はじめに
ワキ汗やワキガでお悩みの方にとって、日常生活に支障をきたす症状は深刻な問題です。従来の治療法では、一時的な効果しか得られない外用薬や、ダウンタイムの長い手術しか選択肢がありませんでした。そのような中、画期的な治療機器として注目されているのが「ミラドライ」です。
ミラドライは、皮膚を切らずにマイクロ波を照射することで汗腺を破壊し、多汗症やワキガの症状を改善する治療機器です。2018年に厚生労働省より薬事承認を取得し、アメリカFDA(食品医薬品局)でも承認されている安全性の高い治療法です。
しかし、インターネット上では「ミラドライ 効果なし」「後悔した」といった否定的な意見も散見されます。これらの声が生まれる理由は何なのでしょうか。また、ミラドライの真の効果とはどのようなものなのでしょうか。
本記事では、ミラドライの効果について、最新の研究データと医学的根拠に基づいて詳しく解説します。治療を検討されている方が正しい知識を得て、適切な判断ができるよう、専門医の視点から包括的にお伝えいたします。

ミラドライとは何か
基本概要と承認状況
ミラドライ(miraDry®システム)は、アメリカのMiramar Labs社によって開発されたマイクロ波治療機器です。日本では2018年6月4日に厚生労働省より「重度の原発性腋窩多汗症」の治療機器として薬事承認を取得しました。これは、マイクロ波を用いたワキ汗治療機器として国内初の承認となります。
一方、アメリカでは2011年にFDAより承認を受けており、腋窩多汗症・腋臭症・減毛の3つの適応で認可されています。FDA承認を得るためには、膨大な症例データと厳格な安全性試験をクリアする必要があり、ミラドライの効果と安全性が科学的に証明されていることを示しています。
治療の特徴
ミラドライの最大の特徴は、皮膚を切開することなく治療が行えることです。従来のワキガ・多汗症手術では、皮膚を切開してアポクリン腺やエクリン腺を物理的に除去する必要がありました。この方法は確実性が高い一方で、術後の回復期間が長く、傷跡が残るリスクがありました。
ミラドライは非侵襲的(切らない)治療でありながら、半永久的な効果が期待できる画期的な治療法として注目されています。治療時間は両脇で約60分程度と短く、当日から日常生活に戻ることができます。
ミラドライの作用メカニズム
マイクロ波による加熱原理
ミラドライは5.8GHzの周波数のマイクロ波を使用します。この特定の周波数が選ばれた理由は、コンピューターシミュレーションによる詳細な検証の結果です。汗腺が存在する真皮深層から皮下脂肪の境界部分に、最も効率的に熱エネルギーを集中させることができる周波数として5.8GHzが最適であることが科学的に証明されています。
マイクロ波が皮膚に照射されると、組織内の水分子が電磁波と同じ速度で振動を始めます。5.8GHzでは、水分子が1秒間に約58億回という高速振動を起こし、この分子間の摩擦により熱が発生します。これを「誘電加熱」と呼びます。
汗腺は水分を多く含む組織であるため、マイクロ波のエネルギーが効率的に吸収され、汗腺の温度が上昇します。十分な高温に達した汗腺は、蛋白変性により機能を失い、永続的に活動を停止します。
ハイドロセラミック・クーリングシステム
ミラドライの安全性を支える重要な技術が、ハイドロセラミック・クーリングシステムです。このシステムにより、皮膚表面から真皮にかけて持続的に冷却が行われ、表皮や真皮浅層の熱損傷を防ぎます。
冷却により表皮から真皮の電気抵抗が低下するため、マイクロ波エネルギーがより深部の汗腺まで効率的に到達します。同時に、皮下脂肪層の異なる誘電特性により、エネルギーが汗腺のある層に集中し、それより深い組織への影響を最小限に抑えます。
この冷却システムにより、患者さんは治療中に激しい痛みを感じることなく、安全に施術を受けることができます。
ターゲットとなる汗腺
人間の皮膚には、エクリン汗腺とアポクリン汗腺という2種類の汗腺が存在します。
エクリン汗腺は全身に分布し、主に体温調節のために無色無臭の汗を分泌します。多汗症の原因となるのはこのエクリン汗腺からの過剰な発汗です。エクリン汗腺は真皮深層に位置し、水分含有量が多いため、ミラドライのマイクロ波に非常によく反応します。
アポクリン汗腺は腋窩、外陰部、乳輪周囲などの限定された部位に存在し、蛋白質や脂質を含む分泌物を産生します。この分泌物が皮膚表面の細菌により分解されることで、ワキガ特有の臭いが発生します。アポクリン汗腺は真皮から皮下組織にかけて分布しています。
ミラドライの効果に関する科学的データ
多汗症に対する効果
ミラドライの多汗症に対する効果については、複数の臨床研究で検証されています。最も重要な研究の一つとして、Hong et al.による多施設共同研究があります。
この研究では、重度の腋窩多汗症患者を対象に、ミラドライ治療前後の発汗量を客観的に測定しました。結果として、治療1年後でも81.7%の発汗減少効果が持続していることが確認されました。この数値は、一般的なボトックス注射(約6ヶ月で効果が減退)と比較して、格段に長期間の効果を示しています。
また、患者さんの主観的な満足度も高く、治療後の生活の質(QOL)の改善が報告されています。HDSS(多汗症疾患重症度スケール)を用いた評価では、治療前にスコア3-4(重症)だった患者の多くが、治療後にスコア1-2(軽症)に改善しています。
ワキガに対する効果
ワキガ(腋臭症)に対するミラドライの効果についても、同様の研究で検証されています。治療直後から被験者の80%で臭いが気にならなくなり、2年後の追跡調査でも89%の方に効果が持続していることが確認されています。
ただし、重要な点として理解しておく必要があるのは、ミラドライが厚生労働省から承認を受けているのは「原発性腋窩多汗症」に対してのみであり、ワキガ(腋臭症)の治療機器としては承認されていないということです。アメリカのFDAでは腋臭症の適応も認められていますが、日本では多汗症のみが適応となっています。
汗腺破壊率と効果の持続性
ミラドライによる一回の治療で、約70-80%の汗腺を破壊することが可能とされています。破壊された汗腺は再生することがないため、理論的には半永久的な効果が期待できます。
しかし、残りの20-30%の汗腺は生き残るため、完全に汗が出なくなるわけではありません。治療直後は、生き残った汗腺も熱によるダメージを受けて一時的に機能が低下しますが、時間の経過とともに回復し、再び発汗するようになります。これが「再発」と感じられる理由です。
重要なのは、完全に元の状態に戻るわけではなく、治療前と比較して明らかに症状は改善していることです。再発を感じたとしても、多くの場合、治療前より格段に改善した状態を維持しています。
効果が期待できるケースと期待できないケース
効果が期待できるケース
1. 重度の腋窩多汗症 エクリン汗腺からの過剰な発汗による多汗症は、ミラドライの最も適した適応です。水分含有量の多いエクリン汗腺は、マイクロ波エネルギーを効率的に吸収し、確実な破壊効果が期待できます。
2. 適切な施術を受けた場合 経験豊富な医師による広範囲のダブル照射、最大出力での治療を受けた場合、高い効果が期待できます。ミラドライ公式認定医による治療であれば、より安全で効果的な施術が可能です。
3. 成人での治療 思春期を過ぎて汗腺の発達が完了している成人では、新たな汗腺の発達リスクがないため、長期間の効果が期待できます。
効果が期待できないケース
1. ワキガを主な適応として期待する場合 ミラドライはエクリン汗腺(多汗症)に対して最適化された機器であり、アポクリン汗腺(ワキガの原因)への効果は限定的である可能性があります。5.8GHzのマイクロ波の深達度では、皮下組織の深部に位置するアポクリン汗腺に十分なエネルギーが到達しない場合があります。
2. 施術の技術的問題 照射範囲が狭い、出力が不十分、照射回数が少ない場合には、十分な効果が得られません。特に、時間短縮のために最低限の範囲のみに照射を行っている施設では、効果が限定的になる可能性があります。
3. 成長期での治療 思春期前後の成長期にミラドライ治療を受けた場合、治療後に新たなアポクリン汗腺が発達し、ワキガが再発する可能性があります。第二次性徴期(男子10-13歳、女子8-12歳)から20代にかけてアポクリン汗腺は増加するため、この時期の治療は慎重に検討する必要があります。
4. 過度な期待を持っている場合 ミラドライは汗を完全にゼロにする治療ではありません。70-80%の汗腺破壊により症状の大幅な改善は期待できますが、わずかな発汗を「効果がない」と感じてしまう方もいます。
ミラドライの副作用とリスク
一般的な副作用
ミラドライ治療後に起こりうる副作用について、正しく理解しておくことが重要です。
1. 腫れと内出血 治療直後から1週間程度は、腋窩部の腫れと内出血が見られます。これは正常な反応であり、冷却により症状を軽減できます。
2. 痛みと違和感 治療部位の痛みや違和感が1週間程度続く場合があります。処方される鎮痛薬により、痛みはコントロール可能です。
3. 皮膚の硬化・拘縮 治療後1-3ヶ月程度、皮膚の硬化や引きつれ感を感じることがあります。これは治癒過程での正常な反応であり、時間とともに改善します。
4. 一時的な感覚異常 治療部位の感覚が鈍くなったり、チクチクした感覚を覚えることがありますが、多くの場合、数ヶ月以内に改善します。
まれに起こる副作用
1. 皮膚の色素沈着 治療部位に色素沈着が起こることがありますが、通常は時間とともに改善します。
2. 代償性発汗 腋窩部の発汗が減少する代わりに、他の部位(背中、胸など)の発汗が増加することがあります。しかし、重篤な代償性発汗の報告は少なく、一時的な現象である場合が多いです。
3. 火傷 極めてまれですが、皮膚表面の火傷が起こる可能性があります。経験豊富な医師による適切な施術により、このリスクは最小限に抑えられます。
副作用を最小限にするための対策
適切なクリニック選び、術前の十分なカウンセリング、術後のケアにより、副作用のリスクを大幅に軽減できます。特に、ミラドライ公式認定医による治療、最新機器の使用、適切な麻酔管理が重要です。
他の治療法との比較
外用療法(塩化アルミニウム、エクロックゲル)
メリット:
- 手軽に開始できる
- 副作用が軽微
- 保険適用
デメリット:
- 効果が一時的
- 継続使用が必要
- 皮膚刺激の可能性
ボトックス注射
メリット:
- 確実な効果
- 重度多汗症では保険適用
- ダウンタイムが短い
デメリット:
- 効果持続期間が約6ヶ月
- 繰り返し治療が必要
- 費用負担が継続的
手術療法(皮弁剪除法)
メリット:
- 最も確実な効果(約90%の汗腺除去)
- 保険適用
- 一回の治療で完了
デメリット:
- 皮膚切開による傷跡
- 長いダウンタイム
- 合併症リスク
ミラドライの位置づけ
ミラドライは、非侵襲的でありながら長期効果が期待できる治療法として、外用療法と手術療法の中間的な位置づけにあります。日本皮膚科学会の「原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版」においても、新しい治療選択肢として記載されています。
治療を受ける際の注意点
クリニック選びのポイント
1. ミラドライ公式認定医の在籍 ミラドライの効果を最大限に引き出すためには、十分な経験と技術を持った医師による治療が不可欠です。ミラドライ公式認定医は、メーカーによる専門的な研修を修了しており、安全で効果的な治療を提供できます。
2. 治療実績と症例数 多くの症例を手がけているクリニックでは、様々なケースに対応した経験とノウハウが蓄積されています。治療実績の開示や症例写真の提示を行っているクリニックは信頼性が高いといえます。
3. 最新機器の導入 ミラドライは技術革新により、より高出力・高精度の機器が開発されています。最新のミラドライシステムを導入しているクリニックでは、より効果的な治療が期待できます。
4. アフターケア体制 治療後の経過観察や、万一の副作用への対応体制が整っているクリニックを選ぶことが重要です。24時間対応の緊急連絡先の提供や、定期的なフォローアップの実施などが挙げられます。
治療前の準備
1. 十分なカウンセリング 治療に対する期待値を現実的に設定するため、医師との十分な相談が必要です。症状の程度、治療への期待、リスクについて詳しく説明を受けましょう。
2. 他の治療法との比較検討 ミラドライ以外の治療選択肢についても十分に検討し、自分に最適な治療法を選択することが重要です。
3. 治療のタイミング 社会復帰までの期間を考慮し、仕事や学校の都合に合わせて治療時期を決定しましょう。
治療後のケア
1. 冷却と安静 治療後1週間程度は、患部の冷却と激しい運動の制限が推奨されます。
2. 経過観察 定期的な通院により、治療効果の確認と副作用のチェックを行います。
3. 生活指導 適切な衣類の選択、衛生管理などの生活指導を受け、治療効果を最大限に活かしましょう。

よくある質問(Q&A)
A1. 破壊された汗腺は再生しないため、理論的には半永久的な効果が期待できます。実際の臨床研究では、治療1年後でも81.7%の発汗減少効果が確認されており、5年後も高い効果が維持されるとされています。ただし、20-30%の生き残った汗腺が回復することで、部分的な再発を感じる場合があります。
A2. 多くの患者さんで1回の治療により十分な効果が得られますが、より高い効果を求める場合や、初回治療で効果が不十分だった場合には、追加治療を検討することがあります。広範囲ダブル照射により、1回の治療での効果を最大化することが可能です。
A3. アメリカのFDAではワキガ(腋臭症)の適応も認められており、臨床研究でも効果が確認されています。しかし、日本では多汗症のみの承認であり、ワキガに対する効果は多汗症ほど確実ではありません。ワキガが主な悩みの場合は、他の治療法も含めて検討することをお勧めします。
A4. 治療前に局所麻酔を行うため、治療中の痛みはほとんどありません。ハイドロセラミック・クーリングシステムにより皮膚表面が冷却されるため、熱感も軽減されます。麻酔注射時の痛みが心配な方には、笑気麻酔の併用も可能です。
A5. 他の部位の発汗が一時的に増加することがありますが、重篤な代償性発汗の報告は限定的です。手術による交感神経遮断と異なり、ミラドライは局所的な治療のため、代償性発汗のリスクは低いとされています。
A6. 治療当日から軽い日常動作は可能ですが、激しい運動は1週間程度控えることが推奨されます。腕を上げる動作や重いものを持つことも、1週間程度は制限されます。
A7. 妊娠中や授乳中の安全性について十分なデータがないため、この期間中の治療は推奨されません。妊娠・授乳期間終了後に治療を検討することをお勧めします。
A8. ミラドライは保険適用外の自由診療のため、クリニックにより料金設定が異なります。一般的な相場は20万円~50万円程度です。治療内容(照射範囲、回数など)により料金が変わるため、事前に詳細な見積もりを確認することが重要です。
まとめ
ミラドライは、科学的根拠に基づいた安全で効果的な多汗症・ワキガ治療機器です。厚生労働省とFDAの承認を受けており、多くの臨床研究でその効果が証明されています。
重要なポイントは以下の通りです:
効果について
- 多汗症に対しては高い効果が期待できる
- 1年後も81.7%の発汗減少効果が持続
- 70-80%の汗腺を破壊し、半永久的な効果が期待できる
- ワキガに対する効果は多汗症ほど確実ではない
適応について
- 重度の腋窩多汗症が最適な適応
- 成人での治療が推奨される
- 適切な施術により高い効果が期待できる
注意点
- クリニック選びが治療成功の鍵
- 現実的な期待値の設定が重要
- 術後のケアとフォローアップが必要
「ミラドライ 効果なし」という声が一部で聞かれる理由は、主に以下の要因によるものです:
- 多汗症とワキガの違いに対する理解不足
- 施術技術の問題
- 過度な期待と現実のギャップ
- 一部の生き残った汗腺の回復による軽度の再発
適切な医師による十分なカウンセリングを受け、治療の特性を正しく理解した上で治療を受けることで、多くの患者さんで満足のいく結果が得られます。
多汗症やワキガでお悩みの方は、まず信頼できる医療機関で専門医による診察を受け、ご自身に最適な治療法をご相談ください。ミラドライは画期的な治療選択肢の一つですが、患者さん一人ひとりの症状や希望に応じて、最適な治療計画を立てることが何より重要です。
参考文献
- 日本皮膚科学会「原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/dermatol/133/13/133_3025/_article/-char/ja/
- 慶應義塾大学病院「多汗症 – KOMPAS」 https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000947.html
- 日本皮膚科学会「汗の病気―多汗症と無汗症― Q7」 https://www.dermatol.or.jp/qa/qa32/q07.html
- Minds診療ガイドライン「原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版」 https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00330/
- 日本形成外科学会「腋臭症(わきが)」 https://jsprs.or.jp/general/disease/sonota/wakiga/
関連記事
監修者医師
高桑 康太 医師
略歴
- 2009年 東京大学医学部医学科卒業
- 2009年 東京逓信病院勤務
- 2012年 東京警察病院勤務
- 2012年 東京大学医学部附属病院勤務
- 2019年 当院治療責任者就任
佐藤 昌樹 医師
保有資格
日本整形外科学会整形外科専門医
略歴
- 2010年 筑波大学医学専門学群医学類卒業
- 2012年 東京大学医学部付属病院勤務
- 2012年 東京逓信病院勤務
- 2013年 独立行政法人労働者健康安全機構 横浜労災病院勤務
- 2015年 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院勤務を経て当院勤務