はじめに
帯状疱疹という病気の名前を聞いたことがある方は多いかもしれませんが、実際にどのような症状が現れるのか、特に軽度の症状について詳しく知っている方は意外と少ないものです。「軽度だから大丈夫」と軽視してしまうことで、後々深刻な後遺症に悩まされるケースが後を絶ちません。
アイシークリニック上野院では、患者様一人ひとりの症状に寄り添い、適切な診断と治療を心がけています。今回は、帯状疱疹の軽度症状について、その特徴から治療法、予防策まで、皆様の健康を守るために知っておいていただきたい情報を詳しくお伝えします。

帯状疱疹とは?基本的な理解から始めよう
帯状疱疹の定義と原因
帯状疱疹は、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV:Varicella-Zoster Virus)が再活性化することで引き起こされる感染症です。このウイルスは、多くの人が子どもの頃に経験する「水ぼうそう(水痘)」の原因でもあります。
水ぼうそうが治った後も、このウイルスは完全に体から消失することはありません。神経節と呼ばれる脊髄から出る神経の根元部分に潜伏し、長い間静かに眠り続けています。しかし、加齢やストレス、疲労、免疫力の低下などをきっかけとして、潜伏していたウイルスが再び活動を始め、神経を伝って皮膚に到達することで帯状疱疹を発症します。
疫学データから見る帯状疱疹の現状
日本人成人の約90%以上が体内に水痘・帯状疱疹ウイルスを保持していると推定されており、誰もが帯状疱疹を発症する可能性があります。宮崎県で実施された大規模疫学調査「宮崎スタディ」によると、日本の年間発症率は4.50人/千人/年となっており、50歳以降で発症率が急激に上昇することが明らかになっています。
特に注目すべきは、80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を経験するという事実です。また、近年は若年層での発症も増加傾向にあり、2014年以降、20~40代の発症率が約2.1倍にまで増加しているという報告もあります。
軽度の帯状疱疹:見過ごしがちな初期症状
軽度帯状疱疹の特徴
軽度の帯状疱疹は、その症状の軽さゆえに見過ごされがちですが、決して軽視してはいけません。軽度の症状であっても、適切な治療を受けずに放置すると、重篤な合併症や後遺症のリスクが高まる可能性があります。
軽度の帯状疱疹の主な特徴は以下の通りです:
皮膚症状の特徴
- 発疹が体の特定の部位に限定される
- 赤みや水疱が比較的小さく、数も少ない
- 発疹の広がりが限定的で、帯状の分布が不明瞭な場合もある
- 水ぶくれの破裂や潰瘍形成が軽微
痛みの特徴
- 痛みやかゆみが軽度から中等度
- 「ピリピリする」「ジンジンする」「ズキズキする」といった神経痛様の感覚
- 衣服が触れるだけで不快感を感じる軽度の異常感覚
- 夜間に痛みで眠れないほどではないが、違和感が持続
全身症状
- 軽度の発熱やリンパ節の腫れが見られることもある
- 全身の体調不良は軽微で、日常生活への影響は限定的
- 疲労感や倦怠感が軽度
前駆症状:皮膚症状が現れる前の兆候
帯状疱疹の特徴的な症状の一つに「前駆痛」があります。これは皮膚に発疹が現れる数日から1週間前に始まる痛みや違和感のことです。軽度の帯状疱疹でも、この前駆症状は現れることが多く、早期発見の重要な手がかりとなります。
前駆症状として現れる可能性がある症状:
- 皮膚のピリピリ感やチクチク感
- 軽いかゆみや違和感
- 触れると敏感に感じる
- 重苦しいズーンとした鈍痛
- モゾモゾとした不快感
これらの症状は個人差が大きく、軽微で気づかない場合もあります。しかし、このような違和感を感じた場合は、帯状疱疹の可能性を念頭に置いて、皮膚科や内科を受診することが重要です。
軽度症状が現れやすい部位
帯状疱疹は全身どこにでも発症する可能性がありますが、特に多く見られる部位があります:
上半身(最も多い部位)
- 胸部、背中、腕
- 肋骨に沿って帯状に現れることが典型的
- 左右どちらか一方に限定される
顔面・頭部
- 目の周り(眼部帯状疱疹)
- 頬、鼻、口の周り
- 額、頭皮
下半身
- 腰部、お尻
- 大腿部、下腿部
軽度の場合、発疹の範囲が狭く、帯状の分布が不明瞭なことがあるため、虫刺されや湿疹と間違われることもあります。
なぜ軽度でも軽視してはいけないのか
帯状疱疹後神経痛(PHN)のリスク
軽度の帯状疱疹であっても、最も注意すべき合併症が「帯状疱疹後神経痛(PHN:Postherpetic Neuralgia)」です。これは皮膚の症状が治った後も3か月以上続く慢性的な痛みのことで、長い場合は数年から10年以上続くこともあります。
PHNの特徴:
- 「うずくような痛み」「電気が走るような痛み」と表現される激しい痛み
- 軽く触れただけでも強い痛みを感じる(アロディニア)
- 感覚が鈍くなったり、しびれが残る
- 痛みによる睡眠障害や日常生活への支障
- うつ状態を引き起こすこともある
50歳以上の患者の約20%がPHNに移行するという報告もあり、軽度の症状であっても早期治療の重要性が強調されています。
その他の合併症
帯状疱疹は発症部位によって、以下のような重篤な合併症を引き起こす可能性があります:
眼部帯状疱疹
- 角膜炎、結膜炎、ぶどう膜炎
- 重症化すると失明の可能性
耳部帯状疱疹(ラムゼイ・ハント症候群)
- 顔面神経麻痺
- 難聴、めまい、平衡感覚障害
運動神経への影響
- 顔面麻痺
- 手足の運動麻痺
- 排尿・排便障害
これらの合併症は、軽度の初期症状から始まることもあるため、早期の適切な治療が不可欠です。
診断:軽度症状の正確な判定
医療機関での診断プロセス
軽度の帯状疱疹は、症状が軽微で他の皮膚疾患との鑑別が困難な場合があります。そのため、専門医による正確な診断が重要です。
問診
- 症状の経過(痛みの性質、発疹の変化など)
- 既往歴(水ぼうそうの経験、免疫力低下の原因など)
- 最近のストレスや疲労の状況
視診
- 発疹の分布パターン(神経支配領域に沿った分布)
- 皮膚症状の特徴(水疱、紅斑、痂皮の有無)
- 左右どちらか一方に限定されているかの確認
検査 症状が軽微で診断が困難な場合は、以下の検査を行うことがあります:
- ウイルス抗原の検出(免疫蛍光法)
- PCR検査によるウイルスDNAの検出
- 血清抗体価の測定
鑑別すべき疾患
軽度の帯状疱疹は、以下の疾患と間違われることがあります:
単純ヘルペス
- 口唇や性器周辺に好発
- 再発を繰り返す傾向
接触皮膚炎(かぶれ)
- 原因物質との接触歴
- 左右対称性の分布
虫刺され
- 露出部位に限定
- 季節性がある
湿疹
- 慢性的な経過
- かゆみが主体
治療:軽度でも早期治療が重要
抗ウイルス薬による治療
帯状疱疹治療の中心となるのは抗ウイルス薬です。軽度の症状であっても、発疹が出現してから72時間以内、できれば48時間以内に治療を開始することが理想的です。
経口抗ウイルス薬(軽度~中等度の場合)
- アシクロビル(ゾビラックス)
- バラシクロビル(バルトレックス)
- ファムシクロビル(ファムビル)
- アメナメビル(アメナリーフ)
これらの薬剤は、ウイルスのDNA合成を阻害することで増殖を抑制し、症状の悪化を防ぎます。軽度の症状でも、指示された用量と期間を守って服用することが重要です。
抗ウイルス薬治療の効果
- ウイルスの増殖抑制
- 新しい発疹の出現抑制
- 痛みの軽減
- 治癒期間の短縮
- 合併症・後遺症のリスク軽減
疼痛管理
軽度の帯状疱疹でも、痛みの管理は重要な治療の一環です。適切な疼痛管理により、患者の生活の質を向上させ、PHNへの移行を予防できます。
鎮痛薬
- NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬):イブプロフェン、ロキソプロフェンなど
- アセトアミノフェン
- 神経障害性疼痛治療薬:プレガバリン、ガバペンチンなど
外用薬
- 抗ウイルス薬軟膏(軽症例)
- 鎮痛・消炎外用薬
- 局所麻酔薬含有外用薬
神経ブロック療法
痛みが強い場合や、PHN予防のために、神経ブロック注射が行われることがあります。特に軽度であっても高齢者や糖尿病患者など、PHNのリスクが高い患者では積極的に検討されます。
神経ブロック療法の効果
- immediate pain relief(即座の痛み軽減)
- 血流改善による治癒促進
- PHN発症率の低下
- 生活の質の向上
生活指導と注意点
軽度の帯状疱疹でも、適切な生活指導により治癒を促進し、合併症を予防できます。
してはいけないこと
- 患部を冷やす(血行不良により痛みが増悪)
- 水ぶくれを自分で潰す(細菌感染のリスク)
- 激しい運動(免疫力低下による症状悪化)
- 過度の飲酒(免疫機能への悪影響)
- 睡眠不足(免疫力低下)
推奨される対応
- 患部を温める(温かいタオルなど)
- 十分な休息と睡眠
- バランスの取れた食事
- ストレス管理
- 清潔保持(患部の二次感染予防)
予防:帯状疱疹ワクチンの活用
ワクチンの種類と特徴
2025年4月から、帯状疱疹ワクチンが65歳以上の方を対象とした定期接種となりました。現在、日本では2種類のワクチンが利用可能です。
生ワクチン(乾燥弱毒生水痘ワクチン)
- 接種回数:1回
- 発症予防効果:約50-60%
- PHN予防効果:約60%(3年後)
- 持続期間:5-8年程度
- 副反応:比較的軽微(注射部位の発赤、腫脹など)
- 接種対象:50歳以上(免疫不全者は接種不可)
組換えワクチン(シングリックス)
- 接種回数:2回(2か月間隔)
- 発症予防効果:約90%以上
- PHN予防効果:約90%以上(3年後)
- 持続期間:10年以上
- 副反応:やや強い(注射部位の痛み、腫脹、発熱など)
- 接種対象:50歳以上、18歳以上の免疫不全者
接種対象者と推奨
定期接種対象者(2025年度~)
- 65歳になる方
- 70、75、80、85、90、95、100歳になる方(令和11年度までの経過措置)
- 60-64歳でHIVによる免疫機能障害がある方
任意接種
- 50歳以上で定期接種対象外の方
- 18歳以上で免疫不全状態の方
ワクチンの選択指針
どちらのワクチンを選択するかは、個人の状況により異なります:
生ワクチンが適している場合
- 1回で済ませたい方
- 副反応を最小限に抑えたい方
- 費用を抑えたい方
組換えワクチンが適している場合
- より高い予防効果を期待する方
- 免疫不全状態の方
- 長期間の効果を期待する方
日常生活での予防策
免疫力維持の重要性
帯状疱疹の発症には免疫力の低下が大きく関わっているため、日常生活での免疫力維持が重要な予防策となります。
栄養バランスの整った食事
- ビタミンC、E、亜鉛などの抗酸化物質を豊富に含む食品
- 良質なタンパク質(免疫細胞の材料)
- 発酵食品(腸内環境改善による免疫力向上)
規則正しい生活リズム
- 十分な睡眠(7-8時間の質の良い睡眠)
- 適度な運動(週3回、30分程度の有酸素運動)
- ストレス管理(瞑想、ヨガ、趣味活動など)
基礎疾患の管理
- 糖尿病、高血圧などの生活習慣病の適切な管理
- 免疫抑制薬使用時の医師との相談
- 定期的な健康診断
感染拡大防止
帯状疱疹そのものは人から人へ直接うつることはありませんが、水痘・帯状疱疹ウイルスは水ぼうそうとして感染する可能性があります。
注意すべき対象
- 水ぼうそうの経験がない方
- 妊娠中の女性
- 乳幼児
- 免疫不全状態の方
感染予防対策
- 発疹部位の適切な被覆
- タオルや衣類の共用を避ける
- 手洗いの徹底
- 発疹がかさぶたになるまでの接触注意
受診のタイミングと医療機関の選択
早期受診が重要な理由
軽度の症状であっても、以下の理由から早期受診が重要です:
治療効果の最大化
- 抗ウイルス薬は発症早期ほど効果的
- 72時間以内の治療開始が理想
- 早期治療により重篤化を防げる
正確な診断
- 他の皮膚疾患との鑑別
- 適切な治療方針の決定
- 合併症リスクの評価
合併症予防
- PHNの発症率軽減
- 他の合併症の早期発見・対応
受診すべき症状
以下のような症状がある場合は、軽度であっても速やかに医療機関を受診してください:
皮膚症状
- 体の片側に現れる発疹や水ぶくれ
- 帯状の分布パターンを示す皮膚症状
- 原因不明の皮膚の赤みや腫れ
痛みや感覚異常
- ピリピリ、チクチクとした神経痛様の痛み
- 衣服が触れるだけで痛い
- 原因不明の局所的な痛み
全身症状
- 発疹と伴に現れる発熱
- リンパ節の腫脹
- 倦怠感
適切な医療機関の選択
皮膚科
- 皮膚症状が主体の場合
- 診断に迷いがある場合
- 皮膚の合併症が疑われる場合
内科
- 全身症状が強い場合
- 基礎疾患を持つ方
- かかりつけ医がいる場合
ペインクリニック
- 痛みが主体の場合
- 神経ブロック療法が必要な場合
- PHNの治療が必要な場合
眼科
- 目の周りに症状がある場合
- 視覚症状を伴う場合
最新の治療動向と研究
新しい抗ウイルス薬
近年、より効果的で副作用の少ない抗ウイルス薬の開発が進んでいます。アメナメビル(アメナリーフ)は、従来の薬剤とは異なる作用機序を持ち、服用回数の減少と高い効果が期待されています。
ワクチン効果の長期追跡研究
組換えワクチンの長期効果について、10年以上の追跡調査が継続されており、持続的な予防効果が確認されています。これにより、ワクチン接種の推奨年齢や追加接種の必要性について、より具体的な指針が示されることが期待されます。
個別化医療への取り組み
患者の遺伝子型や免疫状態に基づいた個別化医療の研究も進んでおり、将来的にはより精密な治療選択が可能になることが期待されています。

よくある質問(FAQ)
A1: 帯状疱疹自体は他人に直接うつる病気ではありませんが、水ぼうそうの経験がない方には水ぼうそうとして感染する可能性があります。発疹がかさぶたになるまでは、職場に妊娠中の方や乳幼児がいる場合は注意が必要です。また、体調を考慮して適度な休息を取ることをお勧めします。
A2: はい、軽度であっても抗ウイルス薬の投与は重要です。早期の抗ウイルス薬投与により、症状の悪化防止、治癒期間の短縮、合併症の予防が期待できます。自己判断せず、医師の診断を受けて適切な治療を開始してください。
A3: 帯状疱疹の再発率は数%程度とされていますが、免疫力が低下している方や高齢者では再発のリスクが高くなります。再発の際は、初回とは異なる部位に現れることが多いですが、同じ部位に再発することもあります。
A4: ワクチンは帯状疱疹を完全に防ぐものではありません。しかし、接種により発症リスクを大幅に減らすことができ、発症した場合でも症状が軽くなることが期待されます。
まとめ
帯状疱疹の軽度症状は、その軽微さゆえに見過ごされがちですが、適切な早期治療により重篤な合併症を予防できる重要な疾患です。特に帯状疱疹後神経痛(PHN)は、一度発症すると長期間にわたって患者の生活の質を著しく低下させる可能性があるため、軽度の症状であっても軽視せず、速やかに医療機関を受診することが重要です。
現在では、効果的な抗ウイルス薬や予防ワクチンが利用可能となっており、適切な知識と早期対応により、帯状疱疹による健康被害を最小限に抑えることが可能です。また、2025年からの定期接種制度により、より多くの方が予防の恩恵を受けられるようになりました。
アイシークリニック上野院では、皆様の健康を守るため、帯状疱疹の早期診断・治療に力を入れています。少しでも気になる症状がございましたら、お気軽にご相談ください。適切な診断と治療により、皆様の健康で快適な生活をサポートいたします。
参考文献
- 国立感染症研究所. 帯状疱疹ワクチンファクトシート第2版. 令和6年6月20日. https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2552-related-articles/related-articles-511/11579-511r02.html
- 厚生労働省. 帯状疱疹ワクチンについて. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/yobou-sesshu/vaccine/shingles/index.html
- Shiraki K, Toyama N, et al. Herpes zoster in Japan: An epidemiological study of herpes zoster incidence rates observed in a Japanese population during a 21-year period (1997-2017). Open Forum Infect Dis. 2017;4(1):ofx007.
- 外山望, 白木公康. 宮崎県の帯状疱疹の疫学(宮崎スタディ). IASR. 2013;34:298-300.
- Takao Y, Miyazaki Y, et al. Incidences of herpes zoster and postherpetic neuralgia in Japanese adults aged 50 years and older from a community-based prospective cohort study: the SHEZ study. J Epidemiol. 2015;25(10):617-625.
- 日本皮膚科学会. 帯状疱疹診療ガイドライン2016年版. https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/1372913421_2.pdf
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監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務