(アテローム): 皮膚の下に袋状の構造ができ、その中に角質や皮脂が蓄積した良性の腫瘤です。鼠径部は摩擦や蒸れが多いため、粉瘤ができやすい部位の一つです。
- 通常は痛みがない
- 感染すると赤く腫れ、痛みを伴う
- 中央に小さな開口部があることがある
脂肪腫: 脂肪細胞が増殖してできる良性の腫瘍です。
- 柔らかく、可動性がある
- 通常は痛みがない
- ゆっくりと大きくなることがある
4. 女性特有の疾患
ヌック管水腫: 女性特有の疾患で、ヌック管と呼ばれる部分に液体が蓄積する病気です。
- 固いしこりとして触れる
- 押しても引っ込まない
- 子宮内膜症と関連することがある
- 生理周期に伴って大きさが変化することがある
大腿ヘルニア: 女性に多く見られるヘルニアの一種で、鼠径部のやや下側に膨らみが生じます。
- 嵌頓のリスクが高い
- 比較的痩せ型の高齢女性に多い
5. 血管系の疾患
動脈瘤・静脈瘤: 鼠径部の血管に瘤ができることで、しこりとして触れることがあります。
- 拍動を感じることがある
- 血流障害や痛みを伴う場合がある
6. その他の疾患
精索水腫・陰嚢水腫(男性): 精索や陰嚢に液体が蓄積する疾患で、鼠径部から陰嚢にかけての腫脹として現れることがあります。
鼠径部痛症候群: 運動選手、特にサッカー選手に多く見られる疾患で、しこりは伴わないものの鼠径部に痛みを生じます。
症状の特徴と鑑別ポイント
足の付け根のしこりを評価する際には、以下の特徴を観察することが重要です。
しこりの性状による分類
柔らかいしこり:
- 鼠径ヘルニア
- 脂肪腫
- リンパ節腫脹(感染性)
硬いしこり:
- 悪性リンパ腫
- がんの転移
- 粉瘤(感染時)
可動性による分類
可動性のあるしこり:
- 脂肪腫
- 粉瘤
- 良性リンパ節腫脹
可動性の乏しいしこり:
- 悪性腫瘍
- 周囲組織に浸潤した病変
痛みの有無
痛みを伴うしこり:
- 感染性リンパ節炎
- 感染性粉瘤
- 炎症性疾患
痛みを伴わないしこり:
- 悪性腫瘍
- 脂肪腫
- 鼠径ヘルニア(初期)
時間経過による変化
急速に出現・増大するしこり:
- 感染性疾患
- 急性リンパ節炎
- 悪性腫瘍(一部)
ゆっくりと変化するしこり:
- 良性腫瘍
- 慢性炎症
- 鼠径ヘルニア
診断方法
足の付け根のしこりの診断には、以下のような方法が用いられます。
問診
医師は以下の点について詳しく聞き取りを行います:
- しこりに気づいた時期
- 大きさの変化
- 痛みの有無と性質
- 発熱の有無
- 既往歴や家族歴
- 職業や生活習慣
- 服用中の薬剤
身体診察
視診:
- 立位での膨らみの有無
- 皮膚の色調変化
- 左右差の確認
触診:
- しこりの大きさ、硬さ、可動性
- 圧痛の有無
- 還納性(押すと引っ込むかどうか)
- 周囲リンパ節の触診
特殊な手技:
- 腹圧をかけた状態での観察
- 咳嗽時の変化の確認
画像検査
超音波検査: 鼠径部の病変の診断において、最も有用で侵襲の少ない検査です。
- 検査時間:2-10分程度
- 被曝なし
- しこりの内部構造を観察可能
- 血流の評価も可能
- 感度86%、特異度77%(鼠径ヘルニアの診断において)
CT検査: より詳細な画像情報が必要な場合に実施されます。
- 客観的な画像評価が可能
- 深部の病変も描出可能
- 感度80%、特異度65%(鼠径ヘルニアの診断において)
- 放射線被曝あり
MRI検査: 軟部組織のコントラストに優れ、詳細な評価が可能です。
- 放射線被曝なし
- 軟部組織の詳細な評価が可能
- 検査時間が長い
- 費用が高額
血液検査
リンパ節腫脹が疑われる場合や全身疾患が考えられる場合に実施されます。
一般的な検査項目:
- 白血球数・白血球分画
- CRP(炎症反応)
- LDH(細胞破壊の指標)
- 肝機能検査
- 腎機能検査
特殊検査:
- 腫瘍マーカー
- 感染症検査(梅毒、HIV、EBVなど)
- 自己免疫疾患関連検査
病理検査
悪性疾患が疑われる場合や診断が困難な場合に実施されます。
細胞診:
- 穿刺吸引細胞診(FNA)
- 低侵襲
- 迅速診断が可能
組織診:
- 針生検
- 手術的生検
- 確定診断が可能
治療法
治療法は原因疾患によって大きく異なります。
鼠径ヘルニアの治療
鼠径ヘルニアは自然治癒することがないため、手術が唯一の根本的治療法です。
手術適応:
- 症候性鼠径ヘルニア:原則として手術適応
- 無症候性鼠径ヘルニア:手術または経過観察
主な手術方法:
- 鼠径部切開法:
- 従来からの標準的手術
- 局所麻酔で施行可能
- 日帰り手術が可能
- 腹腔鏡手術:
- 低侵襲手術
- 早期回復が期待できる
- 全身麻酔が必要
- 両側同時手術が可能
- メッシュを用いた修復術:
- 再発率が低い
- 現在の標準的治療
- 術後の慢性疼痛リスクがある
リンパ節腫脹の治療
感染性リンパ節腫脹:
- 抗菌薬治療
- 抗炎症薬
- 原因感染症の治療
- 短期間のステロイド使用(一部の症例)
腫瘍性リンパ節腫脹:
- 悪性リンパ腫:化学療法、放射線療法
- 固形がんの転移:原発巣の治療
- 集学的治療が必要
皮下腫瘤の治療
粉瘤:
- 無症状:経過観察
- 感染時:抗菌薬治療、切開排膿
- 根治的治療:外科的切除
脂肪腫:
- 原則として経過観察
- 大きくなったり症状がある場合:外科的切除
女性特有疾患の治療
ヌック管水腫:
- 症状が軽い場合:経過観察
- 症状が強い場合:外科的切除
- 子宮内膜症合併時:婦人科的治療
大腿ヘルニア:
- 嵌頓リスクが高いため早期手術が推奨
- 腹腔鏡手術が第一選択となることが多い
受診の目安
以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関を受診することをお勧めします。
緊急受診が必要な症状
- しこりが急に硬くなり、押しても引っ込まなくなった
- 激しい痛みを伴う
- 発熱、嘔吐を伴う
- 皮膚の色調変化(紫色、黒色など)
これらの症状は嵌頓ヘルニアや重篤な感染症の可能性があり、緊急手術が必要になることがあります。
早期受診が望ましい症状
- しこりが2cm以上に増大している
- 1ヶ月以上持続するしこり
- 痛みを伴うしこり
- 複数箇所にしこりがある
- 発熱、体重減少、全身倦怠感を伴う
経過観察可能な症状
以下の条件を満たす場合は、しばらく様子を見ることも可能です:
- しこりの大きさが1cm以下
- 痛みがない
- 発熱などの全身症状がない
- 大きさに変化がない
ただし、1週間程度経過しても変化がない場合は、医療機関での精査をお勧めします。
受診する診療科
足の付け根のしこりで受診する際の診療科選択は、症状によって異なります。
症状別の受診科
鼠径ヘルニアが疑われる場合:
- 外科
- 消化器外科
- ヘルニア外来(専門外来)
リンパ節腫脹が疑われる場合:
- 内科
- 血液内科
- 感染症内科
- 泌尿器科(男性)
- 産婦人科(女性)
皮膚・皮下の病変が疑われる場合:
- 皮膚科
- 形成外科
血管系の病変が疑われる場合:
- 循環器内科
- 血管外科
迷った場合:
- かかりつけ医
- 内科
- 総合診療科
多くの場合、まず内科やかかりつけ医を受診し、必要に応じて専門科に紹介してもらうことも可能です。
予防と生活上の注意点
鼠径ヘルニアの予防
完全な予防は困難ですが、以下の点に注意することでリスクを軽減できます:
- 重いものを持つ際は正しい姿勢で
- 慢性便秘の改善
- 慢性咳嗽の治療
- 適度な運動による腹筋強化
- 肥満の解消
感染症の予防
- 下肢の傷の適切な処置
- 清潔な環境の維持
- 性感染症の予防(安全な性行為)
- 免疫力の維持
早期発見のために
- 入浴時の自己チェック
- 定期的な健康診断
- 気になる症状があれば早期受診

よくある質問
A1: 原因によって異なります。感染性のリンパ節腫脹は治療により改善しますが、鼠径ヘルニアは自然治癒しません。悪性疾患の場合は適切な治療が必要です。
A2: 痛みがないからといって安心はできません。悪性腫瘍や鼠径ヘルニアの初期は痛みを伴わないことが多いため、医師の診察を受けることをお勧めします。
A3: 近年、多くの手術が日帰りまたは短期入院で行われています。鼠径ヘルニア手術の多くは日帰り手術が可能です。ただし、患者さんの状態や手術の内容によって異なります。
A4: 小児でも鼠径ヘルニアやリンパ節腫脹は起こります。子どもの場合は成人と異なる点もあるため、小児科や小児外科での診察をお勧めします。
A5: 現在の標準的な手術(メッシュを用いた修復術)では再発率は数%程度と低くなっています。ただし、完全にゼロではないため、術後の生活指導を守ることが重要です。
最新の治療動向
鼠径ヘルニア治療の進歩
日本ヘルニア学会により「鼠径部ヘルニア診療ガイドライン 2024」が策定され、エビデンスに基づいた標準的治療が示されています。
主な変更点:
- 腹腔鏡手術の適応拡大
- 日帰り手術の安全性確立
- 慢性疼痛予防のための新しいアプローチ
- 個別化医療の重要性
ロボット支援手術
一部の施設では、ロボット支援下鼠径部ヘルニア修復術も実施されており、より精密な手術が可能になっています。
診断技術の向上
- AI(人工知能)を用いた画像診断支援
- 高解像度超音波装置の普及
- より低侵襲な生検技術の開発
まとめ
足の付け根のしこりは、多様な原因により生じる症状です。最も多い原因である鼠径ヘルニアから、感染症によるリンパ節腫脹、皮下腫瘤、さらには悪性疾患まで、様々な病気が考えられます。
重要なのは、しこりを発見した際に自己判断せず、適切な医療機関を受診することです。多くの場合、適切な診断と治療により良好な結果が期待できます。
受診の際のポイント:
- しこりの大きさ、硬さ、痛みの有無を観察
- いつから気づいたかを記録
- 他の症状(発熱、体重減少など)の有無を確認
- 可能であれば写真を撮影(医師の診察時に参考になります)
現代の医療技術の進歩により、多くの疾患で低侵襲治療や日帰り手術が可能になっています。不安に感じることなく、気軽に医療機関に相談していただければと思います。
アイシークリニック上野院では、皮膚・皮下腫瘤の診断と治療を専門的に行っております。足の付け根のしこりでお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
参考文献
- 一般社団法人日本ヘルニア学会ガイドライン作成検討委員会編:鼠径部ヘルニア診療ガイドライン 2024[第2版]. 金原出版, 2024.
- MSDマニュアル プロフェッショナル版: リンパ節腫脹.
- MSDマニュアル 家庭版: リンパ節の腫れ.
- 日本ヘルニア学会: 鼠径部ヘルニア診療ガイドライン 2015.
- メディカルノート: 足の付け根のしこり:医師が考える原因と受診の目安.
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監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務