はじめに
脇の匂いは多くの方が気になる体の悩みの一つです。特に日本では、体臭への意識が高く、脇の匂いによって日常生活に支障をきたす方も少なくありません。しかし、自分の匂いに気づくことは意外に難しく、「もしかして私の脇、匂ってる?」と不安に感じている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、脇の匂いを自分で確認する方法から、その原因、対策方法まで、医学的根拠に基づいて詳しく解説いたします。アイシークリニック上野院の医療コラムとして、皆様の健やかな日常生活をサポートする情報をお届けします。

脇の匂いの基本知識
脇の匂いとは何か
脇の匂いは、医学的には「腋臭症(えきしゅうしょう)」と呼ばれる場合があります。腋臭症とは、脇の下から特有の強い匂いを発する状態のことを指します。
人間には「エクリン腺」と「アポクリン腺」という2種類の汗腺があります。エクリン腺は全身に存在し、主に体温調節のために水分中心のサラサラした汗を分泌します。一方、アポクリン腺は脇の下、陰部、耳の中など特定の部位に存在し、たんぱく質や脂質を含む粘度の高い汗を分泌します。
脇の匂いの主な原因となるのは、このアポクリン腺から分泌される汗です。興味深いことに、アポクリン腺から分泌される汗自体は無臭なのですが、皮膚表面に存在する常在菌がこの汗に含まれる成分を分解することで、特有の匂いが発生します。
日本人の腋臭症の特徴
日本人の腋臭症の発症率は約10%程度とされており、これは世界的に見ると比較的低い数値です。興味深いことに、腋臭症の発症には遺伝的要因が大きく関わっており、特に「湿型耳垢」の人に多く見られることが知られています。
日本人の約16%が湿型耳垢であり、そのうち約80%が腋臭症を有するとされています。これは、アポクリン腺が耳の中にも分布しているためです。耳垢の状態は、アポクリン腺の活性度を知る重要な指標の一つとなります。
腋臭症の匂いのタイプ
最新の研究によると、腋臭の匂いは大きく3つのタイプに分類されることが分かっています:
- ミルク様臭(M型):甘いミルクのような匂い
- 酸様臭(A型):酢のような酸っぱい匂い
- カレースパイス様臭(C型):スパイシーな匂い
約9割の人がこれらのいずれかに分類され、それぞれ匂いの原因となる細菌や代謝物が異なることが東京大学医科学研究所などの研究で明らかになっています。
自分で脇の匂いを確認する方法
セルフチェックリスト
脇の匂いが気になる方のために、まずは以下のセルフチェックリストで確認してみましょう。該当する項目が多いほど、腋臭症の可能性が高くなります。
基本的なチェック項目
□ 耳垢が湿っている(溶けたキャラメルのような状態) □ 家族(両親、兄弟姉妹)にワキガの人がいる □ 脇毛が濃い、または多毛である □ 白いシャツを着ると、脇の部分が黄ばむ □ 脇汗の量が人より多い □ 脇に触れた後、手に匂いが残る □ 緊張やストレスを感じた時に体臭が強くなる
生活習慣に関するチェック項目
□ 肉類や脂っこい食べ物を好む □ 生活リズムが乱れがちである □ 睡眠時間が不足している □ 運動習慣がない □ 慢性的にストレスを抱えている
ティッシュ・ガーゼテストの方法
医療機関でも行われている「ガーゼテスト」を、ティッシュで簡単に実践することができます。
実施方法
- 準備:清潔なティッシュまたはガーゼを用意します
- 設置:ティッシュを脇の下に挟み、軽く腕を下ろして固定します
- 運動:5分程度軽い運動(階段の上り下り、軽いストレッチなど)を行います
- 確認:ティッシュを取り出し、匂いを確認します
判定基準
- レベル1:匂いを感じない、またはほとんど感じない
- レベル2:ティッシュに鼻を近づけると微かに匂いを感じる
- レベル3:ティッシュを手に持った状態で匂いを感じる
- レベル4:ティッシュを取り出した瞬間から匂いを感じる
- レベル5:運動中から既に匂いを感じる
一般的に、レベル3以上が医療的な治療を検討する目安とされています。
その他の確認方法
衣服の確認
白い綿のシャツやインナーを一日着用した後、脇の部分に黄ばみがないか確認しましょう。アポクリン腺の分泌物には色素が含まれているため、腋臭症の方は衣服に黄色いシミができやすくなります。
家族や信頼できる人への相談
自分では匂いに慣れてしまっていることが多いため、家族や親しい友人に率直な意見を求めることも有効です。ただし、相手の感情を配慮し、適切なタイミングで相談することが大切です。
脇の匂いが発生するメカニズム
アポクリン腺の役割
アポクリン腺は、思春期の第二次性徴期に発達する汗腺で、性的な成熟と密接な関係があります。このため、腋臭症の症状が現れるのは思春期頃からが一般的で、男性では平均18歳、女性では平均16歳で発症するとされています。
アポクリン腺から分泌される汗には以下の成分が含まれています:
- タンパク質
- 脂質(脂肪酸)
- 糖質
- アンモニア
- 鉄分
これらの成分が皮膚表面の常在菌によって分解されることで、特有の匂い成分が生成されます。
細菌による分解プロセス
最近の研究で、腋臭の匂い発生には特定の細菌が関与していることが明らかになりました。特に「常在性ブドウ球菌(Staphylococcus hominis)」が匂い物質の生成に重要な役割を果たしていることが、東京大学医科学研究所の研究で判明しています。
これらの細菌がアポクリン腺の分泌物を代謝する過程で、以下のような匂い成分が生成されます:
- 3-methyl-3-sulfanylhexan-1-ol(3M3SH):硫黄様の匂い
- 3-hydroxy-3-methylhexanoic acid(HMHA):酸っぱい匂い
- androsta-4,16-dien-3-one(AND):ムスクのような匂い
環境要因の影響
脇は以下のような環境要因により、細菌が繁殖しやすい条件が整っています:
温度:体温により常に温かく保たれている 湿度:汗により湿度が高い 栄養:アポクリン腺の分泌物が細菌の栄養源となる 酸素濃度:衣服により密閉されがちで、嫌気性細菌が繁殖しやすい
腋臭症の遺伝的背景
ABCC11遺伝子の関与
腋臭症の発症には、16番目の染色体にある「ABCC11遺伝子」が深く関わっていることが分かっています。この遺伝子は、アポクリン腺の分泌物の質を決定する重要な役割を果たしています。
ABCC11遺伝子には主に2つのタイプがあります:
- GA型(優性):アポクリン腺が活発で、湿型耳垢、腋臭症になりやすい
- AA型(劣性):アポクリン腺の活動が低く、乾型耳垢、腋臭症になりにくい
遺伝のパターン
腋臭症は「優性遺伝」の形で遺伝します。つまり:
- 両親のうち片方が腋臭症の場合:子供が腋臭症になる確率は約50%
- 両親ともに腋臭症の場合:子供が腋臭症になる確率は約75%
ただし、遺伝的素因があっても必ずしも強い症状が現れるわけではなく、生活習慣や環境要因も症状の程度に影響を与えます。
民族的な背景
日本人の腋臭症の発症率が低いのは、歴史的な民族的背景が関係しています。日本人は大きく2つのルーツに分けられると考えられています:
- 縄文人(古モンゴロイド):湿型耳垢、腋臭症の遺伝子を持つ
- 弥生人(新モンゴロイド):乾型耳垢、腋臭症になりにくい遺伝子を持つ
現代の日本人は両者の混血であるため、約10%の方が腋臭症の素因を持っていると考えられています。
年齢・性別による変化
思春期から成人期
腋臭症は思春期に第二次性徴が現れる時期に発症することが多く、特に20歳前後でその匂いが最も強くなる傾向があります。これは、アポクリン腺がホルモンの影響で最も活発になる時期と重なるためです。
女性特有の変化
女性の場合、月経周期と腋臭の強さには関係があることが確認されています:
- 月経前:プロゲステロンの影響で汗腺の活動が活発になり、匂いが強くなることがある
- 月経中:同様に匂いが強くなる傾向がある
- 排卵期:エストロゲンの影響で匂いが変化することがある
中年期以降の変化
一般的に、アポクリン腺は加齢とともに活動が低下するため、中年期以降は腋臭の症状が軽減する傾向があります。しかし、同時に「加齢臭」などの別の体臭成分が加わることがあるため、総合的な体臭としては変化が見られる場合があります。
自分でできる脇の匂い対策
基本的な清潔ケア
適切な洗浄
- こまめなシャワー:特に汗をかいた後は、できるだけ早めにシャワーを浴びることが重要です
- 薬用せっけんの使用:殺菌成分を含む薬用せっけんで脇を丁寧に洗いましょう
- 日中のケア:アルコール系ウェットティッシュ(肌の弱い方は使用を控える)で適度に拭き取る
- 制汗剤の適切な使用:清潔な状態で制汗剤を使用することで効果が高まります
脱毛のメリット
脇毛の処理は匂い対策において重要な要素です:
- 毛に付着した汗や皮脂の蓄積を防ぐ
- 細菌の繁殖場所を減らす
- 制汗剤の効果を高める
- 清潔感を保ちやすくする
衣類選びのポイント
素材の選択
- 天然素材:綿、麻、シルクなど通気性の良い素材を選ぶ
- 化学繊維の注意:ポリエステルなどの化学繊維は湿気を閉じ込めやすいため注意が必要
- 抗菌・防臭加工:最近では抗菌・防臭加工が施された衣類も多く販売されています
着用方法の工夫
- ゆったりとしたサイズを選び、通気性を確保する
- インナーを着用し、アウターへの匂い移りを防ぐ
- 汗取りパッドの活用
食生活の改善
避けるべき食品
- 動物性たんぱく質の過度な摂取:肉類、乳製品の摂りすぎ
- 脂質の多い食品:揚げ物、ファストフード
- 香辛料の多い食品:カレー、キムチなどの刺激的な食べ物
- アルコール:過度の飲酒は体臭を強くする可能性があります
推奨される食品
- 和食中心の食事:研究によれば「和食は究極の消臭剤」とされています
- 抗酸化食品:緑茶、緑黄色野菜、果物
- 発酵食品:腸内環境を整えることで体臭改善に寄与
- 水分補給:適切な水分補給により老廃物の排出を促進
生活習慣の改善
規則正しい生活
- 十分な睡眠:7-8時間の質の良い睡眠を確保
- 規則正しい食事時間:3食きちんと摂る
- 適度な運動:有酸素運動により汗腺機能を正常化
ストレス管理
- リラクゼーション法:深呼吸、瞑想、ヨガなど
- 趣味や娯楽:ストレス発散できる活動を見つける
- 十分な休息:働き過ぎに注意し、適切な休息を取る
デオドラント製品の活用
制汗剤の種類と特徴
- スプレータイプ:手軽に使用できるが、効果の持続時間は短め
- ロールオンタイプ:肌への密着度が高く、効果が長続きしやすい
- スティックタイプ:携帯に便利で、ピンポイントで使用可能
- クリームタイプ:最も効果が高いとされるが、使用感にやや難あり
使用のコツ
- 清潔な肌に使用する
- 就寝前の使用も効果的(一部の製品)
- 汗をかく前に使用する
- 適量を守る(過度の使用は肌トラブルの原因となる)
医療機関での診断と治療
診断方法
医療機関では、以下のような方法で腋臭症の診断を行います:
ガーゼテスト
前述のセルフチェックと同様の方法で、医師が客観的に匂いの程度を5段階で評価します。
試験切開法
必要に応じて、脇の下を小さく切開してアポクリン腺を直接確認する場合があります。
問診・視診
- 家族歴の確認
- 耳垢の状態確認
- 衣服の黄ばみの確認
- 症状の程度や日常生活への影響の評価
保険適用の治療法
剪除法(せんじょほう)
現在、保険適用で受けられる最も効果的な手術法です:
- 脇の下を数センチ切開
- 皮膚を剥離し、裏返す
- アポクリン腺を目視で確認しながら除去
- エクリン腺も同時に除去可能
- 皮膚を縫合
メリット
- 根治的な治療効果が期待できる
- 多汗症の改善も期待できる
- 保険適用のため費用負担が少ない
デメリット
- 手術創が残る
- 術後の安静期間が必要
- 稀に再発の可能性がある
自費診療の治療法
ミラドライ
マイクロ波を用いてアポクリン腺を破壊する治療法:
- 切らない治療のため傷跡が残らない
- ダウンタイムが短い
- 効果は永続的とされる
ボトックス注射
ボツリヌス毒素を注射して汗の分泌を抑制:
- 施術時間が短い
- 効果は6ヶ月程度
- 多汗症に特に効果的
超音波治療
超音波を用いてアポクリン腺を破壊:
- 切らない治療
- 若年者では思春期後の再発可能性あり

よくある質問と回答
A1. 「嗅覚の慣れ」という現象により、自分の匂いには気づきにくいことが一般的です。特に軽度の腋臭症の場合や、逆に非常に強い匂いの場合は、本人が気づかないことがあります。セルフチェックを行い、心配な場合は医療機関での診断をお勧めします。
A2. 腋臭症は優性遺伝ですが、隔世遺伝(祖父母からの遺伝)の可能性もあります。また、後天的な要因(生活習慣、ストレス、ホルモンバランスの変化)により症状が現れることもあります。
A3. 外科手術(剪除法)により、多くの場合で症状の大幅な改善が期待できます。ただし、完全に無臭になるかどうかは個人差があります。軽度の症状であれば、適切なケアにより日常生活に支障のないレベルまで改善可能です。
A4. 適正な使用量であれば問題ありませんが、過度の使用は皮膚トラブルの原因となる場合があります。また、アルミニウム塩を含む制汗剤の長期使用について健康への影響を心配する声もありますが、現在のところ明確な健康被害は報告されていません。
A5. はい、脇毛の処理は匂い対策として効果的です。毛に汗や皮脂が付着することで細菌の繁殖場所となるため、脱毛により匂いの軽減が期待できます。
心理的ケアの重要性
自臭症への注意
腋臭症を気にするあまり、実際には匂いがそれほど強くないにも関わらず、過度に心配してしまう「自臭症」という状態があります。自臭症の特徴として:
- 実際の匂いよりも自覚症状が強い
- 他人の些細な行動を匂いが原因と誤解する
- 社会生活に過度の制限を加えてしまう
- 孤立感や抑うつ感を感じる
このような状態が続く場合は、医療機関での客観的な評価を受けることが重要です。
適切な対処法
現実的な評価
医師による客観的な診断を受け、実際の症状の程度を把握することが第一歩です。多くの場合、本人が思っているほど周囲は気にしていないものです。
段階的なアプローチ
- まずは基本的なケアから始める
- 効果が不十分な場合は医療機関に相談
- 必要に応じて治療を検討
- 心理的なサポートも含めた総合的なケア
まとめ
脇の匂いは、適切な知識と対策により改善可能な症状です。本記事で紹介したセルフチェック方法を参考に、まずは自分の状態を客観的に評価してみてください。
重要なポイントをまとめると:
- 自己診断の限界を理解する:自分では匂いに気づきにくいため、客観的な評価方法を活用する
- 基本的なケアから始める:清潔の維持、適切な衣類選び、生活習慣の改善
- 段階的なアプローチ:軽度の症状であれば、セルフケアで十分改善可能
- 専門医への相談:症状が重い場合や日常生活に支障がある場合は迷わず医療機関を受診
- 心理的ケア:過度な心配は症状を悪化させることがあるため、適切な評価と対策が重要
アイシークリニック上野院では、腋臭症をはじめとする体臭のお悩みについて、専門的な診断と治療を提供しております。一人で悩まず、まずはお気軽にご相談ください。適切な診断と個人に合った治療法により、快適な日常生活を送ることができます。
参考文献
- 日本医科大学武蔵小杉病院形成外科「ワキガ(腋臭症)の治療〜ニオイの診断と手術〜」
- 大阪公立大学大学院医学研究科「腋臭症(わきが)のニオイの原因となる菌を遺伝子レベルで解析」(2024年4月18日)
- 東京大学医科学研究所「腋臭症(わきが)のニオイの原因となる菌を遺伝子レベルで解析」
- 日本橋形成外科「腋臭症特集ページ」
- 済生会「ワキガの悩みとさようなら!今すぐ試せるケア方法」
- Digital Clinic Group「腋臭症(ワキガ)になる人の割合 | 原因やメカニズム、治療方法も解説」
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監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務